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雨の降る午後。
空は鉛のように重く、
図書室の窓には水滴が細く筋を描いていた。
私は、
戦闘訓練では落ちこぼれ、
仲間からも「役立たず」と疎まれていた。
そりゃそう。
なんで入ってしまったのかわからないほど自分には戦闘の才がない。
だから、銃よりも本を握る時間の方が長かった。
その頃には誰も自分を“兵士”とは見なさなかった。
そもそも入隊試験も、筆記試験だけで受かったようなものだったし。
「……戦場で生き残るには、知識なんか何の役にも立たへん。」
そう言われても、思っても、私は本を閉じなかった。
閉じれなかった。
本が好き。と言うのもあるけれど
それしか、自分には誇れるものがなかったからだ。
あの日も、灯りの少ない図書室で一人、古い戦術書のページをめくっていた。
戦略、陣形、補給路、地形学。
本の中の世界だけが、唯一の居場所だった。
そんな時だった。
誰もいないはずの背後から、ゆっくりとした声が落ちた。
「……なぁ。」
驚き振り返ると、 雨に濡れて少し乱れたような髪に、飄々とした笑みで立つ男。
それが、ゾムさんとの出会いだった。
「お前、こんなとこで何してんねや?」
「……本を、読んでます。」
「見たらわかるわ。聞きたいんは、なんでや。」
ゾムさんは本棚に背を預け、片手でポケットをいじりながら言った。
「みんなは訓練出てんのに、お前だけここおる。サボりか?」
「ち、違います。私は、、、不器用で、銃も上手く扱えなくて。」
「ほぉ。」
ゾムの視線が、本の表紙に落ちる。
『戦略論 ――地形と心理の相互関係』。
「……難しそやな。」
「面白いですよ。戦闘より、こっちの方がずっと深い。」
彼は少しだけ目を細めて、笑った。
「おもろい奴やな。普通、訓練サボっとる奴は言い訳ばっかりやのに。」
「……サボってないって言うたら嘘やけど、、本気で、これを学んでるんです。」
「わかっとるわ。」
その言葉は、まるで救いのように響いた。
「お前、名前なんて言うんや。」
「エーミールです。」
「そっか。――じゃあエーミール、お前は知識で人を救えるか?」
唐突な問いだった。
「え……?」
「俺らみたいな連中が、戦場で生きるために必要なんは腕力かもしれん。けどな、戦争を“終わらせる”ために必要なんは、そういう頭ん中やと思うで。」
ゾムさんはそう言って、本棚から一冊の地図帳を抜き取った。
埃が舞う。
ページを開く指が、まるで絵描きのように丁寧だった。
「地図の線ひとつで、千人が死ぬこともある。けど、線ひとつで千人を生かすこともできる。」
「……生かす。」
「せや。お前は多分、“殺す方法”より“生かす方法”を知りたい奴やろ。」
そう言って、ゾムは本を閉じた。
「なら、そのままでええ。
戦わん兵士が一人おっても、軍は困らん。
けど、“考える兵士”は、どこにでも必要や。」
私はは、その瞬間初めて
誰かに“必要”と言われた気がした。
胸の奥が熱くなった。
視界の奥で、雨音が遠のいていく。
「俺はそう言うの、考えるの得意じゃないねん。
お前がどれだけ使えるかはわからんけど、、、
うちの部隊に来おへん?」
唐突すぎるその言葉に戸惑う。
「……ちょっとまって、あなたは誰なんですか。」
「俺か? ゾムや。」
「ゾムさん、ですか。」
そう言って、ゾムさんは笑いながら自分の手を掴む。
じゃあ決まりな、言うて服の袖を引っ張るその背中は、過去の私にとって眩しかった。