コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
|廟《びょう》を巡る期間は一ヶ月。
私は長旅だと思っていたけど、アレシュ様にすれば、それほどでもなかったようだった。
「一ヶ月程度なら、ちょっと遊びに行く程度だ」
「そうやって、ふらふら旅をするから、旅の期間を区切られたんですよ」
ちょっとお説教ぎみに言ったのは、アレシュ様の幼馴染みで、護衛のカミルだった。
カミルは赤毛が特徴的で、お姉様が一人いるのだとか。
医療院に付属する学院にて、勉強中のお姉様は、とても優秀な方で王妃様とも仲が良いと聞く。
私を退屈させないようにと思ってか、カミルは道中、家族の話や昔のアレシュ様の話を聞かせてくれ、親しくなった。
新婚旅行の護衛は、カミルと部下数名が任されている。
そして、侍女は信頼できる数名の者に絞り、アレシュ様が選んだ者ばかり。
その中には、水の宮の侍女であるナタリーも含まれていた。
「風の宮の侍女たちは、しばらく謹慎中です。シルヴィエ様が解雇しないよう言ってくださらなければ、彼女たちは全員解雇でした」
宿泊している場所から、廟までの道のりは険しいこともあり、侍女でも馬に乗れる者だけがついてきた。
残りの侍女は王家が所有する屋敷で、待機している。
ナタリーは馬にも乗れ、護身術もできるそうで、侍女とは思えない教養も持ちあわせており、シュテファン様の王宮では、かなり頼りにされていた。
「ナタリーがいてくれて助かっています。でも、風の宮の侍女たちが、悪いわけではありません。王族の方々を敬っているからこその行動でしたから」
「他国の皇女に、毒の神の加護があるとは、誰も気づいていませんでしたからね」
カミルは笑っていたけど、アレシュ様は笑わなかった。
風の宮の侍女たちが、従わなかったことが、気がかりなのだと思う。
「アレシュ様。私は少しずつ仲良くなっていけばいいと思っています」
「シュテファン様とアレシュ様の宮では、まったく雰囲気が違いますからね。幼い頃から、王宮を抜け出して旅をしていたせいで、侍女たちの規律が緩いんです」
「それに関しては、反論のしようがない」
「でしょうね」
アレシュ様と幼馴染みで、振り回されてきたというカミルは、旅に出るたび、その後ろを追いかけていたそうだ。
「カミルもそうですが、王宮にいる方々は、王家との繋がりも深いです。ですから、アレシュ様。彼女たちの気持ちを汲んで差し上げてください」
「多少なら」
王宮にいる侍女たちは、母親や祖母が王宮付きの侍女をしていた者が多い。
憧れて王宮の侍女を目指す。
ドルトルージェ王国において、神々の加護を受けた王族は|畏敬《いけい》の対象であり、とても慕われている。
敵国の皇女が、アレシュ様を殺そうとしたという噂を聞いて、嫌悪感を持たれてしまうのも当然のこと……
「侍女として、未熟なせいです」
そう言ったナタリーは、シュテファン様に絶対の忠誠心を持つ。
今回の旅も水の宮を離れたくないようで、渋っていたけれど、シュテファン様からお願いと一言、言われただけで、すぐに承諾した。
ナタリーは黙々と仕事をこなし、とても真面目な侍女で、同伴してくれて助かっている。
その仕事ぶりには、私も信頼を寄せていた。
彼女は髪をまとめるのも上手で、ドレスのコーディネートも完璧。気が利き、日差しの強い時はパラソルを持参し、必要とあらば、パラソルをさす。
――むしろ、ナタリーに隙があるのを見たことがありません。
無表情のナタリーが、笑顔になったり、感動する姿を見たくて、さりげなく観察しているけど、今のところ一度も目にしていない。
「着いたぞ」
「水の神の廟がある村だ」
深い森の中、突如現れる村。
湖に流れ込む水の量は多く、滝や川が音を立て、白い飛沫を覗かせる。
その川を利用した水車がいくつもあり、村人たちが製粉作業をしている。
のどかな森の村は、平和そのものだった。
「アレシュ様だぁ!」
「ほんとだ!」
「カミルもいるぅ」
子供たちが歓声をあげ、走ってきた。
「僕だけ呼び捨て……」
「落ち込むな。親しみがあるってことだろう」
アレシュ様の人気は、どこへ行っても高く、すぐに人が集まってきた。
大人たちも出迎えに駆け付け、そして、廟の前には、水の神に仕える大司教様が私たちを待っていた。
「王太子妃となられたシルヴィエ様が、毒の神の加護を授かっていたとお聞きしました。まことに喜ばしいことであり、ドルトルージェへ嫁がれたのも縁あってのことかと思います」
大司教様は風の神の化身であるヴァルトルにに深々と頭を下げた。
ヴァルトルはアレシュ様の腕に止まり、堂々としている。
もちろん、ヴァルトルは口を利けず、なにを考えているか、わからない。
「廟を巡るのは、何度巡っても良いと聞いております。この先、何度もお邪魔することになります。よろしくご指導くださいませ」
「滅相もございません」
神々の廟を巡り、祈りを捧げるのは王族だけでなく、国民も同じで、廟を巡る旅は新婚旅行や家族旅行にも人気のコース。
廟を巡る旅は、自然に多くの国民と出会い、会話をしたり、挨拶をしたり――私への態度も旅が進むにつれ、よそよそしさが消えていった。
まだまだ続くけれど、廟を巡る旅をしてよかったと思う。
土の神の廟で食べた甘辛く鶏肉を揚げたもの、香味野菜がたっぷりのった蒸した魚、炒めた野菜に砕いたナッツが入った麺も美味しかった。
うっとりと今まで食べたものを思い浮かべた。
「本当に何度、巡ってもいいですね」
好き嫌いがなくて、本当によかった!
