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第212話 三点同期
【現実世界・学園跡地/白い研究施設】
白い床の文字列が、激しく走っていた。
日下部が封印容器を抱え、相馬班の中央に下がる。
中には、白いコアが封じられている。
容器の表面には、何重にも光の線が巻きついていた。
それでも、中から何かがこちらを見ているような感覚が消えない。
木崎はカメラを片手に、黒い影を睨んでいた。
「相馬、遺体カプセルは動かせるか!」
「外部ロック完了! 移送台に固定中です!」
壁際の円柱カプセル二基が、ゆっくり動かされる。
中の成人遺体二体は、目を閉じたまま浮かんでいる。
腐っていない。
動いてもいない。
ただ、保存されている。
その事実が、何より気持ち悪かった。
黒い影は、白い床の上で揺れていた。
サラリーマンのような輪郭。
顔はない。
けれど、口だけが普通に動く。
「困りますねえ」
「器の在庫、持っていかれると」
木崎が短く返す。
「在庫って言うな」
影は、世間話みたいに続ける。
「名前がないと、在庫です」
「名前が戻ると、器になります」
「器に声が入ると、便利なんですよ」
日下部の顔が青くなる。
「……やっぱり、ただの遺体じゃない」
木崎は一歩前へ出た。
「だから持ち出す」
相馬が叫ぶ。
「撤収準備完了!」
木崎はすぐに判断した。
「全員、出るぞ!」
「コアを中央、遺体カプセルを左右!」
「影には構うな、通路まで戻る!」
黒い影が、すっと伸びた。
まるで床そのものから腕が生えるように、黒い線が日下部の足元へ向かう。
日下部が気づくより早く、木崎が光具を投げた。
「日下部、下!」
光具が床で弾け、白い光が広がる。
黒い線が一瞬だけ止まった。
日下部は封印容器を抱え直し、叫ぶ。
「ありがとうございます!」
「礼は外に出てからにしろ!」
白い研究施設の奥で、文字列がさらに速くなった。
まるで、部屋そのものが警報を鳴らしているようだった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
佐伯と村瀬は、並んで端末を見ていた。
一つの画面には、駅周辺の復元ライン。
もう一つには、ラストの錆片を封じた隔離ケース。
中央には、旧学園跡地と学園帰還ラインが表示されている。
佐伯が言う。
「白いコア、封印反応を確認」
「ただし、完全に沈黙はしていません」
村瀬が別画面を見る。
「錆片の反応もわずかに上がっています」
「ラストの残滓が、白い研究施設の動きに反応しているのかも」
城ヶ峰は顎に手を当てる。
「関連があると見るべきだな」
佐伯が頷く。
「はい」
「ラストの錆、白いコア、学園帰還ライン」
「全部、別々に見えて、同じ下層に触れている可能性があります」
村瀬は画面の下を指差した。
「それと、例の針のようなノイズ」
「今はまだ小さいですが、三点同期に入ったら増えると思います」
城ヶ峰は通信を開く。
『異世界側、聞こえるか』
『こちら指揮所』
『白いコアは封印成功』
『成人遺体二体も移送開始』
『ただし、下層ノイズは継続』
『三点同期に入るなら、警戒を最大にしろ』
ノノの声が返る。
『了解』
『こっちも準備に入る』
『三点同期、開始寸前』
城ヶ峰は静かに言った。
「始まるぞ」
佐伯と村瀬は、同時に画面を見つめた。
旧学園跡地の輪郭が、少しずつ濃くなっていく。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/校庭・朝】
校庭の中央に、ハレルが立っていた。
胸元の主鍵が、白く光っている。
少し離れた校舎側には、リオ。
傷ついた副鍵を右手で支えている。
外周側には、アデル。
左腕の副鍵が、外周線と繋がっている。
三つの光が、まだ細い線で結ばれていた。
ノノの声が、全員のイヤーカフに届く。
『これから三点同期に入る』
『中心、校舎、外周』
『主鍵、副鍵、副鍵』
『ハレルは中心を固定』
『リオは校舎側の線を保つ』
『アデルは外周を支えて、最後に切り離す』
ハレルは息を吸った。
「分かった」
リオは副鍵を握る。
「出力は抑える」
アデルは外周を見たまま言う。
「切り離す瞬間だけは、私の判断で動く」
『うん』
『アデル、そこは任せる』
サキは校庭中央の少し後ろに立っていた。
手にはスマホ。
画面には、reの小さな光点が揺れている。
ノノが言う。
『サキは名前の線を繋いで』
