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今日 11:14
夏休みに入り、聡美と会えなくなりました。メールでやり取りしていましたが、日に二回メッセージを送っただけで勉強に集中しなさいと怒られたので、連絡を取り合うのも夜の一回だけ。
連絡もなかなか取れなくなったので、会いたいなんてとても言い出せる状態ではありませんでした。実は一つ気がかりなことがありました。
一学期の終業式の日、男子トイレで手を洗っていると、トイレの入口付近で立ち話する聡美と友達の声が聞こえてきました。もちろん向こうは会話を僕に聞かれていることは知らないでしょう。
《八月に東星君と一日だけ遊べることになってさ》
東星一輝は雑誌の読者モデルに選ばれたこともあるという学校一のイケメン。二年生のとき同じクラスでしたが、今は聡美と同じ六組。
バレンタインデーに女子たちからプレゼントされたチョコレートが大きな紙袋五袋分もあって度肝を抜かれました。もちろん全部本命チョコ。僕? 義理チョコさえ一つももらえませんでした。
〈へえ。何して遊ぶの?〉
《決まってるじゃん。処女を捨てるんだよ》
〈えっ〉
《聡美もどう? 私から東星君に頼んであげようか?》
〈私、彼氏いるから……〉
《私だっているよ。でも初体験は人生で一度きりだから、やっぱり特別な相手としたいよね》
〈そうかな〉
《そうだよ。まして聡美の彼氏ってあの浮気者じゃん。向こうはほかの女とやりまくりだったんだよ。そんな男に処女を捧げるのは悔しくならない?》
〈そりゃあ、ちょっとはね……〉
聡美は僕の浮気についてその友達に相談を持ちかけていたようです。それはいいですが、やりまくりって何? 未遂だったのに。もしかして聡美は未遂だったと信じてくれてないのだろうか? 二人は女子トイレに入ったらしく、それきり声はしなくなりました。
それは夏休みが始まる前日の出来事でしたから、それから聡美と会ってません。聡美の気が変わって、夏休みのどこかで東星と会っていたらどうしよう? 気が気でない僕は悶々とした日々を送っていましたが、もちろんそんなことは彼女には言えませんでした。
八月下旬、長い夏休みが終わりました。夏休み中、僕は試験勉強で自宅に缶詰。彼女は学校図書館で本を読んだり、たまには市立図書館に行ったり、家族で旅行したりしていたそうです。
久しぶりに会った彼女はどことなく垢抜けていて、大人びて見えました。夏休み中に東星と会ったのでしょうか? それは怖くて聞けません。
「久しぶり」
「久しぶりに会ったんだから、もっと気の利いたことを言いなよ」
なんか違和感がありました。話をしていても、いちいち言葉にトゲがあるというか……
でも違和感は違和感。あからさまに態度が悪くなったわけでもないので、そこは見て見ぬふりするしかありませんでした。
二学期になっても席替えはしてくれず、相変わらず後ろの席の茶道部の三人による下品な会話を聞かされるのも不愉快でした。
「夏休みは擦り切れるほどやりまくったな」
「ただ二号は具合はいいけど貧乳なのが玉にキズだな」
「巨乳でも具合がよくないよりはマシだろ」
「一号だって最初はキツかったのに、使いすぎてユルくなっちまっただけじゃねえか」
「二号はそうならないようにもっと大事に使おうぜ」
「4Pさせてる時点で大事にしてないけどな」
大笑いする三人。人間が下品だから笑い方も下品でした。
あいつらは自分たちが性処理に利用している女の子を一号・二号と呼んでいるのでした。もっと露骨に穴呼ばわりすることもありました。
卒業して聡美と離れるのは嫌ですが、この連中と離れるために早く卒業したいと思いました。
九月下旬、いよいよ市役所職員の一次試験。試験まで緊張していましたが、試験が始まると緊張はなくなりました。出された問題はほとんど解答できました。
一次試験が終わり、聡美にこれからは昼休み以外もいっしょにいたいと提案しました。
「学力試験がないからって、二次試験を軽く見たら駄目じゃない!」
あっさり却下されましたがもっともだと思い、放課後は面接の問答集を作り上げたり、いろいろな先生に面接練習につきあってもらったりと忙しい日々が続きました。
