TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

rttt詰め

一覧ページ

「rttt詰め」のメインビジュアル

rttt詰め

22 - 冬の海、青空の下にふたり〈上〉

♥

800

2026年01月17日

シェアするシェアする
報告する

今回はブロマンスなのでラブ要素は薄めですが、短編なのでこちらにまとめました。

コンビグッズ本当におめでとう。ありがとう。一生ついて行きます。


=====


「ええから早よ腹決めぇやテツ〜!!」「ちょ、待ってマナくん、俺にも心構えってやつがあっ──力強ッ!?」

「……」


昼下がり。午後の陽が差す平和なアジトにて、男2人の野太い絶叫が響き渡っていた。凍えるような外気のせいでぬるくなった缶コーヒーを啜りつつ、目の前で棒立ちしているリトはそれを無表情で眺めている。


「〜〜ね、ねぇッ! リトくんもなんか言ってくんないかな!? このままだと俺の右腕引っこ抜けちゃうんだけど!!」

「せやせや、リトもなんか言うたって! コイツ往生際おうじょうぎわ悪すぎんねん」

「おー……え、巻き込まれたくねえからスルーしていい? 普通に」

「良いわけないだろ……ッッ!!」


いよいよ関節がキマりそうになっている右腕を庇い、イッテツが獣のように低く唸る。そのあまりに必死の形相に吹き出しながら、リトはバーカウンターの奥で無関心を決め込んでいるウェンの方へと顔を向けた。


「こいつらなんでこんな醜く争ってんの?」

「あ、僕ここ通りがかっただけなんで……」

「ここ一応東のヒーローのアジトやぞ。国家レベルの秘密基地に偶然通りがかった一般人何者やねん」

「んぇ〜〜? もうしょうがないなぁ……──テツがね? さっき『服買いたいなー』って言ったんだよ、珍しく」

「え、テツが?」

「そう。テツが」


リトは驚きのあまり、ウェンとイッテツの顔を交互に見た。不躾な『こいつが? 本当に? マジで言ってる?』とでも言いたげな視線に不満があるようだが、反論の余地などあるはずもないイッテツは黙ることしかできない。

イッテツと言えば、普段着はおろか大切な会議や本部召集にも恐ろしくラフな格好で現れ、TPOという単語を過去のものにする強気な男だ。ぱっと思い出せるだけでもそのレパートリーはTシャツかパーカーか着古したジャージ、下は引きずるほどの丈か、もしくは短パンの二択のみというストロングスタイルを貫いている。

更にはそのどれもが黒やグレーなどの無彩色で構成されており、コンビニのビニール袋をバッグ代わりに下げた姿はかつて西の忍者や暗殺者を絶句させたほどのレベルなのだ。


──そんなイッテツが、服を。

これは一大事だ。リトはようやく事態の重大性に気付き、地に伏しているイッテツの前にしゃがみ込む。


「……お前服とか興味あったんだ?」

「いや別に……興味があるとかないとかそういう話じゃないっていうか、わざわざ人を巻き込んでまで目的を成そうとはしてないし、というかほんと、一貫して服に興味はないというか……」

「おうおう、リトにはさっきの話聞かせたらんの? ほんまは? ほんまはなんで服買いに行こってなったんやっけ??」

「……っく、卑怯だぞマナくん……! ……あ、ちょ、ほんとに? 言わなきゃ終わんないやつ? これ」


マナに抱き起こされたイッテツはきょろきょろと目線を彷徨さまよわせ、叱られる前の子供のように縮こまってしまう。

──経験則だが、こういうときのイッテツには催促をしない方がいい。ただでさえあわてんぼうの彼が極度に追い詰められた末に吐き出す言葉は時に死ぬほど面白いが、それはその場凌ぎの出まかせでしかないからだ。

リトはいつまでも合わない目をじっと見つめつつ返答を待つ。逃れられないことを悟ったイッテツは一度深くため息を吐き、次いで重たい口を開いた。


「…………こ、この前さぁ……」

「この前?」

「……みんなで出かけたとき、あったじゃない。その、オリエンスのみんなで」

「あー、遊園地行ったやつ?」

「そう、プライベートで行った方。……そのときにさ、そのー……さすがに俺だけ場違い感が否めないというか、浮いてたじゃん。あれ」

「……んん……?」

リトはぐるりと記憶を掘り起こしてみる。

少し前に4人でテーマパークへ赴いたことは覚えているが、そのときイッテツがどんな服装をしていたかまでは記憶にない。元々リトは他人の服装にとやかく口を出すような性分ではないし、何よりそんなことは気にならないくらいアトラクションに夢中になってしまっていたからだ。

