桃赤
「好きなひと、できた」
事後の静かな時間、一点をぼんやりと見つめたまま莉犬は言った。
ベッドに腰掛け、ペットボトルの水を一口飲むとそのまま興味なさそうに答えた。
「へぇ」
少し驚くかな、なんて微かに思っていたが視界の隅に映るさとみは微動だにしなかった。
その様子にまぁ、そうだよねと軽く思い直してゆっくりと瞼を閉じる。
「どう思う?」
また再び水を口に含んださとみに莉犬は瞼を開いて言う。
二色の綺麗な瞳が微かに揺れた。
その問いに少し間を置いて、ペットボトルを机に置いたさとみは莉犬を一瞥する。
「なんて言って欲しいわけ」
「べつに、ただ、気になっただけ」
「ふーん」とまたも興味なさげに呟いた。
寝返りを打つと布の擦れた音が嫌に響く。
「やめとけよ」
静かに、そう言った。
莉犬は振り返ることはせず、瞼を閉じてその言葉を素直に受け止めた。
確かに、やめといた方がいい。
「…はは、たしかに。俺に好かれるなんて、迷惑だもんね」
思っていたよりも乾いた笑みが零れた。
さとみがこちらを見ている気配がしたが、莉犬は気づかないふりをして、ゆっくりと頷いた。
「正論だ」なんて自分で言って悲しくなる。
じんわりと冷たかったシーツが熱くなっていくのに対して手足はどんどん冷たくなっていく。
いつから、と言われれば覚えてないが、1年ほど前からだろうか。
その頃から、莉犬とさとみは度々体を重ねていた。
きっかけはよく覚えていないけれど、それとなく、そんな雰囲気になってしてしまったんだと思う。
雰囲気とは、とても恐ろしい。
好き、じゃ、なかったのに。
流されてしまったのだ。
あの碧い瞳に。
そのまま最後まで、してしまった。
少しの後悔と、違和感。
きっと、ずっと前から、その違和感はあったんだと思う。
膨らみに膨らんで、その違和感に気づいた。
それからその違和感が、少しずつ体を重ねるごとに確信に変わっていって、堕ちてしまった。
認めたくない気持ちと、ずっとモヤモヤしていた気持ちが晴れた、納得のような清々しい気持ちが入り混じっていて気持ちが悪かった。
何度目かの行為。
口に出して仕舞えば、それはあっさりと解決してしまった。
「すき」
行為中、自分も気づかない程無意識にぽつりと零していた言葉。
それに最初に反応したのは、さとみだった。
ゆっくりと慣らすように動いていた腰が止まり、さとみはじっと莉犬を見ていた。
あれ、いま…
気づいた頃にはもう、遅かった。
さとみの顔はみるみるうちに赤くなって、それを隠すように莉犬に抱きつき、頭を撫でた。
その日の行為中、ずっとさとみは莉犬を抱きしめていた。
けれど、次の日さとみは何もなかったかのように接していた。
覚えていないのか、なかったことにしたいのか。
少しでも嬉しく思っていた自分がとても惨めに思えたのを覚えている。
無言な時間が続く。
少しだけ首を動かしてさとみを見ると、再び手にしたペットボトルに口をつけ、ぼーっとしていた。
夜明け前の部屋はまだ真っ暗だったが、スマホから放たれる微かな光がさとみの瞳を蒼く輝かせていた。
「……でもさ、告白したいんだ。おれ」
ピクリと肩が動き、蒼い瞳が莉犬を射抜く。
「…は?」
訝しむように眉を顰め、如何にも不愉快だという表情を見せた。
「なんで」
「なんで、って言われても困るんだけど…」
「したいんだよ」
困ったように、莉犬は眉を下げて笑う。
それがいけなかったのか、気に食わなかったのか、さとみはピキリと青筋を浮かべた。
「理由になってないんだけど。ねぇ、なんで?やめとけって言ったよな」
「…さとみくんに、決める権利はないよね」
「…どうせ、無駄になる」