十月、一次試験の合格発表。予想通り合格、二次試験に駒を進めました。
十月下旬、二次試験。個人面接は圧迫面接気味でしたが、なんとか乗り切りました。試験は全部終了。
「試験終わったよ。今度こそ君といられる時間を増やしたい」
「試験に落ちてたら?」
「民間の会社を受ける」
「じゃあ、まだ終わってないよね?」
あっさり玉砕。放課後は進路資料室に通い、数え切れないほどある求人票に目を通す日々に変わりました。三社ピックアップして会社見学もさせてもらいました。
二次試験がもし不合格だったら自動車部品の工場を受験しようと決めたのは十一月の二次試験合格発表日の直前。
二次試験の結果は――合格でした。
合格発表時間は正午。昼休みすぐ、誰よりも早く聡美に知らせました。
「合格したよ!」
「おめでとう」
「それだけ?」
キスしてほしいと思いました。実は浮気事件のあと、聡美は僕とのキスを拒否するようになっていました。仕方ないかと無理強いはしませんでしたが、公務員試験合格はキス再開の理由としては十分なものに思われました。
「私とキスしたい?」
「うん」
「ほかの女ともしたくせに」
取りつく島もないとはこのことです。
「君がまだキスしたくないというなら、せめてこれからは昼休み以外の時間もいっしょにいようよ」
「私はこれから受験なんだけど」
聡美の推薦入試は十日後。選考方法は面接と小論文。ただし指定校推薦だから受験すればほぼ受かると聞いてます。
「じゃあ受験が終わったら……」
「落ちるかもしれない。その場合、来年一般入試を受けることになるから受験勉強も始めないとね」
「合格することを祈ってるよ」
「確かに私が合格できたら、君といっしょにいられない理由はなくなるね。合格を祈ってくれるのは、私とも早くいやらしいことをしたいから?」
「そんなけんか腰にならなくても……。僕はただ好きな人に笑っててほしいだけなのに」
「君に浮気されてから、私は心から笑えなくなったよ」
「ごめん……」
「案外私がいなくたって、ほかの誰かが君の心の隙間を埋めてくれるんじゃないの?」
「…………」
どうして試験合格を伝えただけなのに、ここまで悪態をつかれなければならないのでしょう? 思わず目から涙がこぼれてきました。
「泣いてるの? 被害者ぶらないで! 君はただの加害者!」
そう言われると何も言い返せません。僕はおとなしく引き下がるしかありませんでした。
十一月下旬、聡美は推薦入試を受験。事件はその翌日に起きました。
放課後、生徒指導の教員数名が和室に突入しました。毎日そこが生徒同士のいじめの舞台になっているというタレコミがあったからです。和室は茶道部の活動場所。
教師たちは驚愕したそうです。茶道部員は永野大椰など僕のクラスの問題児三人。てっきり男子生徒同士のいじめだと思い込んでいたから。
被害者は井海佳乃。しかもいじめは性的なもので、突入時、佳乃は三人のうちの二人と性交中。残り一人はビデオカメラで撮影中。
問題児三人はそのまま無期限の自宅待機を命じられ、学校からの正式な処分を待たずに全員から退学願が提出されました。
佳乃は被害者でしたが、さすがに学校に残りづらかったようで、通信制高校に転校したそうです。
佳乃へのいじめは凄惨なものでした。無理やりではなかったと言い張るために、ビデオカメラで撮られた映像は佳乃が騎乗位で性交する場面が多かったそうですが、もちろんそんな抗弁が通るわけはなく、三人は後日警察に逮捕されました。
話はそれだけで終わりませんでした。茶道部の三人による性的いじめは、もともと佳乃をいじめていた女子たちがけしかけたもの。卒業間近だったこともあり何人かの保護者は抵抗したようですが、さらに四人退学していきました。
退学して当然だと思いました。女子のあいだで回されていたビデオテープを僕は目にしたことはありませんが、茶道部の男子が全裸の佳乃の膣に茶筅を挿入して、それで抹茶を点てさせるのを女子たちが囃し立てるような映像まであったそうです。
今日 11:15
茶道部の三人が教室に大人のおもちゃを持ち込んで卑わいな冗談を言い合っていたことがありましたが、今思えばあれは放課後に佳乃に使うためのものだったのでしょう。
