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最高のクリスマスプレゼントをありがとうございますサンタという主さん。来年も、いや半年、いや1ヶ月、いや1週間。毎回子供という私たちにプレゼントを届けてください。私たちは魚のようにはねて喜びます

この話を見れたのがクリスマスプレゼントの中で一番嬉しいかもしれません! ttが少し背伸びしてrt君の前でカッコつけたけどやっぱりrt君の方が一枚上手なのがちょー可愛かったです。途中のrt君と結婚したいと言う願いは申し訳ないけど絶対叶えられないかもしれません 長文失礼しました。次回も楽しみにしてます!
クリスマスデートしてイチャイチャしてるだけ。ネタ被りあったらすみません。
12000字あるのでお暇なときにどうぞ。
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カラン、と鐘を模したドアベルが鳴り、愛想の良い店員さんが挨拶をしてくれる。お昼を少し過ぎたこの時間帯は意外と穴場で、特に話し合うこともなくいつもの窓際の明るい席に座った。
今日は気温は低いものの陽射しは暖かく風も無いので「テラスじゃなくて良かった?」と聞くと、「お前には寒いだろ」と返される。きみだってさっき暖房が暑くてコート脱いでたくせに、そうやってスマートに譲れちゃうところがかっこいいんだよな、と思った。
「僕もう注文決まってるから、リトくんメニュー見ていいよ」
「はいはい、テツはいつものね。……うわ、俺どうしよっかなあ〜……?」
メニュー表と睨めっこをしながら、リトくんは幸せそうに首を捻った。リトくんはけっこう期間限定の文字に弱いところがあるし、ぱっと見た感じクリスマス限定メニューを選ぶんじゃないだろうか。もはや見慣れたはずのメニューにいちいち目を輝かせるリトくんを肴に、店員さんが持ってきてくれたお冷を飲む。
ここは大通りから5分ほど歩いた路地の老舗のパスタ屋さんで、店内にはオーナーの趣味であるレコードなんかも飾ってあったりする。個人経営店ならではの雰囲気の良さと劇場や映画館の近くという立地もあり、何かしらの観劇をしたあとはこの店で遅めの昼食を摂る、というのがお決まりのデートコースになりつつあった。
そして今日もまた、お馴染みの流れでここに入ってきており。うんうんと頭を悩ませていたリトくんはようやく覚悟を決めた、というようにメニュー表の一番手前を指差した。
「〜〜ッよし! 決めた、これにするわ」
「んふふ、『クリスマス限定ミートボールパスタ』?」
「……何笑ってんだよ」
「いや? きみが好きそうだなって」
寸分の狂いもなく予想通りだった。何だか優越感覚えちゃうな、ここまでくると。
不服そうなリトくんを横目に店員さんを呼び、手早く注文を済ませてしまうことにする。
「すいません、えっと──ナポリタンの小盛りと、クリスマス限定のミートボールパスタ……大盛り? だよね。それでお願いします」
「あ、飲み物はウーロン茶とコーヒーで。料理と一緒で……はい、お願いしまぁす」
何故か半笑いのリトくんが気になるが、ここのお店はちょっと量が多いんだ。2年通って分かった適量は小盛りなんだ仕方ないだろ。
テーブルの端に手書きの伝票が置かれ、店員さんが去ったあとはすぐに先ほど観た映画の感想大会が始まる。
「それでさぁ……さっきの映画! めちゃくちゃ良かったよねぇあれ!」
「なー! ラストの歌マジでやばかった、泣きそうになったもん俺」
「あやっぱり? 隣からすごい嗚咽聞こえたもんな」
「言うなよ、しょうがないだろ感動しちゃったんだから!」
