天竺軸春竜 、交際時
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寒い今夜の初投稿注意書き
・ハッピーエンドではありません
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浴衣や着物、昔からの日本の衣服は畳んだ時に一枚の長方形になるらしい。一生傍に居られる、そう思った。一生脱がない、そう思った。
しかし簡単にこうなってしまう。似ているのだ、ぜんぶ。
始めて恋をした。一目惚れだ、心から笑う君に目が釘付けになった。その後起きた事なんて覚えちゃいない、魅力的なそれを覚えようと脳が必死になった。動きが止まり隙が生まれた所を横から殴られ忘れる。
目を覚ませば隊長が看病してくれていた。突然どうしたのかと聞いて来たので「見惚れてました」と言ったら家を追い出された。無情な人だ。はたと痛んだ片頬を押さえる。
たしか奇抜なあの髪色の主は六本木のカリスマと呼ばれている灰谷兄弟の弟の方、灰谷竜胆。竜胆、りんどう。
なんて可愛い名前をしているのだろう。いや、もしかすると変なフィルタ―がかかって好みの顔に見えただけかもしれない。それにしても好みすぎるだろうか、自分では好みが分からないらしい。なら幻覚ではなく現実か?
そもそも俺は胸が大きいギャルが好きで、処女なんか以ての外。しかも男だなんておかしくなったのかもしれない、いや、おかしくなった。ただアイツは好きだと思った。摩訶不思議な事もあるものだ。
そこからは会う口実を見つけては毎週、三日に一回、毎日と彼に会いに行った。会う度に笑ってくれる彼が好きだった。
彼はいつも同じ所に居たので俺もそこに行けばいい。そこで「また会いましたね」とさりげなく話しかければいい。そうやって名前を覚えてもらって、年齢も覚えてもらって、メールアドレスも電話番号も交換した。まわりになんと思われていただろうか、鬱陶しくてかなわないガキ?六本木の教祖に惚れこんだ愚かな少年?なんだってよかったし、それは今思ってもどうでもいい。
十数年の人生、今までにないくらい順調で、今までにないくらい楽しかった。
「今から会いたい」そう四秒間程の電話が来たのは夜の十一時丁度。東京では静かな時間帯にはまだ程遠い時間だった。返事をしようと口を開けばすぐに切られてしまった。メールを送っても返信が来ない。彼の有無を言わせないやり方は嫌いじゃない。すぐに財布と携帯を持って家を出た。
「竜胆さん、今どこに居ますか」
家を出て六本木に向かっている最中、彼に電話をかける。彼は少しの間黙ってから「探してみて」と呟くように言って、また電話を切った。内心何も分からなかったが気ままに生きる彼の沼にはまったので問題はない。見つければ、灰谷竜胆という一種のゲームを攻略できる様な気がした。
付き合うまでは、自分のものにするまでは完全攻略ではないが。
「ここに居ますか、竜胆さん」
「あっ。せいかい。」
心当たりのある場所を幾つか回れば、数えるのが面倒になって来た所で彼を見つけた。ここは一番見晴らしのいい場所だと以前言っていたところだ。空も碌に見えない、廃ビルの屋上。ヘリポートに腰を下ろして待っていた竜胆は夜景に溶け込み、よく馴染んでいた。誰にも似合わない様な髪型、髪色をも自分に纏わせ、違和感など感じさせない。そんな彼に憧れた。カリスマ性に溢れる彼に。
「お前すごいじゃん。見つけられるのは結構予想外だった」
「以前、電話した時に話していた様な気がして。」
褒められたのか、ふふと頬を緩ませる彼がきらきらと光る。
「そうそう、その時に話した。ここさ、綺麗だろ」
彼の言う綺麗は分からなかった。東京で星が綺麗に見えるのは郊外だ。渋谷や原宿、六本木などには美しい星空は見えない。暫く同じように空を見詰めてから、「俺には分からないです。星も見えません」と答えた俺に竜胆は少しだけ笑った。
「星が見えたら綺麗って訳じゃあないんだよ」
この人はなんて素晴らしい考え方をするんだとつくづく思う。きっとこの人はここから見える夜景でも、下を歩く人間でもなくただこの“場所”を綺麗と言ったのだろう。
そういえば同じ場所に訪れようとも、苦手な奴と行くか、好きな奴と行くかじゃあ全く違うらしい。たしかに俺も彼と見たものは全て特別に見えた。垂れた目尻から覗くキラキラと輝いた葡萄色の瞳に反射する大きなパフェとか、カメラ越しに見た君の表情とか。
「お前と見るから綺麗なんだ」
