……癒しの氷以外かー。
「んーーー……」
「……まずはお風呂に入らない? お湯が冷めたら魔石代が勿体ないよ」
「あ、そうだよね、お風呂が先だよね」
投げられたショックと魔術のことでお風呂のことが頭から飛んでた。
サーシャはわたしの回復を待ってくれてたんだから、これ以上待たせられない。
「じゃあ、着替えを取ってくるね」
「うん。わたしも準備するよ」
サーシャが着替えを取りに部屋を出て行く。
わたしも、タンスから着替えを取って部屋を出た。
「じゃあ行こうか」
「うん」
サーシャが肩を寄せてくるので、わたしは腕を組んでぴったりくっつく。
なんせ、いまのサーシャは愛の匂いの塊だ。くっついてるだけでも幸せを感じる。
この匂いはお風呂に入ると消えてしまうので、今の内にいっぱい堪能しとく。
「それにしても、お母さんってホントに理不尽だよねー」
「ゴメンね、私が変なことを言ったせいで……」
「サーシャのせいじゃないよ。お母さんが理不尽で暴力的なだけだと思う。娘を壁に投げつけて放置なんて普通はしないよ」
サーシャはお母さんやお姉ちゃんがわたしを愛してるとか言ってるけど、絶対に勘違いだと思う。
結婚報告をした日のお母さんとフーシャお義母さんの発言が同じだったのは、急な結婚報告のせいで混乱してたからに違いない。今日のお母さんの言葉や、報告会でのお姉ちゃんの態度からは愛情を微塵も感じない。
「あー、ホントにいい匂いだよー。落ち着くー……」
わたしは癒しを求めて沢山匂いを嗅ぐ。
愛されてるのをちゃんと感じるのはサーシャだけだ。次点でお義母さん夫婦。
お義母さん夫婦はサーシャを一番愛していて、そのサーシャが愛してるのがわたしだから一緒にまとめて愛されてる感じ。それでも充分愛を感じるんだから、お義母さん達のサーシャに対する愛情はかなりのものだと思う。
「私もアリアの匂いは落ち着くよ。凄くいい匂い」
「ありがとー。お互いにいっぱい嗅ごうね」
「うん」
お風呂までの短い距離、お互いにくっついていっぱい匂いを嗅ぐ。
……ホントに、すごく愛されてると思う。
わたしはサーシャの匂いが一番。サーシャはわたしの匂いが一番。
お義母さん夫婦のサーシャへの愛情にはまだ及ばないかもしれないけど、わたし達は結婚してまだちょっとしか経ってない。将来的には、絶対にわたしが世界で一番愛してるようになると思う。
……今だって、どんどん愛情ゲージが上昇してるしね。
「はい、脱がすよ」
「ん」
脱衣所で服を脱がしてもらう。
最初はどこかのお金持ちみたいで違和感があったけど、サーシャの夢の一つが「わたしのお世話をすること」だとしってからは抵抗がなくなった。
サーシャもわたしも嬉しいんだから、いいことづくめだ。
「じゃあ、わたしも脱がしてあげるよ」
「あ、今日はいいよ。明日、お願いしようかな」
「今日も?」
「ごめんね。先に入ってて」
「うん……」
なんでだろう?