ムキになって怒っているように見えるが、喜色混じりの声色から本気で怒っていないことが丸わかりだ。よっぽど感銘を受けたんだろう、良作を観たあとのリトくんには割と何を言っても怒られない。
今日観た映画は前々から行きたいと言っていたミュージカル原作のもので、上映時間は3時間弱と少々長めだけど全く飽きずに最後まで楽しむことができた。特に主人公の歌唱パートは圧巻で、リトくんがどうしても字幕版が観たいと言ったのも頷ける。
リトくんは原作の舞台からのファンみたいで、どうやら主人公含めて何人かの俳優さんはそこからの続投らしい。ラストで主人公が仲間たちと共に大団円を飾る歌は、リトくんが一等楽しみにしていたシーンのひとつだった。
「いやほんと、事前情報無しで観に行ってマジで正解だったわ」
「あ、ほんとに何も見ないで来たんだ」
「え何、だめ?」
「んや……きみのそういうとこ好きだなって」
「ん゛ッ……!?」
そう言うと、リトくんは途端に水を喉に引っかける。げほ、ごほ、と咽せ込む彼を心配すると「お前のせいだよ!」と責められてしまった。顔が真っ赤なのは咽せているせいだけじゃないんだろうな。
実は映画が公開されたのは1週間ほど前で、そのうちに僕はいくつかネタバレを踏んでしまっていたんだけど。こうしてみるとリトくんって本当にSNSとか見ないんだなぁとどこか相容れない存在みたいに思えるけど、他人の評価じゃなく真っ新な状態で観て自分の感性で評価したい、というリトくんのこだわりはできるだけ貫いて欲しいと思っているから。
知ってるよ、きみがラストシーンの最中に本当はちょっとだけ泣いてたこと。SNSでは舞台版とは異なる演出に賛否が飛び交っていたけれど、きみは何も知らない状態で真正面からあれを受け取って、きっと心から感動したんだろうね。誰の評価も穿った目線も持たず素直に泣ける感性を、僕は心から尊敬してるんだよ。
「監督によると続編の構成はもうできてるらしいんだけど、リトくん的にはどうなの?」
「え、続編!? や、確かにけっこう匂わせてたしなあ……」
「ちなみに続編の方は観たことある?」
「あるある。割と最近よ、上演されてたの。……うわ、テツ絶対好きだわあの場面」
「えっ何なに? 僕が好きそうなシーンあんの??」
「うん。映画の方にどこまで引き継がれるかは分かんねえけど、演出とかめちゃめちゃかっこいいとこあんのね。絶対観て欲しいそこは。んで感想聞きたい」
「……え、ってことは次も僕と一緒に観に来てくれるの……?」
当然のように理想の未来図に僕を組み込むリトくんに、ついめんどくさい本音が溢れる。しまった、これじゃ肯定してくださいと言っているようなものだ。
「は? 当たり前だろ。何? 俺と一緒じゃ嫌?」
「いやいやいやそうじゃなくて!! あの、ッいや違くてね!? なんて言うかな、その〜〜……!」
「っははは! ビビりすぎだろ。……別に怒ってねえって。次もまた一緒に来ような?」
「あ、あー…………うん、きみが良ければ」
ふざけて凄んでみせたあとですぐさま優しく微笑んでくるリトくんは大変心臓に悪く、寒空の下を歩いてきたはずなのにもう顔が暑くてしょうがない。
僕が観たのはまだ制作が暫定的に決定したというだけのニュースだ。国内で公開されるとなるといつになるか──早くて再来年、もしかしたらもっと先になるかもしれない。
ねぇ、きみは一体どこまで考えて言ってるんだよ。公開された続編を観に来れるまで少なくとも2年か3年、そんなに長い間僕と一緒にいてくれるつもりなの? そもそもそんなにとっておきの映画を一緒に観るのが僕で良いの? というか、僕が好きそうってことは観劇中に少しでも僕のことが脳裏をよぎったりしたってこと?
