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「ほくと」(𝓡𝓲𝓷)『ジェシー』(友達)
『おーい!北斗、おはよー!』
夏休みの真ん中にある、忌々しい出校日の朝。
まだ午前中だというのに、容赦なく照りつける太陽のせいで、汗がじっとりと制服のシャツを濡らしていく。
そんな憂鬱な通学路の途中で、背後から弾けたような大声が響いた。
振り返ると、長い足を大股に動かして走ってくるジェシーの姿があった。
合流するなり、ジェシーは僕の隣に並んで、キョロキョロとせわしなく辺りを見回し始める。
その首の動きは、まるで獲物を探す猛禽類のようだ。
「……何、朝からそんなにきょろきょろして。落ち着きなよ」
『落ち着いていられないよ!今日は出校日だよ!?ってことは、優吾も絶対にこの通学路を通るってことでしょ!?』
ジェシーの目は本気だった。
あのカラオケでの騒ぎから数週間、会えない時間を募らせていた大型犬は、完全に限界を迎えているらしい。
「いや、先輩が何時に来るかなんて分からないだろ。それに今日、樹いないんだからさ。あんまり騒ぐと僕が止めるの大変なんだけど」
そうなのだ。
いつもならこういう時に首を突っ込んでくる樹は、今日に限って「あー、俺、旅行だから休むわ』と、いないのだ。
ストッパー兼、強引な推進力である樹がいない今、僕はジェシーの巨大なエネルギーを一人で受け止めなければならない。
『樹がいないからこそ、北斗が一緒に探してくれないと困るの!ほら、前見て、前!先輩の後頭部、落ちてない!?』
「後頭部は落ちてないでしょ。歩いてるの、他クラスの女子ばっかりだし」
手を合わせて必死に拝んでくる親友を前に、僕は深いため息をついた。
……結局、この真っ直ぐな目に、僕はいつも勝てないのだ。
「……じゃあ、学校の正門に着くまでね。それで見つからなかったら諦めて教室行くよ」
『やった!さすが北斗、愛してる!』
「声が大きいってば」
言うが早いか、ジェシーの長い腕が僕の首にガシッと絡みついてきた。
そのまま、百八十センチを優に超える巨体が全力で体重をあずけてくる。
「ぶっ……!?ちょっと、重い、離れろ……っ!」
『だって北斗が優しいんだもん!アハハ!』
ただでさえ暑い出校日なのに、僕は日よけのためにいつもの薄手のパーカーを着てフードを深く被っている。
そのせいで視界が狭い所へ、ジェシーの規格外のパッションが降ってきたのだからたまらない。
体感温度が一気に四十度を超えた気がする。
これ、普通に熱中症と窒息のダブルパンチで僕が死ぬ。
「……ジェシー、頼むから離れて。ほら、前、見て……」
僕がフードの隙間から周囲を必死に睨みつけると、前方を歩いていた他クラスの女子たちが、こちらを振り返ってヒソヒソと囁き合っていた。
《ねえ見て、あの二人……》
《ヤバい、朝から尊いんだけど……》
《あの背高い人、彼女(北斗)のこと好きすぎじゃない?抱きしめ方ガチじゃん……》
……違う、断じて違う。
彼女じゃない。
フードを被っているのは、ただの死にかけの僕だ。
ジェシーの体格が良すぎるせいで、遠目から見ると[彼氏が小柄な彼女をバックハグでベタベタに甘やかしている構図]に完全に見えているらしい。
「おいジェシー、周囲の目が完全に[朝から熱烈な登校デートをしてるカップル]を見る目になってる。頼むから離れろ。僕の社会的信用が死ぬ」
『えー?別にいいじゃん!俺、北斗のこと愛してるし!』
「そういう紛らわしいことを大声で言うな!!」
僕の必死のエルボー(と、必死の抵抗)で、ようやくジェシーは満足したように腕を解いた。
危うく出校日の朝に校門前で「ジェシーの恋人(周りの妄想)」として全校生徒に認知されるところだった。
それからの数分間、僕たちは遅れてくる生徒たちに混ざって、坂道を上って行った。
ジェシーは先輩の姿を見逃さないように、一歩進むごとに爪先立ちになる勢いで周囲を凝視している。
いつもならマシンガントークが止まらないのに、今は緊張のせいか急に無口になって、じっと前方を見つめているのが、なんだか妙にリアルだった。
しかし、無情にも学校の正門がだんだんと近づいてくる。
結局、見慣れた一学年上の制服を着た、あののんびりとした雰囲気の後頭部が見つかることはなかった。
『……いないなぁ』正門をくぐった瞬間、ジェシーの肩が、目に見えてがっくりと落ちた。
いつもなら放課後に運動場に行けば会えるけれど、今日は出校日だから部活はない。
登校時が最大のチャンスだっただけに、ジェシーの落胆はぶりは凄まじかった。
「まぁ、みんなが登校する時間より、来るの遅いんでしょ?」
校舎の下駄箱に向かいながら、僕がジェシーの背中をぽん、と叩く。
ジェシーはしばらくシュンとしたまま上履きに履き替えていたけれど、教室への廊下を歩いている途中で、顔を上げてにへっと笑った。
『そうだ!優吾、来るの遅いの忘れてた!』
結局、お目当ての優吾先輩の姿には掠りもしなかったけれど、ジェシーの顔にいつもの明るさが戻ったのを見て、僕は小さく息を吐いた。
先輩の姿を必死に求めて歩いた、セミの声がうるさい夏の登校路。
隣で一喜一憂する親友の横顔を見ながら、僕の出校日の朝は、いつもより少しだけ騒がしく始まった。
コメント
3件
読み終わりました!夏の朝の熱気と、ジェシーの“会いたい”エネルギーが眩しい回でしたね。北斗くんの「後頭部落ちてない?」に笑っちゃいました😂 あの真剣な大型犬っぷりが愛おしい。そして周りの女子の「尊い」も、読者としては分かるけど北斗くんには気の毒で…(笑)。樹がいない中での一人ストッパー、次回どうなるのか気になります!