「そんなこと、分かってるよ」
意味もない、言い争い。
どんどんさとみの表情が険しくなっていく。
なんで、こう言われなければならないのか。
「期待もしてない」
「じゃあ、意味ねぇよ」
酷いなぁ、と莉犬は呟く。
その表情が今にも泣いてしまいそうな程くしゃりと歪んでいた。
泣きたいのは、こっちの方だ。
なぜ好きな人にここまで言われなければならないのか。
その人を伏せているとは言え、さすがに言い過ぎだろう。
莉犬の瞳が、微かに揺らいだ。
「……そうゆうとこ、、きらい」
零れそうになる涙を堪える莉犬はきゅっとシーツを握りしめる。
すると何かが割れる音が聞こえた。
その小さな手に骨ばった大きな手が重なり、もう片方の手を肩にかける。
「なぁ。もういっかい、しよっか」
何を、言っているんだ。
莉犬は突然のことに目を見開く。
口角を上げて笑うさとみの表情はどこか冷たくて震える何かが隠れていた。
「や、ちょっと……っ、は、?」
さとみの手は慣れた手つきで胸の突起物に触れる。
先程までしていたため、緩くなっているアソコにあっという間に挿入された。
一気に奥まで突いてきたさとみのモノに莉犬は目をチカチカさせた。
「ひぅっ……んあ”、やっ…やら……ね、んぅ」
「やじゃないでしょ。いつもしてんじゃん」
「ほら、気持ちいいねー」なんてさとみは薄らと笑みを浮かべながら莉犬を揺さぶる。
こんなのは初めてだ。
こんな、気持ちのないセックスは。
「やだ、、やっ…ん、ぁ…やあ、っ」
自然と涙が零れた。
優しいはずなのに、そうじゃなくて。
気持ちいいはずなのに、全然気持ちよくない。
さとみはなんでもないといった感じで行為を続けている。
莉犬は快楽とは別に、体を震わせた。
「ぃあっ……っん、ひぅ……やだぁ…」
怖い。
意味のない母音を吐きながら、莉犬は涙を流して顔を背けるとそれを許さないという様に両頬を片手で掴まれ、無理やり目を合わせられた。
「なぁ莉犬。わかる?今莉犬は俺と、してるんだよ」
「俺として、気持ちよくなってるんだよ。ねぇ」
「っあ”ぁ、ん、ひぁ……ぁ、?」
じくじくと頬に痛みが走る。
外して欲しくて、両手で掴むも力が入らない。
どちゅ、と音を鳴らして最奥に何度も突いてきて莉犬は意味もわからず達した。
さとみは莉犬が達したのを見つめて、ティッシュでそれを綺麗に拭き取っていく。
「…………許さないから」
ずるりと抜かれたところはヒクヒクと動いていた。
心に大きな穴が空いたみたいだ。
さとみは深く真っ暗な深海の瞳で莉犬を見る。
「告白したら、俺許さないよ」
なぜ、こうも嫌がるのだろう。
君に告白するのが、なぜこんなにも拒まれるのだろう。
「…相手殺しちゃうかも」
「莉犬のせいで、その人のこの先の輝かしい未来が潰れるんだよ」
深く、なっていく。
さとみが発する言葉一つ一つが重く、突き刺さっていく。
「………わか、、た。しない」
「しない、から……」
「…もうそいつとも会うな」
「……うん。会わないから…おこんないで」
無意識に、莉犬は縋り付く。
震える指先がさとみの首に回った。
痛かった。
さとみの言葉が、声が。
なによりも、その瞳が。
莉犬の感情には恐怖しかなかった。
抱きつく莉犬にさとみは小さく息を漏らして抱きしめ返す。
後頭部に置かれた手が頭を撫でる。
長い指で髪を梳かれる感覚に、荒立った心は静かになっていった。
「………」
これでいい。
さとみは自分に言い聞かせて目を閉じた。
To Be Continued
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