佳乃は僕に救いを求め、試験勉強に手一杯だった僕は自分で戦えと拒絶しました。
「もう手遅れだよ」
と佳乃は笑いました。
「力になってやればよかったかな」
僕の問いかけに聡美は無言でした。茶道部の事件があってから聡美の口数が少なくなり、僕の浮気を責めることも悪態をつくこともなくなりました。彼女にもいろいろと思うところがあったようです。
十二月、聡美の推薦入試の合格発表があり、無事合格しました。昼休み以外の時間も僕といっしょに過ごすという提案に、聡美はもう抵抗しませんでした。
「鉄雄君がよかったら休みの日も会いたいな」
むしろ積極的で今までの拒絶は何だったのだろう? とかえって僕は戸惑いました。
クリスマスデートに憧れるのは男も同じ。でも聡美はその日自宅で家族と過ごすそうです。クリスマス直前の土曜日なら会ってもいいというので、その日に会うことになりました。ランチのおいしいお店を必死に調べてその日を迎えました。
午前十一時。お昼近い時間なのに、晴れていてもとても寒い日でした。
聡美のコーデは彼女らしくシックな雰囲気。白いシャツの上に黒いカーディガン、茶系のチェックの長いスカート。
冬だから露出が少ないのは仕方ないですが、ずっと拒否されていたキス再開はこれを機会になんとしても勝ち取りたいところ。
「何か食べたいものある?」
「別にないよ」
いきなりネガティブな反応を見せられて、態度が悪かった頃の聡美の様子が思い出されて不安に駆られました。
「鉄雄君、どこか行きたい場所ある?」
「いや、君の行きたい場所に行こうと思ってたから……」
「じゃあ、私のうちでいい?」
「えっ。迷惑になるんじゃ……」
「大丈夫。今日一日ほかに誰もいないから。だからデートを今日にしたんだよ」
「君に任せるよ」
手作りの料理でも用意してあるのでしょうか? 聡美の意図が分からず、僕は言われた通りにするしかありませんでした。
聡美の自宅は二階建てで白黒ツートンの今風な家。誰もいないと言っていたけど、本当はいるんじゃないか? そんな覚悟もしていましたが、本当に誰もいないようでした。
真っ先に聡美の部屋に連れていかれました。エアコンの効いた部屋は快適で、クリスマスだからといって無理に寒い屋外でデートすることもないかと思えました。
僕は勉強机とセットの椅子に座り、聡美はベッドに腰掛けています。
「私の部屋どう?」
「本棚に本がたくさんあって君らしい部屋だよね」
「私が本好きなのは間違いないけど、鉄雄君はそれ以外の私を知らないの?」
最近僕といてもずっと怒ってばかりだってことも知ってるけど、それを言えばまたケンカになりそうだから黙っていました。
「鉄雄君、隣に来て」
「うん」
聡美はカーディガンを脱いで白いシャツ姿。エアコンが効きすぎて暑いのか、シャツの上の方のボタンをいくつか外しています。
分かってる。誘ってると勘違いしたら地獄に落とされるパターンだ。
最近はいっしょにホテルに入ったからと言ってセックスに同意したと見なしてはいけないそうですが、二十四年前のその日、僕が恐れたのはまさにそのことでした。聡美が自分の部屋に僕を連れてきたのも、自分の部屋を僕に見せたかっただけです。きっと他意はないのです。
「いい部屋だよね」
「部屋なんてどうでもいい!」
今度はなんで怒られてるんだろうと暗くなった気持ちを、聡美の次の言葉が吹き飛ばしました。
「学校の教室と違って誰にも見られる心配がないんだよ。どうしてキスもしてくれないの?」
どうしてって散々君に拒否されたから。
なんて言い返すのは野暮というものでしょう。
僕はチュッと聡美の唇にキスをしました。何ヶ月ぶりだろう? 僕は言葉にならないくらい感激していましたが、聡美の表情は怒ったままです。
「そんなのキスじゃない!」
聡美は両手で僕の顔を押さえつけて自分の唇を僕の唇に押しつけました。しかもなかなか離しません。一瞬で終わらないキスは初めてでした。しかもそれを聡美の方からしてくるなんて――
僕からやめさせる理由はないから、聡美の好きにさせておきました。
もしかして僕がいつか佳乃にしたようなことをしても拒まれないんじゃ?
