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『紗良』 川は、夜になると色を失う。
黒い水が、ただ流れている。
どこへ行くのか分からないまま。
手すりに寄りかかる。
冷たい。
屋上と同じ温度。
ここに来る理由は分からない。
でも来てしまう。
学校でも、家でもない。
誰にも見られない場所。
「……」
息を吐く。
白くなない。
まだ冬じゃない。
なのに、心の奥はずっと冷たい。
ふと、背後で音がした。
遠い、重い。
泊まりそうで止まらない歩き方。
心臓が一気に跳ねる。
振り向けない。
振り向いたら、いなくなる気がする。
それでも、気配は近づいてくる。
数歩後ろで止まった。
何も言わない。
ただ、いる。
風の音、川の音、呼吸の音。
そして――
隣に立つ気配。
視界の端に、黒いパーカー。
「……」
声が出ない。
喉が固まっている。
見なくてもわかる人。
あの人だ。
ずっと会えなかった人。
会えないままでいいと思っていた人。
なのに。
胸が痛いほど嬉しい。
最低だ。
「……久しぶり」
低い声。
小さい。
でもはっきり聞こえた。
涙が出そうになる。
泣いてはいけない。
優等生は取り乱さない。
「……」
返事ができない。
何を言えばいい?
謝罪?
挨拶?
何もなかったふり?
どれも違う。
沈黙が落ちる。
隣の気配は動かない。
逃げもしない。
ただ、そこにいる。
それだけで胸がいっぱいになる。
「……学校」
やっと声が出る。
かすれている。
「来てないんだね」
最低な
分かっていることを言っただけ。
でも、他に何も出てこなかった。
「……うん」
短い返事。
それ以上は続かない。
風が吹く。
髪が揺れる。
視界が滲む。
言わなきゃ。
ずっと胸に刺さっている言葉。
「……あの時」
声が震える。
止まれ。
崩れるな。
「ごめ――」
「いい」
遮られる。
優しくない。
でも強くもない。
ただ、疲れた声。
「もういいから」
胸が締め付けられる。
許されたわけじゃない。
拒絶されたわけでもない。
ただ、終わらせられた。
それが一番苦しい。
「……よくない」
思わず出る。
自分でも驚く。
止められない。
「よくないよ」
声が震える。
優等生の声じゃない。
ただの、弱い声。
「私、何も知らなくて」
喉が焼けるみたいに痛い。
「知らないくせに、あんなこと――」
そこで止まる。
言葉が出ない。
隣の人は黙っている。
逃げない。
否定もしない。
それが、余計に苦しい。
「……」
沈黙。
長い。
怖い。
逃げたい。
でも動けない。
そのとき、隣から低い声が落ちる。
「……知らなくて当然だろ」
顔を上げる。
初めて、ちゃんと横を見る。
暗くて表情はよく見えない。
でも目だけが、どこか遠くを見ている。
「話してないんだから」
胸が締め付けられる。
責めている訳じゃない。
ただ、事実を言っている。
それが余計に痛い。
「……でも」
声が出る。
止まらない。
「でも、私――」
何を言おうとしているのか分からない。
謝罪?
弁解?
違う。
本当は、
もっと別のこと。
「……来なくなったから」
言ってしまう。
取り返しがつかない。
「ずっと、待ってた」
静寂。
川の音だけが大きくなる。
自分の鼓動がうるさい。
言ってしまった。
優等生が一番言わない言葉。
依存みたいな言葉。
「……」
隣の人が、わずかに息を呑む。
それが分かる。
「……なんで」
掠れた声。
「なんで待つんだよ」
怒っていない。
困っている。
戸惑っている。
それが伝わる。
「俺の名前も知らないのに」
胸が強く軋む。
その通りだ。
何もない関係。
それなのに。
分からない関係。
それなのに。
「……分からない」
正直に言う。
初めて。
「でも、いないと」
声が震える。
止められない。
「苦しかった」
風が吹く。
涙が頬を伝う。
拭わない。
もういい。
完璧でいなくても。
「……」
長い沈黙。
隣の気配が、少しだけ揺れる。
拳を握っているのが分かる。
そして――
低く、震えた声。
「……俺もだよ」――
世界が止まる。
信じられない言葉。
「苦しかった」
続く。
かすれている。
「行かない方がいいって分かってたのに」
息が詰まる。
「気づいたら、来てた」
今にも壊れそうな声が聞こえた。
「……最低だろ」
自嘲するような笑い。
でも笑っていない。
「関わらない方がいいって思ってたのに」
喉が締め付けられる。
「……無理だった」
――その瞬間。
肩がを塚に震えたのが見えた。
嗚咽はない。
声もない。
ただ静かに――
崩れている。
胸が抉られる。
どうしていいか分からない。
触れていいのかも分からない。
ただ――
そこにいる。
同じ場所に。
同じ夜に。
『悠真』
最悪だ。
来るつもりなんてなかった。
ただ歩いてたら、ここにいた。
そして、見つけた。
あの背中。
屋上と同じ。
逃げればよかった。
なのに動けなかった。
隣に立ってしまった。
声をかけてしまった。
全部、自分のせい。
「……久しぶり」
言った瞬間、後悔した。
でも、もう遅い。
彼女は震えていた。
分かる。
見なくても。
同じだったから。
あの屋上で、ずっと。
謝ろうとしていた。
遮った。
聞きたくなかった。
許すとか、許さないとか。
そういう話にしたくなかった。
終わったことにしたくなかった。
なのに。
待ってた、と言われた。
頭が真っ白になる。
なんで?
どうして?
名前も知らないのに。
関係ないのに。
ただの他人なのに。
「……俺もだよ」
気づいたら言っていた。
止められなかった。
ずっと溜まっていたものが、勝手に出た。
苦しかった。
本当に。
屋上に行かないようにするのが。
思い出さないようにするにが。
全部。
「……最低だろ」
笑う。
笑えないのに。
胸が痛い。
息が苦しい。
隣にいる。
それだけで全部が揺れる。
関わったら壊れる。
分かっているのに。
「……無理だった」
言った瞬間。
堰が切れる。
涙が出る。
止めようとする。
でも無理だ。
声は出さない。
泣く資格なんてない。
ただ、肩が震える。
情けない。
惨めだ。
それでも止まらない。
「……っ」
歯を食いしばる。
視界が滲む。
夜の光がぼやける。
思い出す。
あの事故の日。
血の匂い。
名前を呼ぶ声。
動かなくなった手。
全部、自分のせい。
そのはずなのに。
今、隣のにいる人の存在が――
少しだけ、呼吸を楽にする。
それが怖い。
また、失うかもしれない。
だから近づきたくない。
でも離れられない。
最悪だ。
「……ごめん」
もう一度。
声が震える。
涙が落ちる。
止まらない。
暗闇でよかった。
見られていないと思えるから。
でも――
本当は、気づいている。
隣の人が動かずにいてくれることに。
逃げないでくれることに。
それだけで、少しだけ救われていることに。