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イベントが終わった次の週、黒田支店はそろって居酒屋に集まっていた。
「ええと、皆様のおかげで、今期のイベントも大成功に終わることが出来ました。
こと新車台数に置きましては、宮内店長の12台に引っ張られるような形で、みんなそれぞれ役目を全うし、ええ、他店に圧倒的な差をつけて勝利することが出来ました。
よって会社から店に出た奨励金で、今夜は思う存分、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎとまいりましょう!
乾杯!!」
調子のいい大貫の音頭で始まった宴会は、大いに盛り上がった。
酔っ払った中堅社員の重原が麻里子の目の前のテーブルを叩く。
「麻里ちゃん!今回のイベントはさあ、あの駄菓子屋がよかったよ!お客様呼び込みやすかったし!それに反響もよかった!」
「ありがとうございます」
当日は少しつまらないヤキモチを焼いたりもしたが、こう言ってもらえるとやはり嬉しい。
現に麻里子のお客様の子供たちも大喜びだった。
「それにさ、ここぞというときに、あの経理の新しい子、なんていうんだっけ」
ん?話が嫌な方向に傾いてきた。
「坂井さん、ですか?」
「そうそう。彼女がさ。商談中、ここで勝負だっていうときにぐずり出す子供たちをさ、誘導してくれるんだよー。
『きなこ棒のクジやろうよ~』とか言ってさ。
それで邪魔な子供たちがいない間に値引き交渉、店長挨拶まで出来て、決まったようなもんなのよ」
(ーーーへえ)
意外だった。
仕事をミスせず一日の仕事が無事終わることと、そのあとのプライベートの予定しか考えていないような女の子かと思っていた。
いや、正直、そうであってほしかった。
そんなに気が利くいい子ならーーー。
人を見抜くのに長けている結城が何も思わないわけはない。
「今日、坂井ちゃんと結城も呼べばよかったのに」
とんでもないことを重原が言い出す。
「ああ!いいすね、それ!!」
エンジニアたちがにわかに活気づく。
坂井という女性は、思いの他、男性社員に人気らしい。
「ふふふ、そう言うと思って!」
どこで聞いていたのか、大貫が鼻の下を擦りながらしゃしゃり出てきた。
「皆さん、ご注目!!本日のスペシャルゲストです!」
みんな暖簾のかかった個室の入り口を注目する。
すると、薄いベージュのショートパンツに、カーキ色のレースブラウスを合わせた、服が見えた。
「経理課より、坂井ちゃんですー!」
「おおおー!!!」
割れんばかりの拍手が巻き起こる。
坂井が照れ臭そうに暖簾をくぐって入ってくる。
いつもは二つに結わえている髪の毛も、今日はハーフアップにしていて、とても色っぽい。
麻里子もつられて、なぜか手が痛くなるほど拍手をした。
「ーーー世代交代だな」
隣の席でボソッと誰かが呟く。振り返ると、いつの間に席を移動してきたのか、宮内がニヤニヤ笑っていた。
「お前もああいうふうにもてはやされた時期があったのになぁ」
「ないですよ、そんなの」
「あったって。お前は営業で頭がいっぱいだったから意識してなかっただけだろ。お嬢様のように扱われていた時があったよ」
そんなときがあっただろうか。
思い出せない。
坂井がにこにこと頬をピンク色に染めて微笑んでいる。
いつもより濃い色のリップを塗っているが、白い肌によく似合っていた。
「そして、本日はもう一人、ゲストがいますー」
大貫がみんなに、目配せしながら、ブーイングを示す、親指を下向きにしたサムズダウンをリクエストする。
「はい、どうぞー。同じく経理部より、結城くんでーす」
暖簾を分けて、私服の結城が会釈をしながら入ってくる。
みんな一斉に空気を読んで親指を下に向ける。
「Booooooooo!!」
「帰れ、イケメン!!」
「金の亡者」
「坂井ちゃんだけでいーんだよー!」
結城が翳されるサムズダウンに苦笑する。
「ひどい言われようですね。俺だってサポートしたのに」
みんなが笑いながら、手を開いて改めて二人に拍手をする。
(来るなんて、聞いてないんだけど)
麻里子は並んで頭を下げる二人を、アルコールで据わった目で睨んだ。
(あ、やばい。今、隣に宮内店長が…!)