サーシャの夢の一つに「わたしにお世話されること」もあったはずなのに、お風呂の着替え……脱がすのはいつも遠慮されてる気がする。
着るのも脱がすのも、違いはないと思うんだけどね……。
少し不思議に思うけど、とりあえず、言われた通りに先に入ってよう。
「はい、洗うよー」
お互いに髪を洗いあった後は泡洗浄のための準備だ。
先にサーシャの身体を泡まみれにして、タオルをサーシャに渡す。
「お願いねー」
「……うん」
「どうしたの?」
タオルの泡を立てた状態でサーシャが不思議そうにわたしを見てる。
「今は恥ずかしくないのかな、って思って……」
「え? どうして?」
いつも通りの洗いっこだし、恥ずかしいことなんてこれっぽっちもないと思う。
遠慮なく泡まみれにして欲しい。
早くしないと、せっかく付けたサーシャの泡が消えちゃいそうだし……。
「よくわかんないけど、恥ずかしくないから大丈夫だよ。遠慮なく泡まみれにしてね」
「……うん」
サーシャは不思議そうにして洗ってくれてるけど、なにが不思議なのかがわたしにはさっぱりだ。
今まで数えきれないくらい一緒に入ってるし、何度も洗いっこもした。
今更恥ずかしがることなんて全くないと思う。
「よし! じゃあ、泡洗浄やるよー!」
「お願いね」
お互いが泡まみれになったので、サーシャの背中に抱きついて泡洗浄を発動する。
サーシャ考案、「一緒にやれば一度で済む」だ。
「泡洗浄」
「っ……」
いつもどおり(?)、なぜか一瞬だけビクッっとされたけど、魔術がすぐに止まるのはわかってるのでじっとしていてくれている。
あー、気持ちいい……。
泡洗浄は全身を微弱マッサージされてる状態なので、疲れた身体には気持ちいい。おまけに、サーシャにぎゅっと出来てるので、精神的にも癒される一石二鳥の魔術になってる。
この魔術を思いついたわたしと、ぎゅっ状態で一緒に泡洗浄をすることを思いついたサーシャを称賛したい。
「あ、止まった。気持ち良かったねー」
「……うん。凄く、気持ちよかったよ」
サーシャに笑顔で気持ち良いと言ってもらえるとすごく嬉しい。
この魔術を思いついてホントによかった。
今までのわたしは迷惑しかかけてこなかったから、少しでも喜んでくれのは素直に嬉しい。
魔術に関しては失敗談が多くてちょっとへこんでたけど、この笑顔と気持ちいいって言葉を貰えるなら、どんどん快適魔術を使っていこうと思う。
……よし、次の「お湯マッサージ」も、頑張って気持ちよくなってもらおう!
泡を流したサーシャが先に湯船に入る。わたしはそれに背中から寄りかかるスタイルだ。
これもサーシャ考案「湯船を広く感じよう作戦」。わたしの魔術がさらに気持ちよくなれる状態。ホントに、サーシャは色々思いついてすごいと思う。
「お湯マッサージ、いくよー」
「うん。いつでもいいよ」
……ぎゅっ、がちょっと痛い。
寄りかかった状態のわたしをすぐにぎゅっとしてくれたんだけど、お湯マッサージ宣言でぎゅっの力が強くなった。緊張で強張った感じ。
……そんなに緊張しなくてもいいのに。ただのマッサージ魔術なんだから。
緊張をほぐしてあげる為にも、ちょっと強めの振動にできないかな?
お風呂くらいはリラックスしてのんびり入って欲しいし。
……振動を強くするのって、どうすればいいのかな?
頭の中で、お湯が大きく揺れて、強く振動するイメージをする。
……いけそうだね。
いけると思ったわたしは、イメージを固めて魔術を発動する。
「お湯マッサージ」
「っ!?」
ちょっとだけ魔力が多く流れた感じがするし、振動がいつもより強い。成功だね。
……だけど、ちょっと、かなり―――
「サ、サーシャ……?」
「……」
無言状態での「ぎゅっ」の力がすごく強くて結構痛い。
ときどきビクッ、ビクッって痙攣してるし、結構きつそうに感じる。
初めてお湯マッサージしたときも思いっきり「ぎゅっ」されたけど、今ほどの力ではなかった。
……もしかして、またやっちゃた?
