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守(まもる)は散弾銃を構えたまま、杉の大木に背を押し付けて息を殺していた。
猟友会の先輩たちと林の中ではぐれてしまい、既に陽が落ちて暗くなりつつある木々の間で熊と鉢合わせしない事だけを祈っていた。
「こんな人里近くにまで熊が出て来るなんて、どうなってやがんだ」
まだ21歳の、猟友会員としては新米扱いだったが、害獣駆除に駆り出されるのは地方の田舎町の宿命と言えた。町の中心からさほど離れていない畑に熊が現れたとの急報が町役場に入り、地元の猟友会全員に招集がかかった。
夏のムシムシする暑さも陽が落ちると多少ましになったが、守は腰のホルダーからペットボトルを取り出し、ごくごくと喉を潤していた。
その時、近くの草むらがガサっという音で揺れた。びくっとしてその方向を向いた守るはペットボトルを取り落とした。
それは追っている熊に間違いなかった。熊の方も守の存在に初めて気が付いたようだった。出会いがしらの遭遇という、熊との接触では最悪のパターンだ。
熊がガルルといううなり声を立てて、守に向かって走り出す。守は散弾銃の銃床を肩に押し当て狙いを定めようとするが、熊の駆除は初体験であるため、手が震えて銃口が安定しない。
熊はその巨体からは想像もつかない素早さで守の目の前に迫る。ダメだ、やられる! 守がそう覚悟した瞬間、彼の体の斜め後ろ上方から、何かが振り下ろされた。
その先には異様に長い爪が並んでいるのが見えた。その巨大な腕のような物は守に飛び掛かろうとしていた熊の巨体を数メートル後ろに叩き飛ばした。
熊が短い悲鳴を上げて、逆の方向へ逃げ去って行く。守が振り返ると、巨大な短い後ろ足が見えた。濃い茶色の毛に覆われたそれは、熊の物ではない。
守がその頭を見るには、首を後方に45度ほど傾けねばならなかった。そこに見えたのは熊より細く前に突き出した巨大な顔だった。
その巨大な生物が守のすぐ背後に後ろ足で立ち上がっていた。守はその場に腰を抜かして座り込んだ。地面からその生物の頭まで、高さ6メートルはある。
守は地面に尻をついたまま、必死でスマホを取り出してカメラを起動させ、その巨大生物を撮影した。シャッター音に驚いたのか、その巨大な獣は前脚を地面につけ、木々の間の闇に消えて行った。
守は手が震えてかなりピンボケ気味になってしまったスマホの写真を見ながらつぶやいた。
「あれは……まさか」
やや離れた所に懐中電灯の光がいくつもはためいた。猟友会の仲間たちが守の名を連呼しているのが聞こえ、守は安堵の息をついた。
帝都理科大学の遠山准教授がその日の講義を終えて研究室に戻った途端、彼のスマホの呼び出し音が鳴った。出て見ると、同じ大学の先輩教授からだった。
「はい、遠山です。珍しいですね。渡(わたり)先生から僕に連絡してくるなんて。何か御用ですか?」
地震学、地質学の研究者である渡教授は、苦々し気な口調で答える。
「何か御用でもなけりゃ、君と関わりたくなんぞない! 児玉絵里という女子学生を知っているか? 君の古生物学史の講義を受講している生物学科の2年生だが」
「ああ、前期のレポートが学部内で評判で、名前は知ってますよ。彼女がどうかしたんですか?」
「熊を吹っ飛ばしたという、東北の町の巨大生物のニュースは見たかね?」
「ああ、ネットでも騒いでますね。体長10メートルならもう怪獣だ」
「児玉君の出身地なんだよ、あの町は。彼女は私の講義の受講生でね、今。知恵を借りたいんで君と引き合わせて欲しいと頼んできたわけだ」
「はあ、会うのはかまいませんが。分かりました、明日午後5時なら、その場所で」
翌日の夕方、西日が差し込む大学学食の喫茶コーナーの一角のテーブルに3人は集まった。
絵里は色白で女性としては長身の利発そうな女子学生だった。遠山がテーブルに近づいて来ると、すぐさま立ち上がって深々とお辞儀をした。
