15時間前 A班
「今日の進軍はここまでだ!日が落ちきる前にキャンプを設営しろ!!」
レオナの鋭い声が野営地に響く。
隊員たちは車両から荷物を手早く運び出し、次々にテントを設営していく。
ある者は周囲の警戒のためにバリケードを組み立て、
ある者は大鍋を火にかけて夕食の準備を始めていた。
レンとユウマは発電機を回し、照明を灯す。
「やっと休憩できる〜」
ユウマは伸びをしながら、レンの肩にもたれかかる。
「ちょ、お前……もたれんなっ」
レンは体重を預けてくるユウマを背中で押し返した。
「おーい! 飯ができたぞー!」
ノアが手を振りながら二人に呼びかける。
「ご飯!?やった〜!」
ユウマは跳ねるように立ち上がり、小走りで配給の列へ。レンも続く。
「こういうところで食べるご飯って、なんだかワクワクするよね、レン!」
「食えりゃなんでもいい」
ユウマが話しかけるも、レンはそっけない。
やがて二人の番が来て、器に温かいカレーが注がれる。
「お、カレーだ!」
二人は少し離れた瓦礫の上に腰を下ろし、食事を始めた。
そこへ、ノアとメアリがやってくる。
「考えることは同じだな、新人たち」
「向こうは少し騒がしいですからね」
二人はレンたちの向かいに腰を下ろし、ランタンの明かりを灯す。
「そういえば、二人はいつから十字騎士団で戦っているんですか?」
ユウマが問いかけると、メアリが少し考えてから答えた。
「ちょうど一年前からですね」
「お前たちは?」
ノアがカレーを口に運びながら尋ねる。
「僕たちは今年からです。まだまだ新米ですよね、レン!」
ユウマが笑いながらレンを見るが、彼は遠くを見つめたまま、反応がない。
「どうしたの、レン?」
ユウマが心配そうに顔を覗き込む。
「悩みを口にすることは、大切ですよ。レンさん」
メアリが口元を拭いながら、優しく声をかける。
しばしの沈黙の後、レンは俯いてぽつりと口を開いた。
「……この辺りに……俺の家だったところがあるんだ」
「あなた、メルベルト出身だったんですね……。わかります。かつて自分が住んでいた場所が壊れていくのを見るのは、私も辛いです」
メアリはそう言って、そっとレンの手を握る。
「だったら、一度見に行ってみたらどうだ?そうすりゃ、吹っ切れるもんもあるかもしれないぜ」
「ノア!」
メアリが立ち上がり、鋭い目でノアをにらむ。
ユウマがレンに顔を向け、静かに問いかける。
「レン……どうする?」
レンは少し俯いて、答えた。
「……わからない」
夜が更け、焚き火の火だけが静かに揺れていた。
「……ユウマ、起きてるか?」
レンが隣で寝ているユウマに小声で問いかける。
「起きてるよ。どうしたの?」
ユウマがくるりと体を返し、レンの方を見る。
「やっぱり俺、行きたい……!」
レンの瞳には、先ほどまでにはなかった決意の炎が灯っていた。
「じゃあ、抜け出そっか!」
ユウマが起き上がり、靴紐を素早く結ぶ。
テントの隙間から顔を出し、周囲を確認する。
レンは誰もいないのを確かめ、大きめの瓦礫の陰に身を隠した。
2人が動くタイミングを見計らっていると、背後に人影が落ちる。
「あなたたち、なんでこんな時間にここにいるんですか?」
そこには、腕を組んだメアリが立っていた。
「まずい……っ!」
2人は身構えるが、メアリは肩の力を抜き、ため息をつく。
「夜間に勝手に出歩くのは規則違反ですが……仕方ありませんね。私が注意を引きます。あなたたちは早く行ってください。」
「いいのか?」
レンが驚いたように尋ねる。
「私も鬼ではありません。それに……あなたは、どこか私に似ています。行きなさい。」
メアリは背を向けて、静かに歩き出す。
その直後、照明が一斉に消えた。
「なんだ!?」
テントの方から、騒ぎ立てる声が聞こえる。
「レン、今だよ!」
ユウマはこの隙を逃さず、レンの手を引いて駆け出す。
――しばらく後。
「この道で合ってる?」
周囲には崩壊した建物が立ち並び、壁や道路を植物が侵食していた。
「ああ、間違いない。この道だ。」
レンは記憶を頼りに、足を進める。
――数年前。
「兄貴!アイスクリーム買ってよ!」
レンより一回り小さな少年が、服の裾を引っ張る。
「ソウ……さっきかき氷食べたばかりだろ?」
レンがソウの頭をくしゃりと撫でる。
「いいじゃん兄貴~、甘いはうまい、だよ~?」
「……仕方ないな。今回だけだぞ。」
昨日のことのように、記憶が鮮明によみがえる。
「着いた。ここだ。」