神様ありがとうございますと、祈りを捧げるほど、旅を楽しんでいる。
そして、今回は水の神の廟。
水の神は癒しの神。
その加護を期待してのことだと思う。
「民たちはとても信心深いのですね。神々から加護を受ける王家を敬う気持ちもわかります」
「そうだな。だからこそ、ドルトルージェの王族は、民に安心を与えるのが、一番の役目としている」
「民に安心を……」
「神々が王族に特別な力を与えたのは、この地を守るためだ」
「では、私の力も人を守るために使えますか?」
傷つけるしかなかった私の力。
この力が、人の役に立つのであれば、どんなにいいだろう。
「もちろんだ。数百年前になるが、王立医療院を作ったのは、毒の神の加護を受けた者だ。シルヴィエもそちらに力を注ぐといいかもしれない」
「アレシュ様が治療に行った場所ですね」
王立医療院――私はまだ行ったことがなかったけれど、そこには治癒師や薬草師を目指す人々が学ぶ場所もあるという。
「こちらへどうぞ」
水の神の大司教様は、古代の言葉で綴られた聖句を唱え、私とアレシュ様は水の神に祈りを捧げた。
祈りを捧げ終わると、水の廟を見て回る。
白と青を基調にした古い石の建物で、修繕を繰り返した跡が残っていた。
石の|欄干《らんかん》の向こうには、白い滝が数本見え、高い岩場から涼しげな水の線を描いている。
「この水の廟は、眺めも評判がよく、運がよければ、滝に虹が見えるんですよ。ぜひ、明日の朝は滝をご覧になって、虹が出るかどうか、確かめてください」
「それは素敵ですね」
廟の説明を受け、外の風景を眺めていると、外が騒がしいことに気づいた。
「待て! 許可なく、廟の奥へ立ち入ることは禁じられている!」
「こちらにはアレシュ様とシルヴィエ様がいらっしゃる! 用件はなんだ?」
穏やかならぬ声が聞こえてくる。
「大司教様にお会いしたいのです! 村の子供たちが倒れて、苦しんでいるんです!」
その声を聞いたアレシュ様は、すぐに扉を開けて、外へでる。
「なにがあったかわからんが、すぐに行こう。ヴァルトル!」
アレシュ様の声を聞いたヴァルトルが、空から急降下し、腕に戻る。
「アレシュ様! なりません。もし、伝染病であればどうします! 危険です」
カミルは絶対に行かせないという気迫を見せた。
それは他の騎士たちも同様で、アレシュ様は強行突破しようとしたのを、腕を掴み、その場に押しとどめた。
「シルヴィエ」
「私が参ります。毒の神様に、私は守られていますから、どんな病気もかかりません」
「だが、一人で行かせるわけにはいかない」
「平気です。私はドルトルージェ王国の民を信じています。出会った民たちは、私を王太子妃と呼んでくれました。だから、私もその名に恥じぬよう王太子妃としての役割を果たさせてくれませんか?」
旅の途中で出会った民は、本当に親切だった。
敵国から嫁いできた私にも偏見の目を向けることなく、話しかけてくれた。
あの笑顔の名は、『期待』だ。
「私にくれた笑顔のお返ししたいのです」
アレシュ様の体から、力が抜けたのがわかり、腕を解く。
そして、村人に言った。
「倒れた子供たちのところに、私を連れていってください」
「は、はい!」
もし、毒であるのなら、それほど猶予はない気がした。
毒の種類にもよるけれど、私なら毒の原因を当てられる。
「大司教様。念のため、解毒薬をいただいてもよろしいですか?」
「もちろんです!」
水の廟で働く者たちが、解毒薬や治療に使えそうな薬をかき集め、大量に持たせてくれた。
「ヴァルトルを連れていけ。なにかあれば、ヴァルトルがシルヴィエを守る」
「はい! 子供たちを助けたら、すぐに戻ってきます!」
心配そうな顔をしたアレシュ様に、私は微笑んだ。
ヴァルトルは、私と村人の上を飛び、追いかけてくる。
――大丈夫。ヴァルトルの目はアレシュ様の目。見守ってくれている。
馬を走らせ、到着した森の奥――辿り着いた村の中は混乱し、母親たちの泣き叫ぶ悲痛な声が聞こえてきた。