「遠山先生ですね。お忙しいところをわざわざすみません」
遠山は絵里が美人なのにウキウキして、笑って言った。
「いやいや、夏休み中の特別講義も終わったし、君のような有望な学生の頼みなら大歓迎だよ」
既にテーブルの椅子に腰かけている渡は皮肉たっぷりの口調で口をはさんだ。
「美人の女子学生の頼みなら、の間違いじゃないのか? 児玉君、気遣いは無用だぞ。この手の話には喜んで飛びつく軽薄な学者だからな、そいつは」
「その言い草はあんまりじゃないですか、渡先生。ところで、古生物学志望の君がどうして渡先生の講義を?」
絵里はあごひげをしごいている渡の方をちらりと見て答えた。
「化石には火山活動や地質の影響が加わりますから。そういう知識も必要だと思うので、選択科目で渡先生の講義を取ってるんです」
3人がテーブルに座り、絵里がタブレットに写真を表示した。
「遠山先生。この生物は何だと思われますか?」
そこには、ピンボケの巨大生物の写真があった。前脚の先の、体全体から見て異様に長く大きい爪を見て遠山が腕組みをする。
「現存する生物種の中ではナマケモノに似ている気がする。しかしナマケモノは大きい物でも全長60センチというところだ。10メートルのナマケモノなんて聞いた事もない」
渡が写真を見ながら言った。
「ナマケモノって、あの一日中木の枝にぶら下がっているやつか? 動作がとんでもなくのろい動物だろう? 熊をぶっ飛ばすほどの素早い動きは出来んだろう」
絵里が覚悟を決めたという表情で話を切り出した。
「あの、実は、あたしたちナマケモノをこっそり飼っていた事があるんです。小学生の時に、あたしも含めて4人で。実はこの写真を撮った地元の猟友会の会員は、その時の4人の一人で」
「はあ?」
奇しくも渡と遠山は同時に同じ言葉を発した。渡が先に言った。
「ナマケモノを飼っていた? あれは中南米の生き物だぞ。どうして日本にそんな動物がいた?」
絵里が答える。
「あたしたちが通っていた小学校の近くの林の中に変な箱が落ちていて。その中にいたんです。もちろん、その頃は、子どものあたしたちが抱きかかえる事ができる程度の大きさでしたけど」
遠山が頭を抱えて絵里に訊く。
「その時のナマケモノが巨大化したのが、この怪獣みたいなやつだと言うのかい?」
「確信があるわけではないんです。ただ、その猟友会の若いメンバー、名前は守と言うんですけど、彼から連絡があって。同じ場所に傷跡があったと」
渡と遠山は顔を見合わせた。渡がせわしなくあごひげをしごきながら言う。
「何かの突然変異で巨大化したとしたら、生物学者である遠山君の領分だな、確かに。だが、そんな事があり得るのか?」
遠山はすっかりぬるくなったアイスティーを一口すすって言った。
「仮にそうだとしても、生態まで変化はしないはずです。児玉君、現地へ行って調べてみたい。案内を頼めるかい?」
絵里はテーブルに両手を突いて頭を下げた。
「もちろんです。こちらから、それをお願いするつもりでした」
渡は立ち上がりながら言った。
「念のため、宮下君にも連絡しておこう」
遠山がきょとんとした顔で訊く。
「誰でしたっけ、それ?」
「以前手を貸した、警視庁公安機動捜査隊の警部補さんだよ。ひょっとしたら、動物の密輸事件が関係しているかもしれんからな」
数日後、渡、遠山、絵里の3人は東北地方の山間にある町を訪れた。かつては林業で栄えたが、今は高齢化が著しく、代々の農家が細々と果樹栽培などを行っているだけという絵に描いたような過疎の町だった。
今はもう廃校になった小学校の敷地へ、絵里は二人を案内した。校舎裏の、山の斜面がまじかに迫っている場所に、木で囲まれた空き地があった。
「ここにそのナマケモノをこっそりかくまって、4人で面倒を見ていたんです」
絵里は懐かしそうに、その空間を見渡しながら言った。遠山が尋ねる。