無言を何と受け取ったのか、イッテツは沈黙を埋めるように短く呻く。


「だからさ、あの……もしこれからまたみんなと遊びに行くってなったときに、似つかわしい格好をしなきゃなって、思って」

「……つまり?」

「つ、つまり!? ええっと……つまりね、みんなと並んでも違和感ない服が欲しいなって。……それだけ、なんだけど」


後半につれてデクレッシェンドがかかり、読唇どくしんでしか聞き取れない。が、言いたいことはしっかりと伝わってきた。

要するに、4人の中で1人だけ浮いてしまうのが嫌だと。服に興味はないけれど、仲間外れになることは避けたいのだと。そういうことなのだろう。

考えるふりをして、リトはイッテツの顔をまたまじまじと覗き込む。相変わらず視線は合わないが、こういうときに顔が赤くなるのではなく余計に血色が悪くなって青ざめるのがイッテツらしいな、と思った。


「え、じゃあテツが自分から言い始めたことじゃん。なんで抵抗してんの?」

「いやっ、だってさぁ! マナくんだよ!? わざわざ付き合ってくれるのはありがたいけど、彼のセンスはちょっと、俺にはオシャレすぎるのよ……もっとこう、やっぱ段階を踏まないと。こういうのは」

「でも、テツ1人で買いに行ったらまた似たような服買ってくるやろ」

「…………ごもっともで……」


マナの容赦ない正論に沈むイッテツを愉快そうに眺めつつ、リトは「じゃあさ、」とできるだけ怯えさせないように声色を選んで問いかける。


「──俺と一緒に行くのはどう?」

「……え、リトくんと?」

「そう。俺はそこまで……つうかマナほどは服に興味ないしさ、普段着てる服の系統とかもお前に合ってると思うんだけど」

「……ありがたいけど、俺はまだカタギでいたいかな」

「そっちの系統じゃねえよ」


イッテツが思い浮かべているであろう服装は、リトが一年ほど前から着るようになった柄の悪い衣装のことだ。

リトは昔からああいった雰囲気に憧れはあったものの恵まれすぎた体格によって威圧感が出てしまうのであえて避けていたが、そろそろヒーローとして認知されてきた今なら良いかと思い切って購入したのだった。

思えばあのとき『きみは体格以前にオレンジ色の方が特徴的なんだし、そろそろ市民の皆さんも認めてくれたんじゃない?』と背中を押してくれたのもイッテツだったな、と思い出す。


訝しげな顔をするイッテツを宥めるため、リトは胸元のキリンちゃんをてのひらの上に乗せた。ぱっとポーズをとってニコニコ笑顔を浮かべるキリンちゃんは、思わず警戒を解いてしまうほどに可愛らしい。


「そうじゃなくて〜……どっちかっていうとストリート系? の方。ほら、キリンちゃんと一緒にいても違和感ない雰囲気のさ」

「あぁ、そっちね。確かにきみ、キリンちゃんといるときはあの衣装着ないもんな」

「そうそう。ああいうちょっと力抜いたラフな感じの格好の方がお前も馴染みあるだろ。……で、どう?」

「……え、どうって?」

「俺は今からなら1日空いてるけど。……俺と服買いに行く?」

「っい、今から……!?」

「うぇ、ええの? 今任務から帰ってきたばっかりやん」


大袈裟に間の抜けた声を上げるイッテツに、今度はマナが反応する。


「うん。今日はまあ普通に平和だったし、むしろ外出たまんまの格好だからちょうどいいだろ」

「そんな、立ったついでにおかんにみかん持ってきてもらうみたいな……」

「あ、え、ちょっと待ってよ。もう今から行く感じ? 俺の意思は??」

「お前こういうとき引き伸ばすとうやむやにしようとするだろ」

「う゛っ……」


図星らしく、イッテツは険しい顔をしたまま黙り込んでしまった。イッテツという人間は、自分で決めたことなら即日決行するのに、他人から言われたことに関してはどこまでも腰が重いのだ。特にそれが身の周りに関することであれば尚更。