「ああ、俺も言おうとしていました」
「……俺のこと好きなの?」
こういう時に限って直視出来ない。今直視すれば、少しでも目が合えばまだどんどんと堕ちていく。分かってる、底なし沼の様な君を好きになれば。遠くへ向かえば向かう帰りが長くなるように、別れた時に堕ちた分這い上がらなければならないだろう。
それでも結ばれたいと思わせてくるあなたは素晴らしい。
……… ドン、と大きく鳴った音で目を覚ます。窓を開いては、遠くに見えるものに目を細める。どうやら花火大会があるらしい。隣で眠る恋人に行くかどうか尋ねかけたが、どうしようかと頭を悩ませる。もしかすると花火はそこまで好きじゃないのか。それともとても好きかもしれない。
「……行く?花火大会」
ふと視線を隣に移せば、にこりと微笑む恋人が居た。行くも行かないも、どちらにしようと恋人は起きた。別に行かなくても家でゆっくり過ごせばいいし、行くなら以前貰った浴衣を恋人に着てほしい。
「俺はどちらでもいいですが、竜胆くんは行きたいですか?」
「行きたいかな。思い出作りだよ」
その後何かを呟いたが聞き取れなかった。聞き返せばよかった。聞き返したとしても意味は無かっただろうが。
「竜胆くん、浴衣着ます?」
「二つあるなら」
「あります」
たんすから取り出した二枚の布を見せてピースサインをすれば、恋人は笑ってピースサインを返した。ただの無地紺色に小さく白が散りばめられた比較的派手でない浴衣だったが顔立ちの整っている恋人にはよく合った。
「似合ってます」
可愛い、とは言わない。
「屋台とかなんも無いんだな」
「ただ花火を見るだけですよ。ああでも、少しだけ派手です。後は色んな種類があったりとか。」
「ハート型とか?あと星型とか、…にこちゃんマーク」
「去年は沢山ありましたよ。今年はもしかしたらもう終わっているかもしれません」
「残念だなあ、綺麗に見えたらなんかいい事ありそうだったのに。」
そう言って口を尖らせ砂浜を歩く恋人を花火の赤色が照らす。青色にも、桃色にも。今年見れなかったら来年見よう。なんてキザみたいな言葉俺は言う事なんか出来ない。来年も見れる保証なんてなく、そんな事は来年にでも思い出して虚しくなるだけだ。
「ですね。」
「「あ、ハート」」
綺麗に重なった単語は花火の爆発音にかき消される。被った、と笑い合ったとしてその後の会話をどうしたらいいか分からないのもあるし、ただ重なっただけで恋人と花火を見る俺にとって一生の自慢であるような空間を恋人と自分に壊されたくなかったのかもしれない。花火の大きさが段々大きくなり、クライマックスに近付いた時恋人はくい、と俺の浴衣の裾を引っ張った。
「どうしました?」
「三途、浴衣似合ってる」
その後恋人はフィナーレに合わせ口を五回動かした。聞き取れないが、聞くと良くない事が起きる気がする。体はこういう時に限って言う事を聞かない。視線を返したいときに動かず、聞き取りたくない事を聞こうとする。この世で一番使いこなせないのは自分の体じゃないかと、冷静な俺が失笑していた。
「 」
「ごめんなさい、もう一度お願いします」
「 」
「すみません、竜胆さん。花火の音で…」
「別れよう」
俺を見詰める葡萄色の目は何かを決心して、未来を見据えている目だった。凛とした立ち振る舞いのまま恋人はその場で浴衣を脱ぎ、いつの間にか下に着ていた、簡単なTシャツとズボン姿になっていた。
「…どうして」
「それは言えない。じゃあ、三途。また今度。大好き」
手渡された浴衣を受け取った手をどこにやればいいのか分からず、ただ歩いて行く竜胆の背中を見つめた。大好きだなんて。なんて、なんてずるい男だ。俺は愛してた。心の底からずっと。
家に戻り、彼が偶に泊まりに来る為置いておいた服を粗方燃やそうとたんすを漁る。過去を考えていれば自分勝手な行動に腹が立っていた。
粉々になった写真を見る。ガラスを蹴飛ばし、粉砕する様な快感を覚えた。「何だ、脆いんじゃないか」と呟きそうになる。
愛していた。とは思ったがこれ程に抜け出せないと困る。ひと夏のたった一週間で使われた服を燃やしながら、きっとこの先一生嫌いであろう花火の音に耳を澄ませた。
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憧れから、恋心を超えた、この感情の名は。
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