「先生に見つかったりしなかったのかい?」
絵里は微笑みながら答える。
「もうその頃から過疎の町で、小学校と言っても全学年で30人ぐらいしかいない所でしたから。先生の数も片手で数えられるぐらいでしたし」
渡がしゃがみ込んで地面を見つめながら言う。
「すると10年前か。さすがにその頃の痕跡は残っていないだろうな。児玉君、ナマケモノの餌はどうしていたんだ?」
「幸い草食だったんで、山の中の木の葉っぱを自分で食べるようになりました。拾ってすぐはあたしたちが牛乳飲ませてあげたりしましたけど、すぐに自分で餌を取るようになって」
3人が校庭の方に戻ると、軽トラが走って来て目の前に停まった。運転席から農作業用のつなぎ服を着た青年が降りて来た。
「絵里、帰って来てたのか?」
「守、久しぶり! あ、こちらのお二人が、あたしの大学の先生たち」
守は渡と遠山に深々とお辞儀をした。
「絵里から話は聞いてます。こんな田舎までようこそ。宿はもう手配しておきましたから」
絵里が守に話をうながす。
「それで守、あれがノン太だって話、本当なの?」
「ノン太?」
遠山がいぶかしそうな声を出す。絵里が答える。
「そのナマケモノの名前です。最初は誰かがノンビリ太郎って名前にしようと言い出したんですが、長すぎるからノン太になって」
守が真剣な目つきになって言う。
「最初の頃、あいつコンクリートの角に頭ぶつけて、ここに傷作っただろ。その痕がずっと残って」
そう言って自分の左目の上を指差す。
「あの馬鹿でかいやつの同じ場所に、そっくりの三日月型の傷跡があった。薄暗かったけど、あれだけは見間違いじゃねえ」
渡が絵里と守に尋ねる。
「それでナマケモノの飼育はいつまで続けたのかね?」
守が考え込みながら答える。
「5年生の秋から、俺たち4人が卒業するまでですね。俺は地元に残って農家継ぎましたけど、中学は隣町まで行かなきゃいけなくて。絵里は中学から仙台に引っ越したよな」
絵里がうなずきながら言葉を続けた。
「あとの二人も、卒業後もっと大きな町へ引っ越して行ったんです。その頃のノン太はもうあたしたちが面倒見なくても自分で生きていけるようになってました」
続く守の言葉に遠山が眉を吊り上げた。
「ああ、俺たちが卒業する頃には、あいつ後ろ足で立ち上がると俺と身長変わらないぐらい大きくなってたしな」
その夜、守が案内してくれた旅館に渡と遠山は宿を取った。旅館と言っても古びた木造二階建ての小さな建物で、客室は4部屋しかない物だった。
経営する老夫婦の手が回らないからという理由で、遠山と相部屋になった渡は、買い込んで来た缶ビールをちびちびやりながら不満を言い続けていた。
「まったく、部屋はあるんだから、別にしてくれりゃいいものを」
遠山は大皿に盛られた山菜の煮物をつつきながら、のほほんとした口調で言う。
「まあいいじゃないですか。旅は道連れってね。けど、昼間の話で確信が持てました。あの子たちが育てていたのは、現生種のナマケモノじゃなかった」
「どういう事かね?」
「現生種のナマケモノは最大でも60センチ程度だと前に言ったでしょ? あの守という青年が小学6年生の時の身長が、まあ140センチ程だったとして、立ち上がった時の全高が同じだったのなら、既に異常に巨大と言っていい」
「この辺りは原生林と人工林が密集していて、草食性なら餌は豊富だ。栄養状態が良かったんじゃないか?」
「彼女たちはこうも言ってました。自分で山の中へ餌を食べに行ったと。それは地上性の動物の行動様式です。現生種のナマケモノは樹上性、つまり木の枝に一度ぶら下がったら、よほどの事がない限りそこから移動しません」
「ナマケモノとはまったく別種の生物だったという事か? だったら何だ、それは?」
「現時点では分かりません。ナマケモノは1亜目2科。大きさもさることながら、今回のやつに類似した生物は地球上に存在しないはずなんです」