空になった缶コーヒーを捨てるためカウンターのそばまで寄ると、ウェンの操作するスマホの画面に通販サイトのUIが見えた。そして遠目からぼんやり読み取れた内容はおそらく、今季の冬服タグで。

──何だよ、みんなに心配されてんじゃねーか。寄ってたかって世話を焼かれるイッテツをどこか微笑ましく思うリトだが、当の本人にとってこの状況はこめかみに拳銃を突きつけられて『今ここで死ぬか、要求を呑むか選べ』と言われているようなものだ。

助けを求めるように顔を上げてみても、そこにあるのは恐ろしく無表情でこちらを見下ろすオレンジ色と、『分かってるよな?』と言わんばかりに凄みのある笑みを浮かべる水色があるばかり。……となれば結局、残された選択肢はひとつしかない。


「……あの〜……」

「うん?」

「おん」

「…………お手柔らかにお願いします……」


観念したようにがっくりと項垂うなだれるイッテツとは対照的に、残りの3人は言質を取ったと言わんばかりに顔を合わせて笑っている。

ただでさえ長い足を忙しなく動かしてどんどん先を歩くリトの後を、イッテツはとぼとぼ着いていく。それすらも、ユニット結成からもうじき3年経つマナとウェンにとってはもはや見慣れた光景だった。


§ § §


自らの身を包む慣れない空気──具体的に言うと、真新しい染料やポリエステルの匂い、比較的若年層の多い控えめな話し声、電子音を基調としたポップな店内BGMなど──に忙しなく視線を右往左往させながら、イッテツは不安げにリトへ耳打ちをした。


「……ねぇ、やっぱ俺場違いじゃない? 俺みたいな奴がこんなとこ来ていいの??」

「は、だから大丈夫だって……そうやってあんまりおどおどしてると、それこそ目立つんじゃねーの?」

「いやだって、堂々としてられるわけないでしょ……!? 服屋なんてもう、何年ぶりか分かんないのにさぁ……っ」


『服屋』って。イッテツによる独特の古風な言い回しに苦笑しつつ、リトは店内を見回してみる。ここ数年通っている行きつけの店ではあるが、リトがいつも見ているのはいわゆる『体の大きい人向け』のコーナーなので通常サイズの場所はあまり馴染みがないのだ。

元より体の大きなリトだが、普段は更にオーバーサイズのゆるっとした服装を好むため、選べる服もかなり範囲が限られてくる。だからこそ全体的に大きなサイズが豊富なこの店を懇意にしているのだが──借りてきた猫のように縮こまって後ろを着いてくるイッテツを一瞥し、リトは口を開く。


「なあテツ。テツって前、ちょっとオーバーサイズな服が好きって言ってたっけ?」

「え、あぁ……うん。ぴっちりした感じよりはゆとりがある方が好きかな。あと動きやすい服……」

「あー……じゃあ、お前けっこう手足長いからさ、多分俺が普段選んでるような服とかでも良い気がすんだよね」

「えっ!? さすがにそれは……」

「いやいや、見てみろって……ほら、」


そばにかけられていた適当なパーカーを取り、イッテツの前身に当ててみる。イッテツが咄嗟にヤジロベエのように腕を広げてみれば、その丈はなるほど、普段着ているような服と大差ない長さであった。


「な? 横幅はどうしてもゆるゆるんなっちゃうけど、お前がいつも着てる感じに合わせるんならこういうのもアリじゃね?」

「お、おぉ……俺ってリトくんと同じサイズの服着こなせるんだ……」


強いて言うなら、3Lともなればさすがに若干袖が長くなってしまい俗に言う『萌え袖』のようになっているが、それこそイッテツの普段着もとい戦闘衣装と近しい丈感だ。

どこがトリガーになったのかはよく分からないが、イッテツはここに来てようやく服選びに前向きになってくれたらしい。キラキラした目でその場をぐるりと見渡すと、人目を気にしつつ気になったものを手に取り始めた。

うん、大きな進歩だ。……進歩ね? 下ネタとかじゃないから。


「……なんかきみ不純なこと考えてない?」

「いや別に? ……テツは大体どういう服買おうかなとか決めてあんの?」

「あ、全然考えてなかった。どうしよ、黒とかグレーとか──は駄目だよね。いつも通りになっちゃう」

「そうだなあ……」


リトは近くのラックを眺めながら転々と考えを巡らせる。幸いにも今は季節柄もあってか重ね着を前提としたアイテムが多い。上着や小物などをいくつか揃えれば、今のイッテツが持っている服にも合わせることができるだろう。


