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「海が見たい!!」
珍しく博麗神社に訪ねてきたフランドール・スカーレットことフランは開口一番にそう言った。
後ろに保護者ヅラで控えるレミリアは何も言わずににこにことその様子を見ている。
幼子のような純粋無垢な瞳をきらきらさせてこちらを見上げる自分よりはるか年上の吸血鬼。
魔理沙は助けを求めるように霊夢を振り返った。
霊夢はにっこにこの笑顔で
「行ってきなさい」
とダブルピースを立てる。
あの野郎私に押し付けやがったな…と天を仰ぐ魔理沙。
かくして、2人はめでたく人間界にお出かけすることになったのであった。
さて。
人間界側の博麗神社をくぐり、無事に海辺にたどり着いた魔理沙一行。
不可視の結界を張った、決して広くはないスペースで見た目相応の遊び方をするフラン。
波打ち際。
寄せて返す波を追いかけ、追いかけられて甲高いはしゃぎ声をあげる。
魔理沙は先のレミリアのように保護者同然の優しい顔でそれを見ていた。
地上から2m程浮かせた箒。
器用にバランスをとって座り、フランの邪魔をしないように見守っていた。
橙色の日は落ちきって、星がきらめき始める。
満点の星、といおうか。
やたら大きく見える月がフランの顔を照らし、幻想的な空気を作り出す。
砂浜が銀色に染まり、夜空に負けじときらめいた。
浮かぶ魔理沙の影が砂浜に落ち、波と交わる。
魔理沙の金髪が月光を吸い、この世のものとは思えないほど綺麗に染め抜かれた。
ただの海岸。普通の夜空。
それでも、ここの人間ならざるものたちがそこに加わるだけでその、”普通”が輝いた。
やがて月が落ち、朝日が差し込んだ。
魔理沙は箒から降り、飽きずに遊び続けるフランに声を掛ける。
「帰るぞ。この結界は今夜限りだからな。そろそろレミリアが心配するんじゃないか?」
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貼り直すこともできるけど、という言葉は伏せておく。
フランはえー、と不満そうな表情を見せるが、言う事を素直に聞けば、また連れてきてくれるかもしれないという一縷の希望にかけててくてくと歩き出した。
よし、と笑った魔理沙の影を踏み、博麗神社から幻想郷に戻る。
まだ薄暗い幻想郷を、ばいばーい!と手を振りながら駆けていき、まもなくその背中は闇に溶けて消えた。
魔理沙は小刻みに揺れる背中を最後まで目を細めて見守っていた。
あれから、何十年も経った。
博麗神社で霊夢と茶をしばいていた魔理沙は、見覚えのあるオレンジ髪をいち早く視認する。
幻想郷に長くとどまった影響か、年を重ねても見た目こそ変わらない魔理沙にも、ちっとも変わらず少女のままのフランは眩しく見えた。
「海、行こうよ。魔理沙」
もう500年以上生きた吸血鬼は、ここ数十年でわずかにでも成長したらしい。
少しだけ、落ち着いた口調だった。
「…ああ」
あの時の海。
以前訪れた時と全く変わることなく、綺麗なままだった。
変わったのは私だけか、と自嘲気味に笑う。
前と同じように箒を浮かせてそこに座る。
とっくに日が沈んだ海岸。
銀色の砂が眩しく輝く。
少しは大人びたと思っていたが、フランは無邪気に笑い、波を追いかける。
前と変わったのは魔理沙だけだった。
かつて、あれほど綺麗にきらめいていた金髪は色褪せて、もう月光をはね返すことはない。
あれだけ力強かったのに、今はもう柔らかく微笑むだけで。
永遠に近い時を生きるフランには気付けないだろう。
魔理沙の寿命に、もうあとほんの少しの猶予しか残っていないことなんて。
口元が僅かに緩む。
今日も、あの子はまた行こうね!と言うのだろうか。
私の後ろにぴったりくっついて一生懸命に後をついてくるのだろうか。
ばいばいって手を振るのだろうか。
また…行くことはないのかもしれない。
その約束を、守れないかもしれない。
どうしようもない寿命の違い。
私のことなんてすぐに忘れるのかもしれない。
また他の誰かとここを訪れるのかもしれない。
いつまでも、無邪気に笑っていて欲しい。
ずっと幸せに生きてくれ。
嘘を積み重ねた人間の、最後の願い事。
魔理沙の体が箒から滑り落ちて音もなく砂浜に着地する。
まもなくして、魔力供給が途絶えた箒が不時着してパタンと倒れる。
振り返ったフランの目が見開かれ、口がわずかに動き、単語を紡ぐ。
まりさ。
もう帰ってこない少女の名前。
寿命が尽きた人間の名前。
月が陰り、あんなに輝いていた砂浜が光を失う。
月にかかった分厚い雲。
もう晴れることは無いだろう。
フランがこぼした大きな涙が魔理沙の服に染みこんで跡をつける。
大きな宝石がついた羽を背負った背中が丸まった。
色々なものを破壊した少女は。
たくさんの、たくさんの悲しみを知って優しくなった少女は。
その数え切れない罪を持った小さな手で、魔理沙のスカートを握った。
破壊するばかりだった少女は、人のために泣けるようになった。
今までと変わり静かになった海岸に。
大切なものを失った悲しみが、
脆く弱い人間の儚さが、
それでも、他人の幸せを願うことができる人間の強さが。
じっくりと染み込んでいった。