厨房の方からは早くも甘いトマトソースとミートソースの香りが漂ってきている。僕はすっかり空になったコップへと目を逸らしながら、きっとまだ愛おしげに僕を見つめているであろうリトくんをどうやり過ごそうか、それだけを考えていた。
§ § §
気の合う友人──今は恋人としてだけど──との会話はやはり時が経つのを忘れて盛り上がってしまうもので、気が付けば店に入ってから1時間以上も居座ってしまっていた。いつの間にやら他のお客さんもいなくなっていたので慌てて退店し、見上げたすみれ色の空には半透明の月が浮かんでいる。
「いやー、なんか盛り上がっちゃったね。もうちょっと暗いよ? 外」
「うわマジだ……てか大丈夫だった? このあと用事あったりしねえ?」
「あ、うんそれは全然大丈夫。むしろきみと会う日に他の予定入れるとか無いでしょ」
それもそうかあ、とどこか嬉しそうなリトくんに何だかこちらも照れ臭くなりながら、ふたりで「このあとどうしようか」なんていつも通りの会話をする。
──そもそもクリスマス本番まではまだ少し日にちがあり、当日はどうせKOZAKA-Cの対処に追われることになるだろうから、とこの日にふたりで合わせて予定を立てたのだ。これまでにもそう短くない猶予はあったはずだけど、いざ集まって何をするかまでは完全に行き当たりばったりなところが僕たちらしいというか、何というか。
「夕飯はさすがにもうちょい後の方がいいよな? 俺は全然いけるけど」
「全然いけるんだ……うんごめん、さすがにちょっと待って欲しいかも」
「んじゃあ……──あ、」
ふら、と視線を彷徨わせたリトくんはどこか遠くを見つめて声を上げた。その先を見てみれば、やけに煌びやかなイルミネーションの飾りと、浮かれたフォントで『X’mas Market』と書かれた看板がある。
「……クリスマスマーケット?」
「テツは知らない? 都心の方より規模は小さいけど、毎年この時期になるとけっこう話題になるんだよな」
「あぁいや、存在は知ってるよ。けど入ったことはないかな……」
入り口のポスターを見てみれば、会場の大まかなマップと売店の情報、連絡先などが記載されている。会場内で買い食いできるものもあれば、おみやげやクリスマスプレゼントとして買っていけるようなお菓子類や雑貨を扱ったお店なんかもあるみたいだ。
スマホを起動して時刻を確認してみる。今はまだ午後の5時前……小1時間でも見て回れば夕飯にちょうどいい時間帯になっているだろう。リトくんさえ良ければ、と話しかけようとしたところで「あのさ、」と先手を打たれてしまった。
「……テツが良ければなんだけど、ちょっと寄ってかねえ?」
「あ……今僕も同じこと言おうとしてた」
「はは、マジ? じゃあ2人の希望ってことで、マナとウェンのクリスマスプレゼントでも見に行こうぜ」
「いいねぇ。2人とも度肝抜かして足腰立たなくなるくらいのプレゼント、見繕いに行きますか」
「ハードル上げんのやめてくんね??」
いつもの鶏みたいな元気な笑い声を聞きながらやっぱり当日はチキンでも食べたいなぁなんて考えて、こんな連想がバレたら怒られちゃうなと苦笑する。不意に漏れた笑みに気付かれないうちに、リトくんの手を引いてさっさと会場に向かってしまうことにした。
真冬にしては薄着なはずのリトくんの手は僕よりよっぽど暖かくて、離すのが惜しくなってしまう。これはあくまで暖を取るためだから、決してクリスマスの空気に浮かれちゃってるとかじゃないから、……もう少しだけ、繋いでいてもいいかな。
「うわ〜……! すご、お祭りみたい……!!」
「な。すっげえキラキラしてる……」
会場を一望した途端、僕たちは揃って声を上げてしまった。野外会場ということもあって売店はまるで夏祭りの出店のように並んでおり、それぞれお店の特徴を表したイルミネーションやリースなどが飾られている。
クリスマスといえばな赤色や緑色、そして輝くばかりの白色や金色で埋め尽くされたそこはまさに豪華絢爛、といった感じの雰囲気だった。