一瞬そんなよこしまな思いが脳裏をよぎりましたが、すぐに意識から振り払いました。いっしょにホテルに入ったからといってセックスに同意したわけではないとすれば、キスしてくれたからといってそれ以上の行為に同意したわけでもありません。
佳乃とあんなことになってどれだけ後悔したことか。長い長いキスに気が遠くなりながらも、聡美を怒らせないように細心の注意を払うことは忘れませんでした。
どれくらい時間が経ったあとか分かりませんが、ようやく聡美が唇を離しました。ますます顔が怒っていて、ますます僕は戸惑いました。
「井海さんの裸を見て体にさわったって言ってたよね? どうしてそれを私にはしないの? 私に魅力がないから?」
「あのとき理性をなくしてすごく後悔した。だから君の前では理性を失いたくないんだ」
「理性?」
聡美はシャツのボタンを外し始め、スカートも脱ぎ、あっという間に下着姿になりました。上下おそろいの薄い紫色の下着でした。
「そんなもの私にもないよ」
もしかして聡美はツンデレだったのでしょうか? ずっと僕に冷たくしていたのはただのポーズで、本当はもっと早くこうなりたいと願っていたのでしょうか?
「聡美さん……」
「鉄雄君も脱いで」
「うん」
トランクス一枚になった僕に、聡美は「全部」と追い打ちをかけます。もちろん言われた通りにしました。
十分に勃起しているそれを隣から見下ろして、彼女が何ごとかつぶやきました。
「…………」
「えっ」
「なんでもない」
〈えっ、小さい〉と言ったように聞こえたのですが気のせいでしょう。
「ブラを取って」
「うん」
彼女の背中に両手を回して外しにかかりましたが、うまく外れません。
「井海さんのときはうまくできたのにね」
「彼女は最初から下着をつけてなかったんだよ」
「そう……」
聡美は自分からブラを外し、ついでにショーツまで脱ぎ捨てました。
初めて見る彼女の胸はずいぶん小さく見えました。でも僕が女の子の裸を見るのはまだ二人目。無意識のうちに比べてしまいましたが、最初に見た佳乃の胸が大きすぎただけで、実際は普通の範囲内なんじゃないかと思い直しました。
「ごめんね、小さくて……」
さっき聞き取れなかった聡美の言葉は、自分の胸のことを言っていたのかもしれません。うつむく彼女の顔を上げさせ、僕からまたキスをしました。
「僕は君の全部が好きだ」
「本当?」
「うん」
「ちょっと待って」
彼女は僕をお風呂に誘いました。そして見たことないほどいきり立つ僕のそれに熱いシャワーを浴びせ、石けんで念入りに洗ってくれました。
「私の中に入るものだから、愛情を込めて洗わせてもらうね」
清潔好きな彼女らしいなとますます彼女に好感を持ちました。
視線を下に移すと彼女の下腹部は無毛でした。既視感と違和感。もちろん佳乃のそこも無毛だったからこその既視感。ただ違和感の正体は結局分からないまま。
すでに理性は風前の灯となっており、それを見た瞬間、なけなしの理性もどこかに吹き飛んだからです。彼女の部屋に戻った五分後には、僕らはもう一つになっていました。
今日 11:16
思えば僕はこのとき感じた違和感をもっと重く受け止めるべきだったのです。僕が聡美との最初の行為について細かく書いてきたのは別にのろけたかったからではなく、あまりにスムーズにことが運びすぎているとあとになって気づいたからです。
彼女は手慣れていて初めての僕を優しく導き、しかも用意周到でした。避妊を要求されて僕はうろたえましたが、彼女はすでに避妊具を手元に用意していました。避妊具を僕の性器に装着したのも彼女です。
初めてで加減の分からない僕はひたすら思い切り突きまくりました。彼女がウッとうめくのを聞いて、僕は動きを止めました。
「ごめん。痛かった?」
「やめないで、カズキ君!」
僕の、今まで猛り狂っていた部分が瞬時に萎えていくのが分かりました。
「カズキって誰?」
「あっ」
テツオとカズキ。一文字も合ってません。言い間違えたという言い訳は通用しません。
「君は初めてじゃなかったんだね」
聡美はベッドの上で無防備な姿を晒しながら、言い訳のしようもなく沈黙しています。理性を取り戻してすぐに東星一輝のことを思い出しました。
「相手はやっぱり東星一輝?」
そういえば聡美と東星は同じクラス。僕の目を盗んで会うことは難しいことではないでしょう。僕に浮気された仕返しは保留になっていました。目には目をと言わんばかりに、聡美は浮気の仕返しに浮気という手段を選んだのでしょうか?