慌てて左側を見ると、宮内はすでに遠い自分の席に戻っていた。
開けてあった中央の席に二人並んで腰かけると、すぐに若いエンジニアたちがとり囲んだ。
「店員さーん、生二つ~」
大貫が叫ぶと、結城が手を上げる。
「あ、俺、今日ノンアルでお願いします」
「はあー??」
大貫が眉をしかめる。
「なんだよ、飲めよ。お前らは明日休みだろ」
「そうですけど。今日は坂井さんを送っていくように経理課長から言われているんで」
その言葉に大貫が鼻に皺を寄せる。
「経理課長め。群がる野獣たちに坂井ちゃんが食われないように予防線はりやがって」
(懸命な判断ですこと)
麻里子は何杯目かわからないジョッキを空にした。
(お姫様には、護衛兼、王子様をつけたのね)
坂井の隣で微笑んでいる結城を見る。
あんな私服見たことない。ベージュのチノパンに、白のカットソー。濃いカーキの半袖のジャケット。
(ん?これってまるで…)
「あれ、なんか二人の恰好、お揃いじゃない?」
エンジニアの一人が気づいた。
「ホントだ。ペアルックみたい」
重原が笑うと、
「ペアルックとか死語ですから。年齢がばれますよ。今はカップルコーデっていうんですよ!」
と大貫が笑う。
(何がカップルだよ)
なんか。
昔にもこういうことあった気がする。
あの時、結城の隣にいたのは―――。
「店飲みだっつーのに。ちょっとは遠慮しろっつーの」
いつの間にか隣の席に来た梨央がくだを巻く。
彼女の存在に少しばかり安心する。
「次、何頼む?」
「んー。じゃあ、冷酒」
「お、いいね」
麻里子は店員に手を伸ばした。
「店員さん。冷酒―」
「おちょこ二つー」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
目の前に冷酒が置かれ、二人であっという間に空け、また頼んで、それも空け――――。
そこまでは覚えている。
気づくと、隣に座っていたはずの梨央の姿はなく、だらけたメンバーの半分ほどがもういなかった。
「あれ、人数少なくないですか?」
隣で、何やらサービスマネージャーと深い話をしている大貫の肩を叩く。
「え、もうとっくに会閉まったよ。麻里ちゃん、一本締め、一番大きな声でやってたじゃん」
ーーー記憶にない。
回る視界を振り飛ばすように左右に首を振りながら周りを見る。
(あれ―――?)
「大貫さん」
「うるさいよ。何?」
「ゆ――――坂井さんは?」
大貫はにやりと意味深に笑った。
「もちろん、結城と一緒に帰ったよ」
「いーなー!!」
そこらへんで寝っ転がっていたエンジニアの一人が起きる。
「絶対今頃、チューぐらいしてるよ、あいつら」
大貫がその男の頭を軽くたたく。
「酔っ払いすぎだぞー」
「えー。だって。見てたらわかるじゃないですか。坂井ちゃん結城さんのこと、好きでしょ。あれ」
ジンと胸が痛む。
急速に酔いが冷めていき、回っていた視界がカチッと止まる。
「つーかガード硬くて、全然お近づきになれなかった。狙ってたのになー」
エンジニアが自分の腕を目に当てている。
「あー、結城さん。彼女いるとか言って、振ってくれないかな」
大貫が笑う。
「それは、ない」
(む。なんであなたにわかるんですか)
麻里子は内心頬を膨らませた。
「彼女、いないんすか?あんなにイケメンなのに」
男が食いついて起き上がる。
「いや、いるかは知らん。でも、結城が坂井ちゃんの誘いを断るなんて、絶対にない」
「その根拠は?」
やけに自信ありげに言う大貫に思わず突っ込む。
「俺さ、見ちゃったんだよね」
大貫がニヤニヤと麻里子とエンジニアを交互に見る。
「夕方さ」
おかしくて仕方がないというように大貫が笑う。
「あいつ、一生懸命自分の車、掃除してんの。洗車して、室内清掃スプレーと掃除機使って。何してんだろうなーと思ったけど、こういうことだったのね、と思って」
車の、掃除ーーー?
結城の車の助手席には今まで何度となく乗ったことがある。
デスクは綺麗な結城だったが、車の中は、煙草の箱が転がっていたり、ガソリンスタンドでもらったボックスティッシュが投げてあったり、クリーニングしたてのワイシャツがそのまま後部座席に置かれたままだったり、結構ひどかった。
デートや旅行の時でさえ、室内清掃なんてしてくれたことはない。
「ーーー麻里ちゃん?もしかして気持ち悪い?」
黙り込んだ麻里子を大貫が覗き込む。
「いえ」
麻里子は目の前にあった冷酒の徳利をつかんだ。
飲めもしないのに、梨央はたくさん頼んでくれたらしい。
それをどっちが使ったかわからないおちょこに注ぐと、一気に飲み干した。