「お前さ、マナも前言ってたけどセンス自体はあるんだよ。だからこういう……あんま持ってない感じの上着とか買っとけば、それだけでけっこう幅が広がるんじゃねえ?」

「何、急に褒めるじゃん……あ、いいねこれ。こういうタイプのダウンとか持ってないしちょうどいいかも」

「な。やっぱお前何でも似合うわ」


褒められて気を良くしたイッテツは鮮やかなボルドーのダウンを手に取り、そのままカートに入れる。まずは一着目。この調子で冬服くらいは揃えてもらうとしよう。

イッテツは興味がない故に服装にまるで季節感がなく、雪が降ろうが風が吹こうがペラペラな素材の寒そうな服ばかり着ているのが常だ。そのせいで突然の招集に応じたり、4人でどこかに出かけることになったときも、集合した頃にはもうすでに震えていたりする。それが無くともマナは常々イッテツに服を買わせたがっていたが、リトとしてもせめてまともに防寒ができる服を着て欲しいと思っていたところだった。


「……ねぇリトくん。例えばさ、こういうのってどう? 俺ファッションに詳しくないから分かんないんだけど、上に何か羽織ったりしたらいい感じになってくれるかな……?」

「うん? ……あ、良いんじゃねえ? テツの趣味からするとトレーナーとかニット重ねても良いかもしんない」

「ニットねぇ……! うわ、さすがだねきみ。オシャレ上級者って感じするわ」

「え馬鹿にされてる? 俺」


しばらくその場をうろついていたイッテツが興味を示したのは、渋みのある紫色が目を惹くチェック柄のネルシャツだった。そういえばこいつは『最も高貴な色だから』というよく分からない理由で紫色が好きなんだったな、とリトは思い出した。

初歩中の初歩であるテクニックを褒められたところで煽られているようにしか思えないが、これは知識がほとんどゼロに近いイッテツからの心からの褒め言葉だと思われるので素直に受け止めることにする。


シャツをカートに入れたイッテツが次の棚に目を移したのを見送ってから、さて──と、リトは一旦その場から離れる。

今回ばかりは揶揄うつもりも無いが、イッテツは最低限以上の常識があり、しっかりと意思のある大人だ。友人という立場からしても服選び如きにあまり口出しするのも良くないだろう。

3列ほど跨いだ先で足を止めたのは、やはり馴染みのある大きめサイズの揃ったコーナーだ。先述の通りリトはただでさえ体格が良い上にゆとりのある服を好むので、4L以上のサイズをまとめたコーナーを作ってくれる店は本当にありがたい。特にこの店は着心地がよくカジュアルかつ遊び心のあるアイテムが多く、来るたびに違う発見があって面白い。

オリジナルキャラクターの印刷されたトレーナーに、レトロ風の加工がしてあるジャケット、有名ブランドのロゴを模したデザインのパーカー。やはり店主とは趣味が合うらしくつい目移りしてしまうが、今日はあくまでイッテツの付き添いだ。気になるからといってここでいくつも買い込んでしまうのも違うだろう。


「……お、これいいな」


ぽつりと呟きながら手に取ったのは、ファー付きのフードベスト。温かみのあるコーヒーブラウンで冬場に使いやすいし、柔らかなフランネル生地は防寒にも優れていることだろう。

色味で合わせるなら、前シーズンに買ったきりのニットトレーナーを出してきても良いかもしれない。暖色でまとめても良いが、差し色に暗めの寒色のアイテムを合わせてみるのもアリだろう。防寒具の使える冬は特にこういう選び方ができて楽しい。

例えば、手持ちの中から選ぶとしたら──、


「──それ買うの?」

「うおビックリしたぁ!! 急に出て来んなお前!」

「声デカ……いやきみのがうるさいよ今。この店の中で1番」


背後から突然話しかけられ、反射的に大きな声を出してしまう。はっとして周りを見渡すと、確かに自分の声に驚いた客がかなり多いようだった。


「ああ、ごめんごめん……会計別にするからカート入れといてくんね?」

「うん。いやそれはいいけど……リトくんさ、手袋とかって持ってる?」

「……手袋かあ……」


あったかな、と考えるふりをしつつ、リトは頭をフル回転させて言い訳を考える。

……手袋。探してみればあるんだろうが、最近──というかここ数年はクローゼットから出してすらいない。というのも、これにはリトの『ヒーロー』という職業が深く関係していた。