「え、どうしよう? マップ見てある程度目星付けてたのに全部どっか行ったわ、今」
「っはは、俺も俺も。……まあゆっくり見てこうぜ。プレゼントなんて急いで選ぶもんじゃねえし……せっかくなら、テツともうちょっとイチャイチャしてたいし?」
「……っ」
──僕の手をぎゅっと握り返しながらそんなことが言えちゃうきみって、ほんとにおとぎ話の王子様か何かみたいだ。くそ、いつもは小学生みたいな下ネタで笑い転げてるくせにどうしてこんなときばっかり大人の余裕を見せてくるんだよ。いたずらっぽく笑う顔に心臓がどこまでもうるさくなるものだから、何か答えたいとは思いつつもつい目を背けてしまう。
……すると、そうして逸らした先で早くも気になるものを見つけてしまった。僕の視線に気付いたリトくんが「寄ってくか?」と問うてくるので、お言葉に甘えることにする。
お店が近づいていくにつれて漂ってくる甘い香りにリトくんの瞳がみるみる輝いていくのが分かって、何だか面白くなってしまった。
「うわ、ホットドリンクかぁ……!」
「外歩いて来てて身体冷えてるし、ちょうどいいかなって……」
「定番行くねえ、テツにしては。しかもめちゃめちゃ種類あんじゃん!? えっどうしよう……!?」
本日2度目の幸せそうに迷うリトくんを横目に眺めつつ、いくつか連なった店舗のメニューをそれぞれ見ていくことにする。確か記憶では飲食系のお店は入り口付近にまとまっているはずなので、一度で決められなくてもウロウロしなくていいのが嬉しいポイントだ。
「え〜〜……マジで決めらんないんだけど。テツはどうする? やっぱグリューワインとかがいい?」
「ん? ……あー、いや、どうせならアルコール入ってないやつがいいな。きみにひと口あげられるようにさ」
「んふ、俺はお前と違ってひと口ちょうたい♡ とかあざといこと言いませんけど?」
「は? 俺だってそんなあざといこと言ってませんけど??」
やいのやいの言い合いながらメニューを眺めていくと、ある一点で思わず吹き出してしまいそうになった。
「……うわ、すげぇきみが好きそうなの見つけちゃったんだけど」
「えっマジ? このお店?」
「うん。あれ絶対リトくん好きだと思う。賭けてもいい」
「何をだよ。──あ、俺もお前が好きそうなやつ見つけちった」
「あ、ほんと? ……じゃあさ、せーので指ささない? どっちがお互いのことよく理解してるか」
「は、急に何だよ……いいよ、俺絶対勝つから」
僕に負けじとリトくんも同じくらい腹立つ顔をしてきたので、思わず張り合いたくなった。ふたりでメニューの書かれた看板の前に立ち、「せーの」と声を揃えて一斉に指をさす。人目を気にして声のボリュームを下げるという考えは、残念ながら浮かれきった僕たちの頭の中にはなかった。
「……え?」
「あは、マジ……?」
トン、と指がさされたところを見て、一瞬何が起きたのか分からずフリーズしてしまう。僕とリトくんの指先は、図らずも同じメニューが書かれた場所──『スペシャルホットチョコレート(ホイップ&ミックスナッツトッピング)』を示していた。
……あぁ、確かに、考えてみればチョコレートとかナッツとか、僕も好きなものばっかりだ。というかナッツに限ってはほとんどリトくん経由で好きになったようなものだけど。
しばらく放心していた僕がようやく隣を見ると、リトくんがもうすでに笑いを堪えきれないという表情でこちらを見ているところだった。それにつられて、何だか僕も面白くなってきてしまって。
「……んくっ、ははははっ! おいお前、ズルしてんじゃねえよテツぅ!!」
「だははっ! ちょっと待って、さすがに僕も予想外なんだけど!」
お店の前で腹を抱えて笑う僕たちは、側から見たらとんでもないバカップルにでも見えるんだろうか。だとしたらいいのかな、なんかもうよく分かんねえや。
結局、せっかく奇跡が起きたのだからと同じものを2つ頼んで、ちびちび飲みながら色んなお店を見て回ることにした。
その後も、