「夏休み前に君の友達が東星相手に処女を捨てると君と話していたのを聞いたんだ。君は誘われて断ってたから、安心してたんだけど……」
「ごめんなさい」
どうせだますなら謝らずにだまし通してほしかった。聡美はベッドの上で体育座りして、顔を膝に押しつけて泣き出しました。でも泣きたいのはこっちでした。
「君は信じてないようだけど、僕は本当に未遂だったのに」
「それは疑ってないよ」
「疑ってないならどうして? 君は浮気された仕返しに浮気し返したんじゃないの?」
聡美は相変わらず泣きじゃくるだけ。女の子と行為したのも初めてなら、女の子を泣かせたのも初めてでした。僕のちっぽけな心の器ではキャパオーバー。もうどうしていいか分かりませんでした。
「どうしても無理なら仕方ないけど、もし許してくれるなら私は君にとって最高の彼女になってみせる」
「最高の彼女……」
それがどういうものかイメージできなくて困りました。そもそも最高の彼女は浮気しないだろうし、行為中にほかの男の名前を呼んだりもしないだろうと思うのですが。
立場が逆になりました。聡美の罪を僕が許すか許さないか。許さなければ彼女を失うし、許せばもやもやした気持ちが残り続けます。
彼女の友達は、
「初体験は人生で一度きりだから、やっぱり特別な相手としたいよね」
と言っていました。
つまり聡美にとって僕は特別な相手ではなかったということ? 人生で一度きりの初体験を特別な相手と済ませたから、ようやく僕にも体を許す気になったということ? もやもやの正体はこれです。
そうかと言って、たった一度の過ちを許せないのも心が狭い気がします。聡美は今全面的に非を認めて、僕に許しを乞うています。東星に処女を奪われても、心まで奪われたわけではないようです。
今どき、相手が処女かどうかにこだわるのも格好よくない気もします。過去より未来。親も学校の先生も、大人はみんなそう言っています。おそらくそれは正しいでしょう。
胸に渦巻く怒りと悲しみも、いつか時間とともに薄れていくでしょう。すべてを笑い話にできる日が来るとは思えませんが、忘れて思い出さなくなる日ならいつか来るでしょう。
「聡美さん」
「呼び捨てでいい」
「さ、聡美」
思わず噛んでしまいました。
「僕は君を許したい」
「ありがとう!」
「まだ許してない。というか許せない」
「うん……」
「今のまま交際を続けよう。君の力で僕を変えてほしい。君を許せない僕から、君を許せる僕に」
言葉にならなかったらしく、聡美は僕の胸に顔をうずめてずっと泣きじゃくっていました。僕も彼女の背中に両手を回し、いつまでも抱きしめていました。
高校を卒業して、聡美は大学に進学し、僕は市役所に就職しました。お互い時間を合わせて週末に必ず会い続け、その年の秋、もう許したよと僕は宣言しました。