今までの失敗談がすぐによみがえってくる。
「ごめん、ちょっと出よう。すぐに止まるから……」
「大丈夫、大丈夫だよ……。アリアにいっぱい愛されていて、凄く、幸せだよ……」
サーシャは大丈夫って言ってるけど、痙攣は止まってないし、顔も真っ赤だ。絶対に無理してると思う。
ぎゅっの力も強いし、足でも挟んできてるからお腹周りも痛い。
耳元でわたしの名前と「愛してる」を連呼してるし、絶対に普通じゃない。まるで、愛を入れ過ぎた氷の時のような……あ。
「ごめんなさい……。また、内緒で魔術を強くしちゃって……」
ちょっと前にお姉ちゃんにあれだけ厳しく注意されたのに、愛の氷と同じ失敗をしてしまった。わたしが今やったのは、「ありがた迷惑の余計なお世話」だ。相談もしないで勝手に魔術を強くして、サーシャを苦しめてるだけ。
こんなに力強くぎゅっとしてるのは、それだけ強く我慢してるってこと。
「……もう出よう。我慢しなくていいよ」
お湯マッサージはもうすぐ止まると思うけど、これ以上サーシャを苦しめようとは思わない。だから、すぐに出ようとサーシャに言う。
お湯からも愛の匂いがしてきてるし、我慢の限界だと思う。
「出ないよ。最後まで」
「え?」
「アリアが愛してくれてるんだから、絶対に出ない。私の夢、私の幸せ。何年も先になると思ってたことが、今、叶う、から……」
震えるような声でサーシャはそう言った。
……夢がかなう? なんで?
サーシャの顔を見ると、頬を真っ赤にしながら目を閉じて必死に耐えていた。
そして、魔術が止まる瞬間にこれまで以上に力強くぎゅっとされて力が抜ける。
痛すぎる「ぎゅっ」から解放されてわたしはほっとしたけど、サーシャは放心状態だ。
「だ、大丈夫?」
「……大丈夫。幸せだよ。愛してるよ、アリア」
わたしの声で放心状態からちょっと回復したみたいだけど、まだポーとしている。
優しくぎゅっとして顔をスリスリしてくるので反射的にわたしもスリスリしてるけど、ホントに大丈夫なのかな……?
「ゴメンね、アリア。落ち着くまで、しばらくこうしてていい?」
「うん、全然OKだよ。わたしのせいで苦しめちゃったし、ずっとこうしてよう」
「ありがとう、アリア」
それからどれぐらい時間がたったか分からない。
お湯は冷めてきてるし、身体もふやけてきた。
ずっとぎゅっとされて、ずっと顔をスリスリしてる。その間はずっと無言。
すごく幸せなんだけど、そろそろタイムリミットだと思う……。
『二人とも、長湯しすぎよーーー』
やっぱり。
そろそろお母さんが注意してくる頃かと思った。
「上がろう、サーシャ」
「うん。でも、私はもう一度身体を洗ってから出るよ」
「それって、愛の匂いのせい?」
「……そう、かな。アリアも、一度身体を流してから出た方がいいよ。お湯にも愛の匂いが付いちゃってるから」
「わたしはいいよ。この匂いは好きだから。サーシャに愛されてるみたいで落ち着くよ」
「そっか……。じゃあ、先に出てて。私も身体を流したらすぐに出るから」
「うん」
サーシャを湯船に残して、わたしだけお風呂場を出る。
……なんか、つい最近も同じやり取りをした気がする。
結婚する前……今までのお泊り会ではこんなことはなかったのに、結婚してからサーシャの行動が変わってきたような気がする。寂しいような嬉しいような、微妙な気持ちだ。
距離感は今の方がずっと近くて嬉しいけど、今までの「友達」としての触れ合いが全くなくなった様でちょっと寂しい。
「ん、しょ……」
サーシャが出てくるまで少し時間があるので、自分の身体をタオルで拭く。
ホントはサーシャに拭いてもらった方がいいんだけど、濡れた状態でずっと脱衣所でいるのも変だと思ったので自分で拭く。
「お待たせ」
「うん。じゃあ、拭いてあげるよ」
「ありがとう、アリア」
サーシャが出て来たので身体を拭いてあげる。
……サーシャって、ホントにスタイル抜群だよね……。
わたしみたいにぶよぶよしてないし、スラっとしてて足が長い。
尻尾もすらっとしてて、サーシャの魅力がマシマシになってる気がする。
……尻尾、うらやましいな。
「スリスリ、スリスリ……」
身体を拭き終わり、尻尾を拭いてあげてる最中に思わず尻尾に頬ずりしてしまう。
……ああ、いいなー、これ。
わたしがスリスリするとピクピクするところとか、すごく可愛い。
「アリア、ゴメン。尻尾にスリスリされるのはちょっと恥ずかしいかな」
「あ、そうなんだ」
「うん。ちょっと、ね……」
今まで身体にスリスリしたことはあっても、尻尾に直接スリスリしたことはない。
サーシャが恥ずかしがるってことは、獣人さん的には結構恥ずかしいことなのかもしれない。