『人と場所が離れそうになったら、名前を呼ぶ』
『無理に力を使わなくていい』
『声でいい』
サキは頷いた。
「うん」
ダミエの声が体育館側から入る。
『体育館は保つ』
『青山和子、香川直人、生徒たちの名前確認は継続中だ』
『場所の記憶も維持している』
セラの声も続いた。
『場所はまだ迷っています』
『ですが、名前の柱は立っています』
『今なら、動かせます』
ハレルは校庭を見た。
ここは、戦場になった。
レアが消えた場所になった。
でも、それだけではない。
現実世界にあった、学園の校庭。
体育の授業をした場所。
朝、昇降口へ向かって歩いた場所。
誰かがボールを蹴っていた場所。
そして、今から戻る場所。
ハレルは主鍵を胸の前に掲げる。
「雲賀ハレル」
「この校庭にいる」
「現実世界へ戻る対象」
「この学園にいる人たちを、場所ごと戻す」
主鍵の光が太くなった。
リオが続く。
「一ノ瀬涼」
「校舎側の線を支える」
「校舎を、そこにいる人たちごと戻す」
副鍵の光が、校舎棟へ伸びる。
アデルも言った。
「アデル」
「外周を支える」
「現実世界へ戻る対象ではない」
「この学園を、壊れずに送り出す」
外周線が強く光った。
サキはスマホを握りしめる。
「雲賀サキ」
「この校庭にいる」
「みんなの名前を、場所と一緒に繋ぐ」
reが、小さく揺れた。
ノノの声が震える。
『三点、接続』
『同期率、上昇』
『現実側、準備して!』
◆ ◆ ◆
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
日下部はまだ白い研究施設から戻っていない。
その代わり、佐伯と村瀬が端末を操作していた。
佐伯が声を張る。
「旧学園跡地、中心線を捕捉!」
「校庭対応地点、反応上昇!」
村瀬が続ける。
「体育館対応地点も出ています!」
「校舎棟、輪郭が濃くなっています!」
城ヶ峰が無線を取る。
『全班、外周維持』
『北側、東側、南西、全て声を出せ』
『名前と場所を確認しろ』
各班から声が返る。
『北側二班、村井。旧学園跡地北側、光具維持』
『東側三班、加納。旧学園跡地東側、封鎖継続』
『南西一班、相馬――』
一瞬、南西からノイズが入った。
城ヶ峰の目が鋭くなる。
『相馬、応答しろ』
少し遅れて、相馬の声が返った。
『南西一班、相馬。旧学園跡地南西外周、維持』
『すみません、一瞬、位置感覚がずれました』
村瀬が画面を見る。
「下層ノイズ、増えています」
佐伯も顔を強張らせた。
「三点同期に反応している……!」
城ヶ峰は短く言う。
「声を止めるな」
佐伯は通信へ叫ぶ。
『南西班、場所確認を続けてください!』
『自分の名前、担当、現在位置!』
『足元の感覚に引っ張られないで!』
指揮所の画面では、旧学園跡地の森が揺れていた。
木々の奥に、校舎の輪郭が浮かぶ。
体育館の屋根が、影のように現れる。
校庭の白線が、地面の中から浮き上がる。
城ヶ峰は低く言った。
「戻り始めた」
◆ ◆ ◆
【現実世界・学園跡地/石造建物・内部】
木崎たちは、白い研究施設から通路へ出ようとしていた。
封印容器を持つ日下部。
遺体カプセル二基を運ぶ相馬班。
後方を木崎が守る。
白い部屋の中では、黒い影が形を変えながら揺れていた。
「返してくださいよ」
「在庫が減ると、困るんです」
木崎は後退しながら言う。
「うるせえな」
「人間を在庫扱いするな」
日下部が端末を見る。
「まずいです」
「三点同期が始まった」
「白い研究施設も揺れてます」
通路の壁に、白い線が走った。
石壁が、一瞬だけ学校の廊下に見える。
木崎が目を見開く。
「今、廊下が見えたぞ」
「旧学園と重なり始めています」
日下部は声を震わせた。
「急がないと、ここも帰還ラインに巻き込まれる」
相馬が叫ぶ。
「移送速度を上げろ!」
遺体カプセルの台車が軋む。
その瞬間、通路の奥から別の影が現れた。
今度は、OLのような輪郭。
「お疲れさまです」
「持ち出し、許可取ってます?」
木崎は舌打ちした。
「増えやがった」
日下部は封印容器を抱え直す。
「木崎さん、前!」
「分かってる!」
木崎は光具を起動した。
白い光が通路を走る。
影たちが一瞬だけ薄くなる。
その隙に、回収班は出口へ向かって走った。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・朝】
体育館が揺れた。
大きな揺れではない。
だが、床の下から、場所そのものが動き出すような感覚だった。