翌日も朝から快晴で暑かった。絵里に案内されて小学校の裏の山を歩き回った後、渡と遠山が校舎の所へ戻って来ると、校庭に黒塗りの高級そうな車が停まっていて、高級そうなスーツの上着を脱いで腕に持って肩に引っ掛けた格好の年配の男が不機嫌そうな様子で3人をにらんでいた。
その隣には白髪の作業着姿の老人が、おろおろした表情で立っている。3人が側まで来ると、スーツ姿の男が居丈高に言った。
「あんたたち、何をしてんだ? こんな所で」
老人が腰をかがめ気味の姿勢でスーツ姿の男に言う。
「ま、まあ、そういきり立たんでも。ん? 君はひょっとして卒業生かね?」
老人が絵里に声をかける。絵里は老人の顔を見て驚いた様子で頭を下げた。
「町長さん! お久しぶりです」
老人はこの町の町長らしい。渡と遠山はあわててぺこりと頭を下げた。スーツ姿の男がかまわずまくし立てる。
「ここの敷地をうろうろするのはやめてもらおう。せっかく再開発の話が出ている土地に、おかしな噂が流れたら困るんだ」
町長は相手の機嫌を損ねる事を明らかにおそれている口調で言う。
「いえ、まだこの土地を売ると決まったわけじゃありませんし。町有地ですから町議会の承認も必要ですし」
スーツ姿の男は町長をぎろりと睨みつけて吐き捨てるように言う。
「明日には議会の承認が降りる事になっとるさ。こんなド田舎に金の成る木を作ってやると言ってるんだ。すぐに取り壊しを始める」
男はくるっと踵を返して、運転手が中から開いた車の後部座席に乗り込んだ。そのまま車は走り去って行く。
絵里が町長の側へそっと近づいて小声で訊いた。
「この学校、取り壊すんですか?」
町長は申し訳なさそうな表情と口調で答えた。
「ここを取り壊して、ある企業の保養地を建てるという計画があってね。なんとか校舎を再利用できないかという声は多いんだが、金の力には逆らえん」
翌日の朝、宮下警部補が宿に渡と遠山を訪ねて来た。真夏だと言うのに、暗いグレーのパンツスーツを着こみ、上着の前ボタンもきっちり合わせている。
二人の部屋で宮下はおもむろに切り出した。
「十数年前、絶滅した生物を現生種の胎内で育てて復活しようとしてプロジェクトがありました。違法な物でしたが」
遠山が言う。
「マンモスの細胞から受精卵を作って象に産ませるとかいう話があったな」
「学会の許可を得ていない、金儲けのためのプロジェクトで、その生物の中にこれもありました」
宮下が差し出した書類を見た遠山が、アッと声を上げた。
「メガテリウム! そうか、それなら今回の巨大生物に当てはまる!」
渡が訊く。
「何だそれは?」
「1万年前に絶滅した地上性のナマケモノの近縁種です。化石からの推定では全長8メートル前後。それが人工的に現代に復活させられたという事か」
宮下がメモ帳を見ながら言う。
「南米の南極付近で絶滅生物の体組織の断片が発見されて、その違法プロジェクトが始まりました。でも計画が発覚して、犯人グループは日本国内で逃走。運んでいた荷物の一つが紛失したのが、まさにこの町の付近だったんです」
渡がはっとした表情で言う。
「守君という青年が熊から救われたのは偶然じゃない。守ったんだ。メガテリウムが育ててくれた人間を! いや、もしかしたら、あの小学校も。だとしたら……校舎の取り壊しが始まるのはいつだ?」
遠山が真っ青な顔で答える。
「今日です。もう始まってる!」
宮下が乗って来た車に渡と遠山も乗り込み、小学校へ向かった。廃校の敷地はぐるりとプラスチックテープの規制線で囲まれ、中にブルドーザー、ショベルカー、カニのハサミのような先端のアームがついた油圧ショベル、計3台の重機が待機している。
取り壊し作業が突然開始されようとしているためか、近所の町民が大勢、戸惑いの声を交わしながら敷地の周りを取り囲んでいる。その中には絵里の姿もあった。
車を降りた渡と遠山が絵里の所へ人垣を分け入って近づく。絵里の横には町長もいた。渡が二人に尋ねる。