わたしが尻尾を離すと、すぐに丸まって離れてしまう。
「拭き終わってるみたいだから、服を着ようか」
「うん」
サーシャが服を着させてくれて、わたしもサーシャの着替えを手伝ってあげる。
「じゃあ、乾かすよー」
「うん」
着替え終わった後は快適魔術「砂漠の風」で髪を乾かす。
「サーシャの髪、ホントにサラサラのツヤツヤだよねー」
わたしはサーシャの髪に風を当てて梳かしながらそんな感想を言う。
「ありがとう、アリア」
サーシャの髪は昔から変わらない。
ずーーーっと、サラサラのツヤツヤだ。
本人はなにもしてないって言ってるけど、このサラツヤ具合はかなり手入れしてないと出ないと思う。そして……。
「スーハー、スーハー……」
この、すごくいい匂い。
髪に顔を埋めて匂いを嗅ぐと、すごく幸せになれる。
愛の匂いとは違った幸福感がある。
「いっぱい嗅いでいいからね」
「うん。スーハー、スーハー……」
お言葉言甘えていっぱい嗅がせてもらった。
おかげで、お母さんによって傷ついたわたしの心は完全に癒された。
「次は私の番だね」
「うん、お願いねー」
わたしは自分に砂漠の風を使い、風に揺られた髪をサーシャが丁寧に梳かしてくれる。
「アリアの髪も綺麗だよ。私の大好きな髪」
「ありがとう、サーシャ」
乾かし、梳かし終わると、サーシャが顔を髪にうずめてくる。
「……凄くいい匂いで落ち着くよ」
「うん。いっぱい嗅いでいいからね」
さっきのわたしと同じようなやり取りをしてる気がするけど、それだけ同じ想いってことだよね。
幸せなお風呂タイムが終わって部屋に戻る。
途中、リビングにいたお母さんから「もう馬鹿なこと考えるんじゃないわよ」とか言われたけど、そんなことはわかってる。
サーシャを崇めたら愛しあえないんだから、二度と崇めない。
部屋に戻ったわたし達は、送風機に当たりながらジュースとお菓子で一息つく。
「ふぅーーー、さっぱりしたねーーー」
「うん、そうだね」
テーブルの向かいにサーシャが座ってジュースを飲んでくつろいでいる。
……ずっとお泊り会が続いてるような気分になってきたよ。
夏休みとか冬休みに3泊のお泊り会とかキャンプとかするけど、そんな感じ。
違いは他の友達がいるかいないか。あとは、サーシャの服装がいつもより簡素なことぐらいかな……?
「あ、そういえば―――」
「なに? アリア」
「次のお休みに、みんなでうちにお泊り会することになったんだよね」
「次の休み? ずいぶん急だね。それにみんなって……だれ?」
サーシャに今日の学科校での出来事を説明する。
「いつもの6人全員……。クレア母さん、怒るんじゃないかな?」
「なんで?」
「急なことだし、人数が多いと準備が大変だよ。今すぐに言っといた方がいいと思う」
「うーーーん……。じゃあ、とりあえず、言っとおこうかな」
いつものお泊り会だし、人数が増えてもあまり変わらないと思うけどね。
心配なのは寝る場所ぐらいだと思うし……。
でも、サーシャが今すぐ言った方がいいって言うんだから、行ってこよう。
「お母さーん。今度のお休みに―――」
怒られた。
思いっきり。
30分のお説教付きで。
「うぅ……」
お風呂で回復した精神力がかなり削られた気がする。
「お帰り。やっぱり怒られた?」
「うん……。馬鹿なこと言うなって……」
人数が多くなると、食材の買い出しや布団の準備とかがすごく大変らしい。
せめて一週間前に言いなさいとか、考えなしに約束するなとか散々言われた。
さらに、罰のお風呂掃除が3日追加されるおまけ付き。
理不尽過ぎる……。
「でも、許してくれたでしょ?」
「うん……」
そう。
30分のお説教とお風呂掃除3日追加の代償と引き換えに、お泊り会は許可された。
釣り合わない気がするけど、過ぎてしまったことはしょうがない。
お泊り会のことを考えよう。
「許してはくれたんだけど、寝る場所はどうしようか? お母さんには「自業自得でしょ。自分で考えなさい」とか言われたけど……」
「今までは私を含めても2~3人だったからね」
「うん。今まではわたしの部屋でみんな寝れたけど、6人は無理だよね……。サーシャの部屋と分けていい?」
わたしの部屋3人、サーシャの部屋3人なら丁度いい気がするし。
「それしかないんじゃないかな。3人なら大丈夫だよ」
「ごめんね、また迷惑かけちゃって」
「気にしないで。一緒に寝られるのは嬉しいから」
「そう?」
「うん」
相変わらずサーシャは優しい。
6年間もひっそり準備していてやっと住めるようになったのに、お泊り会のために開放してくれるんだから。普通だったら、しばらくは独占したいと思うんじゃないかな?
