戦いから帰ってきて、もう数ヶ月が経つ。
 森を覆っていた魔物の影は消え、村の空気は穏やかさを取り戻していた。
陽が落ちれば焚き火の周りに人々が集まり、子どもたちは笑い、村の誰もが安堵の吐息を洩らす。
あの恐怖の夜が嘘のように。
 そんな平穏な日々の中で、藤澤もまた笑って過ごしていた。
 
 
 
 「もう大丈夫だから」
 
 
 
 そう口にするたび、その笑顔は眩しく、あの夜の傷跡を必死に隠そうとしているのが分かった。
 
 ――禁忌の薬の副作用。
 あの時、魔物に無理やり飲まされ、身体が性的に疼くようになってしまった藤澤は、何度も夜中に苦しみ、声を殺して泣いた。
そのたびに傍にいたのが、大森と若井だった。
 
 
 
 「……お願い……っ、助けて……」
 
 
 
 涙をにじませてそう乞う藤澤を、2人は何度も優しく抱き寄せ、癒してきた。
指で、唇で、身体で。
触れている間だけは疼きが収まり、安らかな寝息を立てられる――だから、2人は何も言わずそれを受け入れ続けた。
 だが、あれから月日は流れた。
藤澤は少しずつ副作用を制御できるようになり、「もう自分で処理できるから」と強がり混じりに笑うようになった。
表面上は普段通り。
食卓で冗談を飛ばし、音楽の話で盛り上がる彼は、まるで何事もなかったかのように振る舞っていた。
 ――それでも。
 夜中になると、彼の部屋の灯りが遅くまで消えないことを、大森は知っていた。
そして窓の向こうから、ふと聞こえてしまうかすかな吐息も。
 
 
 
 「はぁ……っ……ん……」
 
 
 
 それを聞くたび、大森の胸の奥が締め付けられる。
あれは、副作用に抗うように、一人で必死に処理している音。
もう助けを求めてはくれない。
「大丈夫」と笑うけれど、決して完全に消えていない痛みの証。
 若井も藤澤の言葉を尊重し、深く追及はしなかった。
 
 
 
 「……本人が大丈夫って言ってるんだし」
 
 
 
 そう呟く横顔を見て、大森は何度も頷いた。
けれど胸の奥では、違う感情が燻っていた。
 ――ずっと耐えていた。
 藤澤が涙を浮かべ、震えながら必死に吐息をこぼす姿を目の前で見てきた。
その度に「助けなきゃ」と手を伸ばした。
だが同時に、もっと深い欲望が溢れてきていた。
 触れている間、藤澤が喉を震わせて自分の名を呼ぶ声。
吐息に混じる甘い音。
唇を重ねれば返ってくる熱。
 ――それらをすべて、ただ「副作用を癒すため」と理由をつけ、自分に言い聞かせていた。
 けれど本当は、耐え続けていただけだった。
 あの時、若井が傍にいなければ――
あの時、自分が理性を失っていたら――
 
 
 
 「……っ」
 
 
 
 思わず胸を押さえる。
それでも大森は、夜になると必ず藤澤の部屋の灯りを気にしてしまう。
気にすまいと、布団に潜り込んでも眠れない。
まぶたを閉じれば、蘇るのは藤澤が乱れていく姿。
それを必死に堪えて、何度も背を向けてきた。
 ――けれど。
もう限界が近いことを、大森自身が一番わかっていた。
 
 
 
 
 
 
 
コメント
4件
こんな展開が待っていたなんてすぐ見たかった( ˊ•̥ ̯ •̥`) 番外編が出るとは思わなかった!! めちゃめちゃ嬉しいです(๑•̀ㅁ•́ฅ 次でどんな感じになるかな?
待ってました!番外編! これはもう、今回のお話も神作品確定ですね~! 読みながら、ニヤニヤしてましたwww 次のお話も楽しみにしています! いつも作品更新してくださりありがとうございます✨