そこには、崩れかけながらも、かつての原型をとどめているマンションがあった。
レンは走り出し、入口へと駆け込む。
「レン!慌てすぎっ!」
ユウマも慌てて後を追う。
「125号室……125号室……あった……!」
ドアノブに手をかけようとするが、思うように手が動かない。
――怖い。
レンの手は震え、まるで何かに怯えているかのようだった。
「大丈夫だよ、レン。僕がいる。」
ユウマがそっとレンの手に触れ、一緒に扉を押し開ける。
ドアが軋んだ音を立ててゆっくりと開く。
125号室――レンのかつての家。
中に足を踏み入れると、湿った埃の匂いが鼻をついた。
床には本や服、倒れた椅子が散乱していて、長い時間誰も手を入れていないことが一目で分かる。
それでも、そこには不思議と人の気配――温もりの残り香のようなものが漂っていた。
壁に掛かっている時計はすでに壊れていて、長針と短針は半端な位置で止まったまま。
だが、その真下にある小さな木の台の上には、埃をかぶりながらも大切に残されたものがあった。
一枚の写真――
それは笑顔のレンと、その弟ソウが肩を並べて写っているものだった。
レンはピースをしておどけた顔、ソウは少し照れたような表情で笑っている。
色褪せてはいたが、その写真だけがこの部屋の時間を止めたまま、静かに過去を守っているかのようだった。
ユウマがそっと歩み寄り、写真に目を落とす。
「……ここ、本当にレンの家だったんだね。」
静かにつぶやく声に、レンは無言でうなずいた。
視線は、ただその写真に吸い寄せられるように釘付けになっていた。
「ソウくんは、今どこに…?」
ユウマが遠慮がちに声をかける。
レンは一瞬黙り込んだあと、ゆっくりと答えた。
「…吸血鬼殲滅戦争のとき、バラバラになって……それっきりだ。」
静寂が降りる。
「……ごめん」
ユウマの声には、真摯な痛みがにじんでいた。
「いいんだ。もう……決心はついてるから」
レンは静かに写真を胸にしまい、立ち上がる。
そのとき――外から何かが崩れるような音が響いた。
「この音……キャンプの方だ!」
ユウマが振り返り、緊張した声で言う。
2人は顔を見合わせる。
次の瞬間――その瞳が赤く染まり、残像を引きながら宙を駆ける。
「まずい……囲まれてる!」
丘の上から、大量の吸血鬼に包まれたキャンプを見下ろし、ユウマが声を上げる。
「急ぐぞ」
レンの言葉と同時に、2人は迷いなく闇へ飛び出した。
赤い光の軌跡が、夜を切り裂いていく。
吸血鬼が四方八方から押し寄せ、キャンプは混乱の渦中にあった。
デッドマンたちは必死に応戦している。
その中で、ノアとメアリが孤立して戦っているのが目に入った。
「くそっ!こいつら、どこから湧いてきやがった!」
ノアは血に濡れたバットを振り回しながら叫ぶ。
「明らかに、通常の襲撃とは違いますね……」
メアリは薙刀を手に、優雅かつ鋭い動きで次々と吸血鬼を斬り払っていた。
「メアリッ!後ろ――!」
ノアの叫びと同時に、メアリの背後から一体の吸血鬼が跳びかかる。
「間に合わないっ……!」
その刹那――
ズバッ。
吸血鬼は宙で真っ二つに切り裂かれ、崩れ落ちる。
「レンさん、ユウマさん……戻ってきたんですね!」
メアリが息を呑む。
「遅くなりました〜!」
ユウマは軽く笑いながらも、すぐに隣の吸血鬼に蹴りを叩き込み、レンがその背後を斬り裂いた。
「監視官たちが危ない!俺たちでみんなを助けるぞ!」
ノアがバットを肩に担ぎ、血液パックを口にくわえる。
レン、ユウマ、メアリもそれぞれ血液を服用し、続くように戦場へ飛び出す。
「なんて数だ…っ!」
レオナが鞭をしならせ、吸血鬼を次々とはじき飛ばしていた。
「レオナ監視官っ! もうこれ以上は……っ!」
監視官たちが必死に応戦するが、前線は今にも崩壊しそうだった。
そのとき、吸血鬼の大群に四人が飛び込む。
「お前らの相手は――俺たちだっ!!」
「遅いぞ、お前ら!」
レオナが叫ぶ。その顔には戦場に似つかわしくない笑みが浮かんでいた。
「一人目っ! 二人目ぇ! 三人目ぇっっ!!」
レンが刀を振るい、周囲の吸血鬼を次々と斬り伏せていく。
「ノア!」
メアリが回し蹴りで吸血鬼をノアの方へと蹴り飛ばす。
「かっ飛びやがれぇ! ホームラァァンッ!!」
ノアが豪快にバットを振り抜く。吸血鬼の頭が宙を舞い、ユウマの方へと飛んでいく。
「先輩、ナイスパース〜!」
ユウマが体をひねり、回し蹴りで飛んできた頭をさらに弾き飛ばす。
頭部は凶器のように別の吸血鬼に直撃し――
グギャッ!