「それにしても、急にみんなでお泊り会とか、今週は色々あるね」
「うん、そうだね……」
ちょっと前も思ったけど、今週はホントに色々あり過ぎだと思う。
サーシャとの結婚が一番大きなイベントだけど、それ以外にも大きなイベントが目白押しだ。
今日なんか、領主様と初めて会ったし、サーシャの恥ずかしい夢も聞いてしまった。
「はぁーーー……」
「アリア……」
「なんか、すごい疲れたよ……」
「お疲れ様さま。はい、あーん」
「あーん……」
サーシャが隣に来てお菓子をあーんしてくれる。
……思えば、サーシャもずっとうちにいるよね……。
先週までは、お泊り会の時しかこんなに夜遅くまではいなかった。何ヵ月かに1回のお泊り会の時だけ。お風呂だって、一緒に入ったのはあの温泉が久しぶりだった。なのに、最近はずっと一緒に入ってる。
結婚してるんだからずっと一緒にいるのは当たり前なんだろうけど、結婚前……先週までの生活がすごく懐かしい。
夜は部屋で一人だし、一緒に学校に行くのも決まった場所で待ち合わせをしてた。放課後は一緒にバイトしてお小遣いを稼いで、買い食いとか可愛い小物とかを衝動買い。
……ちょっと前のことなのに、すごく昔に感じる。
サーシャの呼び名だって、ずっと「さっちゃん」だったのに、結婚してからは一度も「さっちゃん」と呼んでない。
「サーシャ」のほうが特別感はあるけど、「さっちゃん」呼びも捨てがたい。
サユリさんも言ってたけど、わたしにとって「さっちゃん」という名前は特別なものだと感じる。
今、「さっちゃん」呼びをしてるのはお母さんとお姉ちゃん……あとはユリ姉さんぐらいかな?
友達はみんな「さっちゃんさん」って呼んでるから気にならないけど、お母さん達に「さっちゃん」呼びを取られたみたいでちょっと悔しい。
……わたしだけの「さっちゃん」なのに……。
「どうしたの、アリア?」
わたしが先週までのことを懐かしがってると、サーシャが心配そうにのぞき込んでくる。
……サーシャの「アリア」呼びも結婚してからなんだよね……。
先週までは普通にちゃん付けだった。
ちっちゃい頃からずっと、何度も、数えきれないくらい呼んでくれた呼び名。
楽しい時も悲しい時も「アリアちゃん」って呼んでくれて側にいてくれた。
……もう一回、「アリアちゃん」って呼んでほしいな。
「……お願いがあるんだけど、いい?」
「いいよ。何でも言って」
「もう一回、ちゃん付けで呼んで欲しいな」
「え?」
「アリアちゃんって呼んで欲しいと思って。わたしも「ちゃん付け」で呼びたい」
「…………」
サーシャがポカーンとして固まってる。
……変なお願いだったかな?
結婚してるのにお互いを「ちゃん付け」で呼ぶのは変なことなのかもしれない。
愛の大ベテランのサーシャが固まるくらいの……。