「お、これいいじゃん。マナとか好きそうじゃね?」
「何々? ……バス、オイル? えぇ、何それ知らない」
「俺も前もらったことあんだけどさ、なんかねえ、お風呂にぴちょちょ〜って垂らして使うやつ。入浴剤? みたいな」
「へぇ、洒落てんね」
「……それにさぁ、このギフトセット見てると、何か思い出すと思わねえ?」
「何かって? ……あぁ、香りに種類があるんだ。えーっと……『リフレッシュミント』、『スウィートブロッサム』、『ロマンティックハニー』、『リラックスラベンダー』……えっ、この何? その……装飾語みたいなやつは付けてないといけないみたいな、そういう感じなの?」
「バッカお前店員さんの前で余計なこと言うなって! そうじゃなくて色だよ色。ほら、水色と、ピンクと、黄色と紫で……」
「うーーん?? ………………あっ、4色揃って俺たちオリエ〜ンス! ってこと?」
「そう! そういうこと」
「あぁ、それいいね。マジでマナくん喜びそう。僕らのことめちゃくちゃ好きだし」
「な。一個ラッピングしてもらうか」
「ねぇねぇ、見てこれ。ウェンくんのプレゼントに良さそうじゃない?」
「おっ、どれどれ……へえ、料理用のブランデーかあ。あいつなら料理に使わないで飲んじまうんじゃねえの?」
「んふふ、きみウェンくんのこと何だと思ってんの」
「冗談だって。……あ、これさあ、あれじゃね? こう、フライパンで火をブワーってやるやつ……あれできんじゃね?」
「あ〜、何だっけそれ……フランベ?」
「そうそうそう! フランベやってもらおうぜ」
「さすがに無茶振りじゃない??」
「物は試しって言うじゃん。つかウェンなら『やってみるわ』とか言ってやりそう」
「きみウェンくんのこと何だと思ってんの……??」
「あ〜、この辺僕好きだわ。木の匂いがする」
「こっちは……工芸品とかのコーナーか。そろそろ折り返すか?」
「いやでもなぁ……あっ、あれちょっと見てっていい?」
「おぉ、手作りのホリデーカードかぁ。あんま身近な文化じゃねえけどこういうのもいいよな」
「ね。……あとこれさ、西のみんなにぴったりだと思わない?」
「うん? ……んふっ、タコと狼と忍者とカブトムシ!? 絶対狙ってんだろこれ」
「ファンの方が作ってくれたのかなぁ……じゃあやっぱ本人に届けてあげようよ」
「だな。どうせならもう1枚カード同封してお返し強制させようぜ」
「……でもそれやって1通も返ってこないとかありそうなんだけだ」
「……あー……やりそうだな、あいつら」
と順調に見て回り、気が付けば突き当たりまで来てしまっていた。そこまで広い会場ではないので行きの道のりで大体のお店は見てきてしまったし、あとは引き返して戻るだけとなる。
何だか名残惜しいような気がしてもう少し粘れないかと考えていると、ふいにリトくんが足を止めた。首の向いている方を見てみれば、そこはどうやら絵はがきや絵本が置いてあるお店のようだった。
「……気になるなら寄ってく?」
「あ、いや……いいの?」
「ふふ、いいよ。こういうお店見つけちゃうのとかってさぁ、きみセンスあるよね」
商品を手に取りがてら話を聞いてみると、ここの絵は全て店主の方が手描きで描いているものなんだそう。小さい頃から絵を描くのが好きで、今は趣味でこういった作品を描いているらしい。
僕が話を聞いている間、リトくんはずっとしゃがんで何か下の方の品を見ているようだった。会話が一区切りついたところで後ろから覗き込み、声をかけてみる。
「──何か欲しいものあった? リトくん」
「うぉっ……急に話しかけんなって!」
「そんな急でもないだろ……ん? 何それ、仕掛け絵本みたいなやつ?」
「あー……そう、そういうやつ」
リトくんが手に持っていたそれは、緻密な絵と飛び出す仕掛けまでついた絵本のようだ。リトくんのでっかいてのひらには収まってしまうようなサイズだけど、細部まで拘って作られたのであろうそれは、ミニチュアの劇場といって差し支えのないほど美しい作品だった。