吸血鬼がその場に崩れ落ちる。
「今ので何体目だ……? まあいいや、こいつでラストだっ!!」
レンが残る一体に斬りかかろうとした――その瞬間、
ズドンッ!
横からバットが飛来し、吸血鬼を横っ面から吹き飛ばす。
「てめぇ……! 俺の獲物に手ぇ出すんじゃねぇ!!」
レンが血走った目で、バットの持ち主――ノアを指差す。
「ノア…今のはちょっと酷いですよ」
メアリが髪をかきあげ、冷たい目で睨む。
「ん? 俺、なんかしたか?」
ノアは首をかしげるが、片手を挙げてレンに謝るふりだけはする。
「ガルルルルルルッ!!」
怒りで牙をむいたレンが、今にも飛びかかりそうになる。
「わぁわぁ、レン落ち着いて〜っ」
ユウマが慌てて後ろから羽交い締めにする。
そのとき――
「貴様らっ!!」
レオナの怒声が、戦場の静寂を裂いた。
「勝手に抜け出していたな。気づかないとでも思ったか……!」
レオナはずかずかと四人に近づき、ピシャリと指をさす。
「あとで私のテントに来い! まとめて説教してやる!」
そう言い残し、彼女はテントの方へと戻っていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二人は無言のまま、テントの幕を上げて中に入った。
そこではレオナが鞭の手入れをしていた。細かく丁寧に、その革を磨いている。
「レオナ監視官……俺が言い出したんだ。だからユウマは――」
「自宅の様子はどうだった?」
レンの言葉を、レオナは遮るように投げかけた。
「……荒れてたよ。でも、何故か安心したんだ。」
レオナは手を止め、まっすぐレンの目を見つめる。
「レン……」
ユウマが心配そうにその横顔を見つめる。
「……ふぅ。今回は見逃してやる。次はないぞ」
レオナは静かにそう言って、再び鞭の手入れに戻った。
「……いいのか、俺たち」
ぽつりと漏らしたレンの懐から、ふと一枚の写真が滑り落ちる。
レオナはそれを拾い上げ、視線を落とした。
「そういえば……お前には弟がいたな」
レオナの目が、写真の中の少年――弟に似た人物へと移っていく。
「……っ」
その表情に、一瞬だが明らかな動揺が走った。
「お前たち。明日は早い、もう寝ろ」
レオナは写真をレンに返し、背中を向けた。
テントを出た二人は、無言で並びながら歩き出す。
「怒られるかとヒヤヒヤしたよぉ〜」
ユウマが胸を撫で下ろしながら笑う。
だが、その顔がふと曇る。
「でも、さっきの……あの表情は何だったんだろう?」
ユウマがレンの方を見ると、彼は立ち止まり、振り返ってテントの方を睨みつけていた。
「レオナ……あいつ、何か隠してるな……」
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テント内――
レオナはゆっくりとカバンを開き、中からタブレット端末を取り出す。
電源を入れると、すぐにあるデータファイルが表示された。
— 要注意団体 —
反吸血鬼過激組織「レジスタンス」構成メンバー一覧
画面には複数の人物の顔写真が並んでいる。
レオナは無言でスワイプを繰り返し、ある写真で手を止める。
そこに写っていたのは――
レンの弟、ソウに酷似した少年の姿だった。
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