冬の冷たい風から手を守るための、ただの防寒具。頭では分かっていても、いざ手に着けてみるとヒーロー衣装に身を包んだ際のグローブを思い出して、身体が勝手に緊張モードに入ってしまうのだ。

昔はそんなこと一切なかったはずなのに、拳を武器にし出してからはもうだめだった。毛糸やフェルト生地の柔らかな感触さえ、指先が塞がれ、関節が圧迫されるあの感覚へと脳内で変換されてしまう。今からこの拳を振るいに行くのだと。敵をほふり、暴力を行使するのだと、慣れた覚悟が決まってしまう。

──言ってみれば、ほとんど職業病のようなものかもしれない。それがどうにも落ち着かず変に気疲れするので、最近は手袋というものを意識的に避けるようにしていたのだ。

けれどそれを言ったところで何が変わるわけでもないし、心優しい仲間に気を使わせるのも嫌なので今まで特に言及することも無かったのだが。

首元から顔を出したキリンちゃんが心配そうに見上げている。それに気付いたリトは『キリンちゃんのせいじゃないよ』と意味を含めながら、優しく微笑んでみせた。


黙り込むリトの内心を知ってか知らずか、イッテツは返事を待たずにカートの中をごそごそと漁る。


「さっきそこで面白そうなもん見つけちゃったんだけどさ、これは俺よりリトくんの方がお似合いかと思って」

「へー……お前が俺に見立ててくれんの?」

「いやそんな大層なもんじゃないんだけど。あ、あったあった……ちょっと見てよ、これ」


そう言って取り出されたのは、落ち着いたからし色の指抜き手袋だった。手に取ってみるとそれは手首のみが厚くカバーされている形状で、生地は少し薄め。指抜きの構造は、見映えというよりは着けたままでもスマホが触れるようにという配慮からだろうか。

まあこれなら、指から先の閉塞感が無いだけマシか──と考えた矢先、手首の内側から何やら紐が垂れているのに気付く。手袋と同じ色をしているので最初はほつれた糸かと思ったが、やたらと長いそれを目で追っていけば、そのうちもう片方の手袋へと繋がっていく。

…………は?


「……見覚えある? こういうの。小さい頃着けてなかった?」

「あ、あー……片っぽだけ無くさないようにって紐で繋がってるやつね。はいはいはい……

……お前馬鹿にしてんな?」

「うん」


屈託もなく言って退けるイッテツの肩を軽く殴る。


「痛゛ッッてぇ!! これ折れたって絶対!!」

「お? じゃあ折っとくか??」

「じゃあって何だよ!? ……あっやべ、すみません調子乗りました。やめてください死んでしまいます」


先ほど自分で言ったことを忘れたのか、イッテツは地響きのような叫び声とともにオーバーすぎるリアクションを見せてくれた。おかげでリトは肩の力が抜けたが、お店にとってはとんだ迷惑だろう。

イッテツは殴られた左肩をさすりながら「でもさ、」と口先を尖らせる。


「半分くらい本気だよ、俺。その手袋は本気できみに似合うと思ってる」

「え? 俺が幼児だって言いたい?」

「だはっ、違う違う。──それさ、何とかウールってやつで、環境に優しい素材なんだって」


指示されるままにタグを見てみればなるほど、洗濯表示の下にリサイクルのマークが印刷されている。それが何だと言うんだ、と口に出す前に、イッテツが慌てて言葉を続けた。


「いやだから、その……戦闘時のきみも似たような手袋してるじゃん? あのときのリトくんってすっげぇ強いし怖いけど、同時にかっこいいなぁっていつも思うんだよね。きみのそれはほら、守るための拳でもあるからさ」

「……なんか適当に言ってねえ?」

「疑り深いなぁ」


お前に言われたくない。とリトは思った。

……この言い方は、真意に気付いているのだろうか。そうでなくとも、イッテツはたまに何も知らない状態で芯を食ったような発言をしてくるので油断ならない。


結局、繋がれた紐についての説明は無いし依然として馬鹿にされてはいそうだが、『そういえば自分は誰かを守るために戦っているんだったな』と思い出すことができたため、今回は不問とする。