「うわぁ……すごいねそれ、すげぇいいじゃん。ちょっと見せてよ」
「え、おう……」
店主さんに許可をもらって、最初からページをめくってみる。水彩絵の具で愛らしくも繊細に描かれたその物語は、森に住む小さな女の子が動物たちと一緒にクリスマスの準備をして眠りにつき、その夜の間に雪が降ってサンタさんがプレゼントを置いていってくれる──というものだった。
その素朴な内容とは裏腹に造りはどこまでも凝っていて、動物たちは毛並みさえ読み取れるような細かさで描写されていて愛嬌があり、雪のシーンではところどころにラメが散りばめられていたりする。
僕が思わず食い入るように眺めていると、リトくんが斜め後ろにおずおずと座り込んできた。妙にしおらしい態度を不思議に思いつつ、僕はまだ絵本から目が離せない。
「それさ、俺の好きな舞台の……なんつーか、劇中劇みたいなやつ? なの」
「ふぅん、通じゃない。やっぱセンスあるね、きみ」
「……笑わねえの?」
「え? 何が??」
「や、だから……こんな大男がこんな可愛い絵本、とか……」
「……え? 関係なくない?」
顔を上げれば、リトくんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。さっきまであんなに余裕そうな顔をしていたのにな、なんて思いつつ話を続ける。
「きみだってよく言ってるでしょ、好きになるのに年齢とか性別とか関係ないよ。それにきみ、元々可愛いもの大好きじゃない」
「……そりゃ、そうだけど」
そう言って戸惑うように瞬く瞳が、何故かすごく愛おしく思えてしまったので。
「──よし、分かった。これは僕からきみへのクリスマスプレゼントってことにしてあげよう。すみません、これラッピングしてもらっていいですか」
「えっ、ちょ、それはさすがにいいって。いや欲しかったけど、自分で買うし……」
「いいのいいの。これくらいかっこつけさしてよ。……はい。メリークリスマス」
包装紙とリボンで可愛らしくラッピングされたそれを受け取り、思い切り格好つけながらリトくんへと差し出してみせる。さっきまでずっと僕が負けっぱなしだったからな。たまにはこんなキザったいことをしたって許されるだろう。
リトくんは絵本を受け取ると愛おしげにそっと表紙を撫で、泣きたくなるくらい優しい顔で「ありがとう」と呟いた。
それだけで、お返しなんてもらったも同然だ。
§ § §
「っあー、寒っ!! もうすっかり夜だねぇ……」
「なー。さすがの俺でもちょっとさみぃわ」
「こ、これでちょっとなんだ……」
買い物を終えて会場を出ると、すでに外は真っ暗になっていた。スマホを確認するともう夜の7時に近い。入る前は小1時間とか言っていたのに、何だかんだで2時間弱も楽しんでしまっていたようだ。
リトくんといると時間が経つのが本当に早いな、なんて考えながら夜空を見上げていると突然背後から目隠しをされた。慌てふためく僕の耳元に、リトくんの楽しげな声が降ってくる。
「なあテツ、ちょっと目閉じたまんま着いてきてくんない?」
「えっ、えっ何!? 何されんの俺!?」
「っふふ、落ち着けって。ちょっと見せたいもんがあるだけだからさ」
目を閉じたまま着いてくって。そうでなくても僕ってば生粋の方向音痴なのに、そんなことして大丈夫なんだろうか。死なない?
渋々承諾すれば目隠しは外されて、代わりに背中に手が回される。リトくんの暖かくて大きなてのひらはやたらと安心感があり、ズルして薄目を開けてやろうなんて気も起きなくなってしまった。
そうこうしているうちに左腕も取られてしまい、かたちだけ見れば何だかエスコートされているような気分だ。もちろん今僕の目には何も見えていないんだけど。
「じゃ俺が誘導するから、テツは俺の言うこと聞いて着いてきて」
「う、うん……」
おっかなびっくり返事をすれば、リトくんに「ビビりすぎだろ」と笑われる。しょうがないだろ今回に限っては。目閉じたまま歩くってクソ怖いんだからな? きみの頼みじゃなかったら聞いてないからな!?