青山先生が叫ぶ。
「名前確認を止めないで!」
生徒たちが声を重ねる。
「森下カナ、体育館中央にいます!」
「藤井タクト、体育館中央にいます!」
「三年二組、体育館中央!」
香川先生も続ける。
「二年一組、校舎二階東側!」
「でも今は、体育館に避難しています!」
ダミエが結界を支える。
「体育館は体育館だ」
「避難所だ」
「檻ではない」
ノノの声が飛ぶ。
『体育館側、同期開始!』
『でも下層ノイズも上がってる!』
『場所の針が動いてる!』
セラの声が重なる。
『まだ刺さっているだけです』
『引き抜くのではなく、名前で押さえてください』
『ここは体育館』
『ここに人がいる』
『それを続けて』
青山先生が涙をこらえながら言った。
「ここは体育館です!」
「私たちは、ここにいます!」
「現実世界の学園へ戻ります!」
生徒たちの声が、それに続いた。
体育館の白い線が、ぎりぎりのところで保たれる。
【異世界・転移した学園/校庭・朝】
三つの光が、校庭の上で結ばれていた。
ハレルの主鍵。
リオの副鍵。
アデルの副鍵。
中心、校舎、外周。
三点同期。
校庭の空が、薄く揺れた。
一瞬だけ、異世界の空の向こうに、現実世界の曇った朝が見えた。
サキが息を呑む。
「見えた……」
リオも校舎側を見る。
「戻り始めてる」
アデルは外周線を支えながら言う。
「油断するな」
「始まっただけだ」
ノノの声が入る。
『同期率、三十二』
『三十五』
『四十』
『現実側との重なり、増加』
『このまま――』
そこで、ノノの声が一瞬止まった。
『待って』
『下層ノイズが急に増えた』
セラの声が低くなる。
『何かが、下から押しています』
ハレルは主鍵を握る手に力を込めた。
「新しい敵か?」
アデルが答える。
「たぶんな」
その時、サキのスマホが震えた。
画面の中で、reが今までより強く揺れている。
サキは画面を見る。
「re……?」
光点は、サキのそばで震え続けている。
まだ動かない。
ただ、何かが来ることを知らせるように。
校庭の端で、黒い影が小さく盛り上がった。
それは獣の爪のように、地面をひっかいた。
まだ姿にはなっていない。
だが、ジャバの気配だった。
そして、その気配の奥に、別の冷たさが混じっている。
場所そのものが、ほんの少しだけずれるような冷たさ。
ノノの声が叫ぶ。
『三点同期、中断しないで!』
『今止めたら、学園が半分ずれる!』
『でも、何か来る!』
ハレルは主鍵を握りしめた。
「止めない」
リオも副鍵を支える。
「このまま保つ」
アデルは外周線をさらに強く光らせた。
「来るなら、来い」
サキはスマホを胸に抱いた。
「みんなの名前、絶対に切らせない」
校庭の白い線が光を増す。
その下で、黒い獣の影が、ゆっくりと形を作り始めていた。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/さらに深い場所】
Cの声が、静かに響いた。
「始まりました」
学園が動いている。
人の名前。
場所の名前。
記憶。
白いコア。
re。
すべてが揺れながら、現実世界へ向かおうとしている。
ジャバの声が笑った。
「今だな」
「はい」
Cは優しく言った。
「校庭を殴ってください」
黒い獣影が、深層から落ちていく。
ジャバは楽しそうに言う。
「体育館を揺らすんだったな」
「はい」
Cの声は、若いようにも、年老いているようにも聞こえた。
「彼らが守る場所と、壊れる場所をずらします」
そして、深層の奥で、何かが静かに笑った。
◆ ◆ ◆
三点同期は始まった。
学園は、現実へ戻り始めた。
白いコアは封印され、成人遺体二体も運び出されようとしている。
だが、そのすべてが動き出したことで、境目は柔らかくなった。
Cが待っていた瞬間が、来た。
校庭の下で、獣影が形を作る。
そして次に揺れるのは、校庭ではない。
体育館だった。
コメント
1件
おお……このタイミングで体育館が狙われるのか。Cの「守る場所と壊れる場所をずらす」って台詞、一発で背筋が冷えた。三点同期でみんなが必死に「名前と場所」を繋いでいるからこそ、その綻び目を狙ってくる外側の冷たさが怖い。reの揺れ方も気になるし、ジャバの気配に混じる別の冷たさも……この「ずらす」って発想、嫌な感じに頭に残るなあ。展開が読めなくてゾクゾクした。
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橘靖竜