「どうして猟友会があそこのテントに待機してるんです?」
町長は顔をしかめて答えた。
「熊対策だそうです。町役場が頼んだんじゃなくて、業者が勝手に依頼したようで」
敷地の端にテントが立ててあり、ライフルを持った猟友会員が5人待機している。その中には守もいる。
この前のスーツ姿の男が、強面の態度で土木作業員たちに支持を出していた。
ハサミのついた油圧ショベルが校舎に向かって動き出す。ショベルカーとブルドーザーが後に続く。
その時、校舎の裏山の斜面の木々が大きくガサガサと揺れ始めた。波打つ枝の揺れは斜面を降りて来る。
テントの下でスーツ姿の男が眉をひそめ、猟友会員たちに言った。
「熊が降りて来たんじゃねえか、ありゃ? あんたたち、頼みますよ」
校舎の脇の林の切れ目から、それは全身を現した。熊ではなかった。熊の顔をもっとスマートにしたような前に突き出た頭。前脚の先に並ぶ弧を描いて曲がった長く巨大な爪。
そして後ろ足で立ち上がったその体は、高さ8メートルほど。巨大な重機の操縦席をも、はるか下に見下ろす姿勢。
その口から楽器のオーボエのようなやや低い声が響き、メガテリウムは先頭の油圧ショベルに襲いかかった。
両前脚の長い爪をアームにがっちりと引っ掛け、前に引き倒そうとする。操縦していた作業員は悲鳴を上げながらバックさせる。だが、メガテリウムの前脚はエンジンのパワーなど物ともせず、油圧ショベル全体をそのまま地面に引き倒した。
操縦席から這うようにして逃げ出す作業員。その後を追うように、太く短い後ろ足が地響きを立て、メガテリウムは次のショベルカーのアームに爪をかけた。
その巨体の左目の上にある三日月形の傷跡を見た守は、確信を持ってつぶやいた。
「あれはノン太だ。間違いねえ」
作業員が逃げ出し無人になったショベルカーをメガテリウムは横向きに転倒させた。ズーンという重低音と腹に響く振動が辺りに広がる。
「か、怪物だ! 撃て、早く!」
スーツ姿の男が猟友会の男たちに叫ぶ。あわててライフルを構えようとする会員たちの前に、両腕を大きく横に広げた守が立ちふさがった。
「やめてくれ! 撃つな! あいつは人なんか襲わねえ。本当はおとなしい生き物なんだ!」
敷地の端の別の一角で、甲高い中年女性の声が響いた。
「あんた、よしなさい! 戻って!」
守が振り返ると、規制線を潜り抜けた絵里がメガテリウムの方へ走っているのが見えた。
「ノン太!!!!」
絵里は叫んだ。上体をかがめてブルドーザーに襲いかかろうとしていた巨体の動きが止まった。
「ノン太なんでしょ? それは敵じゃないの! だから、もう暴れないで!」
しばらく絵里を見下ろしていた巨体が、突然ビクッと震えた。そして、前のめりに地面に倒れた。その頭はすれすれで絵里の目の前の地面に伏した。
横目で絵里を見つめたその大きな目は、やがてまぶたに覆われて、巨大な体は動かなくなった。
三か月後、渡と遠山、それに絵里はあの廃校を再び訪れていた。校舎は補強と改修がなされ、中にはカフェが併設され、地域の憩いの場に改装された。
遠山が言う。
「解剖してみて分かった事ですが、人工的に生まれた個体なので、内臓に奇形がありました。心臓が本来のサイズの半分しかなかった。餌になる緑の多い静かなこの土地だから生きていられたんですね」
絵里が悲し気な表情で訊く。
「もともと長く生きられなかったと?」
「あの事件がなければ長生きしたかもしれない。そんな小さな心臓で重機と格闘したんだ。急性心不全というところだね」
渡が校舎の脇に飾られたメガテリウムの巨大なはく製を見ながら言った。
「はく製になってここの名物になって、学校の建物は残った。こいつにとっては本望(ほんもう)なんじゃないか。結果的に守ったんだからな」
視線を綺麗になった校舎に向けて渡は続けた。
「子どもの頃の友達との、思い出の場所をね」