少し目を離した隙にもう次の棚へ移動しているイッテツを調子の良い奴め、と睨みながらも、リトは手に持ったままだった手袋をこっそりとカートの奥へ隠し入れた。


その後も買い物は順調に進んでいき、ストリート系のファッションには欠かせないキャップ帽やダメージ加工の入ったデニム、そしてリトが個人的に気になって取ったスタジャンなどで、カートはいよいよ満杯に近づいていた。

リトがそろそろ会計かな、と考え始めた矢先、イッテツは何やら気になるものを見つけたらしくふらふらと寄って行ってしまう。こいつはじっとしているということができないんだろうか。


「ちょっと佐伯くん? 勝手な行動やめてもらえます?」

「あぁごめん、……ねぇ、これ見てよ。すっげぇ僕にぴったりだと思わない?」

「ん、どれ……ん゛ふっ!?」


ちょいちょいと手招きされて誘導された方を見てみれば、そこには胸元に大きく『I♡me』と書かれた厚手のセーターが掛けられていた。

直後、店内にリトのニワトリのような笑い声が響き渡る。


「っははは! お前これあれじゃん! いつものクソダサいTシャツの……」

「やっぱほら、俺は俺を愛してるからさ。こうやって目に見える形で主張していかないと」

「はは、おもろ。もう十分伝わってるだろ」


しかも今度は鮮やかな紫とピンクのボーダーと来たものだ。どこかアニメ映画のチェシャ猫を彷彿ほうふつとさせるその色味は、ネコ科っぽいイメージがあるという点でもイッテツにお似合いだろう……とまではさすがに口にしないが。

それにしても、『I♡me』か。当初の目的である『みんなと並んでも違和感のない服』からは少々逸脱している気がするが、イッテツも多少は服に興味を持ってくれたようなのでここは目を瞑ろう。

ふと、そこで──リトはとある”良いこと”を思いついた。それを実行するためには、ちょうどさっき買ったばかりのスタジャンを使うのがいいだろう。これを目にしたときのイッテツの反応が楽しみだ、とリトは思った。


念の為カートは分けておいたのでそれぞれで会計を済ませると、外はもうすっかり夕焼けに染まっていた。

さすがに熱中しすぎただろうか。腹も減っていることだし、とっとと荷物を持ち帰って宅配でも頼もう。そんなことを考えているリトの横で、イッテツは今しがた会計を終えたばかりの服が詰まった紙袋をしげしげと見つめている。

いつまでも動こうとしないイッテツにリトも気がつき、その挙動不審な動きに思わず吹き出す。


「……何? 服屋で買った服ってそんな珍しい?」

「いやね、それが珍しいんだよ。実際。服を選ぶのにこんな時間かけたのも、色々考えたのも初めてだし……リトくんに誘われなかったら一生なかったかもしんない」

「そこはマナとでも来てやれよ」

「だから、マナくんはオシャレすぎるんだって……いや、きみがオシャレじゃないって言ってるんじゃないけど」


いらぬフォローのせいで余計に疑念が増していることに、果たしてこいつは気付いているのだろうか。


「なんか、脳の普段使わないところ使った気がする。すげぇ疲れてるわ今」

「どんだけ服に興味ないのお前……まあけっこう量買ったしな。これで次お前に会うときはマシになってるはずだもんな?」

「……そこはまぁ、ね。ご想像にお任せしますけども」


すっとぼけながら引き攣った笑顔を浮かべるイッテツに『信用ならねえな』と苦笑した先で、ビルの隙間から差し込む西陽に目を細める。冬の日差しは貴重な分眩しくて、慣れないうちに春が来るのだ。

リトに次いでイッテツも空を見上げ、「こんなに夕焼けが綺麗ってことは、明日は晴れるね」とよく分からないことを言う。オレンジ色と紫色の混じった空は2人が無意識に選んでいた服の色と重なるところがあり、いつの間にやら大層な色を与えられたものだな、と思った。

──それだけで、いつか過ごしたあの日々が無彩色だったとは、到底思えないけれど。

この作品はいかがでしたか?

800

コメント

2

ユーザー

rtttのグッズよかったですよね!ttのI♡MEは笑っちゃいました笑 この話読んでたまにはブロマンス良いなと思いました! なんかどんどん感情の表現上手くなってません? 今回もとっても面白かったです♪

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