ぐ、と背中を押されるので恐る恐る足を踏み出し、そのまま慎重に歩き始める。意外だったのはリトくんが少しも急かしてくることがなく、普段の彼からすれば信じられないくらいにゆっくり足を進めてくれることだった。「次左ね。人いないからゆっくり曲がって」「ちょっと坂んなってるから躓くなよ」「そこ段差あるから気ぃつけて」なんて死ぬほど優しい声で囁かれるものだから僕は全然気が気じゃないんだけどね。
雑踏の中を歩いていくと段々周りに人の声が増えてきて、足元から伝わる材質も少しずつ変わってきた。一体どこまで行けばいいんだ、と思いはしても目は開けられないのが我ながら律儀というか、愚直というか。
「……え、ねぇまだ? もうけっこう歩いてるよね……?」
「んー、もうちょい……あと28歩? くらい」
「何その具体的な数字……」
喧騒の中でやけに鮮明に聞こえる言葉を頼りに、頭の中でカウントダウンしてみる。
……26、25、24……。
完璧に覚えてるわけじゃないけど、確かこっちの方面って駅があるんじゃなかったっけ。じゃあめちゃくちゃ通行人に見られてるじゃねーか。クソ恥ずかしいんだけど……。
……15、16、14……。
そういえば、夏場にもこの辺に来た気がする。あのときは確かプライベートじゃなくて任務で派遣されたんだった。めちゃくちゃ大変だったけど、その分やり甲斐もある案件だった。
……7、6、5……。
何だか目の前が明るくなってきた。これ大丈夫? 爆発物があるとかじゃないよね。
……3、2、──、
「……目ぇ開けて」
言葉に従い、目を開く。
瞬間飛び込んできたのは色とりどりの光と、それを束ねる大きなクリスマスツリーだった。
「──うわぁ……!! やばい、すげえ綺麗!」
「んはは、どう? サプライズ成功した?」
「したした! 震えてる今!」
「それは寒いからじゃなくて??」
それもあるけど今は違う。こんなに視界いっぱいのツリーを見たのは生まれて初めてだ。その感動で震えて、泣きそうにまでなっている。
もみの木を模した金属製のツリーに赤色に金色に白色に……とにかくたくさんのイルミネーションが巻きつけられていて、星が瞬くように明滅している。よく見るとプレゼントやジンジャークッキーの形をした飾りなんかも括り付けられていて、なんて賑やかなツリーなんだとついテンションが上がってしまった。
「うはー……すげぇ、いつまでも見てられるね、これ。てかリトくんよくこんな穴場知ってたね!?」
「おー……それなんだけどさ、そのオーナメントよく見てみ?」
「オーナメント……?」
リトくんはつん、と指で差して、今しがた僕が見ていたプレゼントやジンジャークッキー、そして丸い玉のような飾りのことをオーナメントと呼ぶのだと教えてくれた。
一番近くにあったプレゼントのそれを間近で見てみると、そこには蓄光インクで何か書かれているようだった。イルミネーションに負けないくらい光り輝くそれに目を凝らし、書かれた文字を何とか読み取る。
「えぇ〜っと……『イッテツ兄ちゃんみたいなヒーローになりたい』……えっ俺ぇ!!?」
「声デカ」
リトくんがまたあの鶏みたいな声で笑う。
けれど今はそれに構っている暇はない。なんでこんなところで僕の名前がツリーに飾られているんだ? いや尊敬されるのはそりゃ悪い気はしないけど、なんでイッテツJr.の短冊みたいなものがここに??
