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恋と憂鬱

55 - 電話の向こうの声

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2025年05月21日

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人の気持ちを止める権利なんて誰にも無い。


真壁さんはそう言った。


彼女から見たら私は幸せになる為への妨害で邪魔者なのだろう。


意外だったのは私個人には恨みは無いって言ったこと。

でも自分が幸せになる為なら、私がどんなに傷付いても不幸になっても構わない。そもそもそんな考えすら無いのかもしれない。


恋愛で揉めると必ず誰かが傷付く。

泣いたり苦しんだり。

湊の裏切りを知った時、私は息も出来ないくらい辛かった。

その反面、裏切った張本人の湊と水原さんはきっと幸せに満たされる時間を過ごしていたのだろう。


ずっと湊の裏切りが許せなくて、どうしてあんなに傷付ける様な事をしたのか不思議だったけれど、今思えば湊は私を傷付けるつもりなんて無かったのかもしれない。


ただ自分が幸せになりたかっただけ。


恋に落ちて、その想いが強い程周りが見えなくなり、他人の気持ちを気にする余裕は無くなる人がもいるのだろう。真壁さんもも、ただ雪斗が好きでその気持ちだけで行動してるだとしたら、私はどうやって対抗すればいいんだろう。


私だって雪斗を本気で好きだけれど、真壁さんや湊の様になれないし、なりたくない。


出来るのは雪斗を信じて待つだけ?


でも、それではいつか強い想いに負けてしまいそうな気がしてため息が漏れた。




二時間程残業をしたため、八時過ぎの帰宅になった。


疲れて料理をする気力が湧かなかったので、買い置きの冷凍パスタで済ませることにした。


食事をしながらも、スマホを気にしてしまう。


雪斗からはまだ連絡がない。今頃何をしてるのかな。


広島工場の人と打ち合わせの後に食事にでも行ってるのかな。当然真壁さんも一緒に。


この状況思ってた以上にキツイ。


良くないことばかり考えて、妄想に精神をやられそう。


嫌な事に限って具体的にイメージが出来るから嫌になる。


……もっと楽しい事、考えなきゃ。


冷蔵庫から持ってきたサワーを一気に飲む。


雪斗が帰って来て仕事が落ち着いたら、どこか小旅行に行こうって誘ってみようかな。


現実から離れて二人でゆっくり出来るようなところに。


動画で良さそうな旅館を探していると、思ったより時間が経っていた。


時計を見ると、十時前。

そろそろお風呂に入らなくちゃ……そう思って立ち上がろうとした瞬間、着信音が響き渡る。


雪斗からの着信だ。


「はい!」


急いで出ると、雪斗の低く心地よい声が聞こえて来た。


「どうしたんだよ、慌てて」

「え、何でも無いよ」


早く出ないと切れちゃう気がして焦ってしまった。


「今、どこに居るの?」

「ホテル。ようやく落ち着けたところ」

「そ、そうなんだ」


ホテルって言葉で真壁さんとのやり取りを思い出してしまった。


今、彼女はどうしてるんだろう。


これから雪斗の部屋に突撃……なんて事考えてるのかな。


「どうしたんだよ?」


朝真壁さんに言われた事を雪斗に言って、彼女を部屋に入れないでって言おうか。


不安だって訴えていいのかな。


「……もしかして、また心配してるのか?」


悩んでいる内に勘の良い雪斗に気付かれてしまった。


「どうしたら美月を安心させられるんだろうな」


そう言う雪斗の声はどうしてかいつもと違う気がした。


もしかして呆れられてる?


いつも同じことで悩んでるし、しつこくて面倒と思われてるのかな。


私も自分で嫌になるくらしだし。


決心しても理性が感情に負けて、どうしても悩んでしまう。


自分でもどうすれば心から安心出来るのか分からない。


真壁さんに言われたことを全て雪斗に話して、彼女の思惑を妨害するのは何か違う気がする。


今回雪斗が私の望む通りにしてくれてもその場限りの解決でしかなく、私はこの先ずっと同じ悩みを抱えていくだろう。


「上手くいかないよな」


雪斗の独り言の様な声が聞こえて来た。


「え……」


瞬間ドキリとする。

上手く行かないって……どういう意味?


