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朝の回診。病棟の廊下は、
今日も小さなざわめきで満ちていた。
「先生今日もかっこいい……」
「見て、ネクタイ!新しいよね?」
「いいなぁ……
あんな笑顔向けられたら倒れるわ……」
――若井先生ファンクラブ、今日も健在。
でも俺の病室に先生が入ってきた瞬間、
その声はすっと消えていった。
「元貴、ちゃんと朝ごはん食った?」
「……少しだけ」
俺が答えると、若井が、
当たり前みたいに俺のベッド脇に腰かけてきた。
白衣がかすかに擦れて、薬草みたいな清潔な匂いがする。
「少しだけって、全然足りねぇじゃん」
「食欲ないんだもん……」
「んじゃ俺が食わせてやる。口開けろ」
「はぁっ!?ちょ、やめろ若井!!」
が慌ててシーツを引き寄せると、
若井はニヤリと笑って俺の髪を
ぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
「冗談だって。でも、元貴が食わねぇと心配なんだよ」
その一部始終を見ていたのは――涼ちゃんだった。
隣のベッドで穏やかに
フルートの譜面を眺めていたけど、
俺と目が合うと、ふっと優しく微笑んでくれる。
……けど、その笑顔に若井の目がスッと
細くなったのを、俺は見逃さなかった。
「藤澤さん、なんか楽しそうですね」
若井の声は柔らかいのに、底に棘がある。
涼ちゃんは小首を傾げて、
「だって、元貴が元気になってきてるのが
嬉しいんだ。僕も安心する」
と、穏やかに答える。
その瞬間、若井はぐっと俺の肩を抱き寄せた。
「元貴は俺の患者なんで」
「っ……!?」
至近距離。耳元に落ちた声が低すぎて、
背筋がゾクッとした。
涼ちゃんは驚いたように
目を丸くして、すぐに笑った。
「そうだね。若井先生は特別だから」
……その言葉が逆に火に油を注いだらしい。
若井の手の力が強くなる。
「患者じゃなくても、俺にとって元貴は特別だよ」
――え?なに言ってんのこの人!?
俺は顔が一気に熱くなって、
心臓が耳の奥でドクドク鳴った。
看護師たちはドアの外で気配を潜めてるのがわかる。
きっと噂の種にするつもりだろう。
でも若井はそんなのお構いなしに、
俺の目を真っすぐ覗き込んでくる。
「だから元貴は、俺のそばにいろ」
……俺、呼吸できなくなりそうなんだけど。
甘い匂いと低い声に包まれて、体の芯が熱くなる。
そんな俺の動揺を、涼ちゃんはただ黙って見守っていた。
けれどその瞳の奥に、
一瞬だけ切なげな色が宿ったのを、俺は見てしまった。