慌てて他のオーナメントも見てみる。『ヒーローのお兄ちゃんたちとまた会いたい!』『ウェン君みたいな大きな剣が欲しいです。』『マナがもっと面白くなれますように』『リトくんとけっこんしたい♡』……最後のだけはちょっと叶えてあげられそうにないけど。
大混乱中の僕をひとしきり笑ったあと、リトくんは涙を拭いながらスマホの画面を見せてきた。そこには『◯◯小学校からのお礼のお知らせ』と書かれている。
「あー、おもろ。お前どうせこのメッセージ見てないだろ、11月くらいに来たやつ」
「え、あぁ……うん」
「……夏にさ、この辺でデカめの襲撃あったの覚えてる? まだ学校がギリ夏休み入ってなくて、子供の避難が遅れちゃったっていう……」
「うん、覚えてるよ。てかさっきそのこと思い出してたし……あ、そのときの子たちが……ってこと?」
「そう。……よくやったよなぁ、俺たち」
そう言って眩しそうに目を細めるリトくんに倣い、僕ももう一度ツリーを見上げる。
──あのときは本当に大変だった。これから夏本番だってのに、エアコンの冷気の奪うKOZAKA-Cが出ただなんて要請を聞いたときはぞっとした。おかげで汗だくの中児童を1人ひとり抱えて避難させなくちゃならなくて、片手間で戦闘なんかもあったものだから全部が終わった頃には日が傾いていたっけ。
目の前に聳えるツリーはまばゆいばかりに輝いていて、メッセージの書かれたオーナメントたちはまるで僕らを讃えているようだ。あの日の頑張りは無駄じゃなかったんだと証明してくれているみたいで、今度こそ目頭が熱くなる。
あぁ、ヒーローやっててよかったなぁ、と心から思った。
「……ふは、お前ちょっと泣いてんじゃん」
「いや……これは泣くでしょ。不可抗力だって」
リトくんは僕の涙を指で拭って、安心させるように柔らかく笑ってみせた。いつもは元気いっぱいのオレンジ色が、ツリーの光に照らされて琥珀色に透き通っている。──それについ見惚れているうちに、指先は耳元へ、耳元から頬へと滑ってくる。
あ、これ、もしかして。這い寄る予感を覚えつつ、逃げる気なんかはさらさら起きやしないけど。
「なあ、今こうしてる俺らがさ、ヒーローだって気付く人ってどんくらいいるんだろうね」
「……さぁ。でもここまで大々的に讃えられちゃ、けっこう気付かれちゃうんじゃない?」
「はは、そうかも。……な、テツ」
「なに?」
「好きだよ」
あっと言うが早いか、たちまち唇を塞がれる。目を閉じる暇さえなくて、愛おしくてたまらないと言わんばかりに細められた瞳が視界の全てを埋め尽くしていた。ああもう、何だか全部がキラキラ眩しくて、目がくらんでしまいそうだ。
優しいキスはすぐに解かれてしまって、顔を離したリトくんはくっと喉の奥で笑った。
「すげー顔してんな」
「いやっ……だってそんな、いきなりさぁ……!!」
「悪かったって。俺からのクリスマスプレゼントだと思って」
「っく、調子のいいことを……」
「……急にキスしたくなっちゃったって言ったら信じんの?」
「…………そっちのが破壊力やばいかな」
動揺を悟られたくなくて目を逸らすけど、それが却っておかしいらしくリトくんはまたけらけら笑う。楽しそうで何よりだよ。
きみがそんなにずっと機嫌がいいの、僕と一緒にいるからだって自惚れてもいいかな。……いいよね、たまには。
体勢を整え直したリトくんは鼻の頭と耳が赤い。手はあんなにあったかかったのに、照れるくらいならするんじゃないよ。
「はー、腹減ってきちゃった。夕飯どうする?」
「どこでもいいよ、きみとなら」
「……嬉しいこと言ってくれんね」
「そう? 本心だけど」
幸い駅前には飲食店が多く立ち並んでいる。混雑は免れないだろうけど、少しうろつけばいい店と巡り合えるだろう。 クリスマスに浮かれたカップルって今見ても全然ムカつくけど、側から見れば僕らも大差ないんだろうな。まさか駅前でキスするタイプのバカップルに自分がなるとは思ってなかったや。何が起こるか分かんねぇな、人生。
そうして再び握られた手と手に確かな温もりを感じつつ、ツリーに背を向ける。 帰りにも寄って写真でも撮っていこうかな。もちろんリトくんも一緒に映ってもらいながら。