「必要ない気持ちは伝わるのに、伝えたい気持ちは届かないなんて皮肉だな」

「……どういう意味?」


伝えたい気持ちって何?


それに必要無い気持ちって?


私と問いかけに雪斗は我に返ったのかいつもの声に戻り言った。


「悪い、何でも無い。今のは気にするなよ、深い意味は無いから」


……本当に?


雪斗が意味も無い言葉を言うとは思えないけど。でも、追求しても雪斗は何も言ってくれなくて別の話題に移っていく。


広島場のトラブルは予想より深刻で、このままじゃ予定通り生産が進まないらしい。


雪斗は明日も調整に忙しく、帰るのは遅くなりそうだと言っていた。


電話を切った後も雪斗の言葉が気になって仕方なかった。


雪斗は優しいし、言葉でも態度でも好きだと伝えてくれる。


でも……必要無い気持ちって?


届かない気持ちって?


私が知らないなにかが有る気がする。雪斗との距離が開いたようでなかなか眠る事が出来なかった。





「秋野さん、藤原達の戻りが一日遅れるって聞いている?」


朝、出社した途端に有賀さんから聞かれた。


「え……」


そんな話、雪斗から聞いてない。


「秋野さん?」


「あ、すみません……出張の日程については私は知りませんでした」


「そう。じゃあこれから連絡が有るのかもしれないな」


「……どうして戻りが遅れるんですか?」


「広島工場で生産ラインが止まりそうなんだ。その調整にもう少し時間がかかるそうだ」


「そうなんですか……」


確かに昨夜トラブルは深刻だって言ってたけど。


滞在が延びるって事はいつ決まったんだろう。


出来れば私にも連絡して欲しかった。


いろいろな感情が込み上げて、暗い気持ちになっていると有賀さんが珍しく慌てた様子で言った。


「秋野さん、俺は藤原の代理で会議と打ち合わせ何件かに出ないといけないんだ。悪いけど後は頼むよ」

「あっ、はい。分かりました」


有賀さんは立場的に雪斗の代理になるから、大変そうだった。


アシスタントの私もその分仕事が増える訳だから、沈んでなんていられない。

気持ちを切り替えて、仕事にとりかかった。



雪斗からは昼前にメールが来た。


有賀さんから聞いていた内容で帰れない事が簡単に書かれていた。

本当に忙しいみたいで、用件だけの短いメール。


それ以降連絡は無い。仕事中は忙しくて気が紛れたけど、マンションに帰って一人になると雪斗のことばかり考えてしまう。


一度電話してみたけど繋がらなかった。


まだホテルに帰って無い様だった。


食欲は出なかったけど、簡単に夕食を取り、シャワーを浴びる。


テレビを点けたけれど落ち着かない気持ちのままじゃ、内容も頭に入って来ない。


まだ十時だけれど、今日はもう寝てしまおうか。


その時、静かな部屋に聞きなれないメロディーが響いた。


ビクリとして音の方を振り返る。


音は固定電話からだった。

雪斗は携帯電話をメインに使ってるから、部屋の電話は滅多に鳴らない。

一緒に住んでから殆ど鳴るのを聞いた事が無かったから驚いてしまった。


出た方がいいのか、悩んでしまう。


雪斗の家族に挨拶すらしていない私が出たら、驚かせてしまうかもしれない。

急ぎだったら携帯の方にかけ直すよね?


そんなふうに躊躇ってるとメロディーは留守電に切り替わった。


機械音の応答の後、一瞬の間を置いて、女性の声が聞こえて来た。


「春陽です」

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