テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
先輩の顔面に拳を叩き込んだ佐藤は、一歩、後ろへ引いた。まるで何事もなかったかのように、小さく息を吐く。
「……あ、そういえば」
突然、佐藤は思い出したように呟いた。
「資料、無くしたんでしたっけ?」
静寂がフロアを包む中、ひとりの社員が震えた声で名乗り出た。
「じ、実は……Aさんが……その……隠してるの、見ちゃって……」
佐藤はその社員へゆっくりと視線を向ける。
「ダメじゃないですか? って聞いたら……『あぁ、これ? これはね〜佐藤さんが作ってくれたやつだから大丈夫よ〜!!』って……」
瞬間――
社長の顔色が真っ青になり、同時に目を丸く見開く。
そして何よりも――
佐藤の表情。
一切の感情が消えたかのような顔だった。
まるで無音の中、空気だけが重くなる。
いや、空気というよりも――殺意。
そこにいた全員が、佐藤から漂うオーラに凍りついた。
鬼のような般若顔。
「……お前さ」
無感情な声で、佐藤は先輩の腹に、何の躊躇もなく蹴りを入れた。
ドンッ!!
「っ!?」
先輩が呻き声をあげる。
「なに、嘘ついてるの? 無くしたって言ってたよね?」
そのまま、もう一発――と思ったところで。
「やめろ!!」
社長が咄嗟に腕を掴んだ。
けれど佐藤は、あくまで静かに――それでも凍るような声で言う。
「分かりました。蹴るのはやめます。」
社長がほっとした顔を見せかけたその瞬間。
「代わりにこれで終わらします。」
佐藤は無表情のまま、先輩の頭を掴み――
デスクへ。
ガンッ!!
鈍い音がフロアに響いた。
先輩の額が机に叩きつけられ、完全に白目を剥く。
佐藤はそのまま服の埃を払いながら、ぽつりと。
「……じゃ、わし眠いので寝ていいですか?」
「は、はぁ……」
社長は完全に思考停止していた。
佐藤は首を傾けながら、柔らかく笑う。
「――あー、あと4ヶ月は寝たい。」
「……もう……うん。5ヶ月は休んでいいから!」
社長が半ば投げやりに、そう言った。
佐藤は「やったー!」と子供みたいに笑顔になったが、その内側に積もったイライラは消えなかった。
そのまま、すかーと夢魔がそっと佐藤へ近づく。
「ネグ……帰ろ?」
「なぁ……もう帰ろ?」
けれど。
「……汚い手で触るのはやめて。」
その一言が、あまりに冷たかった。
そして――
佐藤は突然、窓へと歩き出す。
「ネグ!? おい、まさか――!!」
すかーが慌てて手を伸ばしたその時にはもう遅かった。
――佐藤は、窓の外へ。
飛び降りた。
42階建てビルの、35階から。
社員たちの全員が目を見開いた。
すかーも、夢魔も、その場で声すら出せずに立ち尽くすしかなかった。
「……嘘、やろ……?」
「そんな……」
誰もがそう思った。
けれど――
佐藤はそのまま、建物伝いに飛び移り、まるでいつものことのように帰宅した。
破天荒。
まさに、その言葉が相応しい。
――家。
佐藤は無言のままシャワーを浴び、スッキリした状態で寝室へ向かった。
鍵を閉めるだけじゃ足りない。
家具をいくつも動かし、ドアの前へ。
完全に――封鎖。
それからスマホを充電し、布団に潜り込む。
そのまま、佐藤は深い眠りへと落ちていった。
――その頃。
すかーと夢魔は、全力で家へ戻ってきた。
鍵を開け、中に入り――
「ネグ!!」
寝室の前へ駆け寄り、ドアをドンドン! と叩く。
「ネグ!! 開けてくれや!!」
「ネグ……! ねぇ、返事して!!」
けれど、中からは何の反応もない。
2人は焦ったようにドアノブを回す。
ガチャガチャ、ガチャガチャ――
「開かへん……」
「……ネグ……!!」
それでもダメだ。
すかーはついに、足でドアを蹴破ろうとした。
「どけ、夢魔……!」
ドンッ!!
ドンッ!!
けれど――
ビクともしない。
普通のドアではなかった。
それだけじゃない、家具が完全に塞いでいるのが分かった。
「……嘘、だろ?」
すかーが震える声で呟いた。
夢魔も同じだった。
「……2週間どころじゃない……」
「4ヶ月……ネグに……会われへんってことか……」
2人は絶望しきった顔で、ただ扉の前に座り込むしかなかった。
何もできず。
ただ、そこに。
――完全な静寂。
佐藤の寝息だけが、部屋の中に静かに響いていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!