コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
まじまじと自分を直視する宮本を見、野木沢は小さなため息をついて、考えをまとめながら口を開く。
「ステアリングホイール、つまりハンドルは車の舵を切る大事な部品でしょ。それってふたりにピッタリだと思ってね。それと指輪のモチーフにしやすいことも、理由のひとつかな。よぉく見ないと、ただの指輪にしか見えないし」
「なるほどな。よく見ないとわからないふたりの秘密みたいで、すげぇいいと思う。なっ、雅輝?」
「…………」
「雅輝?」
橋本はだんまりを決め込む宮本の肩に手をやり、軽く揺さぶった。それでも野木沢を見たまま、微動だにしない。
「おい、雅輝」
「やっぱりすごいです、野木沢さんは!」
さきほどよりも瞳を見開き、キラキラしたまなざしを向ける。その様子を目の当たりにした瞬間、橋本は嫌な予感がよぎった。
以前なんの気なしに、宮本が好きそうな二次元のキャラを褒めた際に見せた感じと非常に似ていたため、テンションが爆上がりすることに思い至ったからだった。
「雅輝、落ち着け。ここは外なんだから、あまり興奮するな」
「これが興奮せずにいられますか。野木沢さんの天才すぎる才能を、こんな俺たちのために使わせたんですよ」
必死に宥めようとする橋本に、宮本はそんなの知ったこっちゃないといった感じで、声を大にした。
「陽さんとのお揃いの指輪がステアリングホイールなんて、本当に夢みたい。実際の物を見ていないのに、指輪をしているところを想像できちゃうのが、このイラストのお蔭なんでしょうね。すごいなぁ」
わざわざ書類を手に取り、嬉しそうに眺める宮本に、野木沢はお腹を抱えて笑いだした。
「野木沢?」
「橋本がたじろいでるところ、はじめて見た。一筋縄ではいかないってところが、宮本様の魅力のひとつなのかもしれないね」
「まぁな……。最初は俺が主導権を握っていたんだけどさ。気がついたら思いっきり翻弄されて、手に負えないって感じなんだ」
宮本について話し込むふたりを無視して、宮本は相変わらず書類に見入る。
「陽さんのネクタイピンを注文したときも、俺の想像以上の物を作ってくれたし、野木沢さんに頼んで本当によかった」
嬉しげに瞳を細めながら、なおも独り言をブツブツつぶやく宮本の隣で、橋本は額に手を当てて、がっくり俯く。
「野木沢悪いな。雅輝は興奮してひとりの世界に入っちまうと、現実に戻ってくるまでに、ちょっと時間がかかってさ」
「わかってる。ネクタイピンのときもそうだったし」
「うわぁ、それは迷惑かけたな」
「全然。むしろ感謝してる。こうして素直なリアクションを見ることができるのは、創作者冥利に尽きると思ってね。なんていうのかな、初心に戻れる感覚だった」
野木沢は照れくさそうな表情で、橋本に説明する。穏やかなその様子に、安堵のため息をついた。
「そうか……」
「この仕事をしていてよかったって、心の底から思えた。だから橋本も宮本様に負けないくらいに、僕の目の前で喜んでほしいんだけどな?」
ショーケースから身を乗り出して橋本を見上げた野木沢に、橋本は俯かせていた顔をあげながら、顎を引いて距離をとった。
「これでも喜んでるって。すげぇ嬉しいんだけど」
「そんな言葉だけじゃ、僕は満足できない。現物を作るのには、お客様からの期待するエネルギーが必要なんだよ」
「陽さん、もっと喜ばなきゃ駄目です。野木沢さんの創作意欲を高めないと、俺たちの指輪が完成しません!」
突如会話に乱入してきた宮本を見て、橋本は思いっきり顔を歪めた。鼻の穴を大きくしながら自分に迫る恋人の迫力は、正直困り果てるもので、煙に巻くにも手がかかると思わされた。
「ちょっ、めんどくさい注文をつけるな……」
「俺たちの指輪の出来具合にかかってるんですよ。ねぇ野木沢さん」
「そうだそうだ。橋本の喜んでるところをちゃんと見ないと、僕は手を抜く可能性だってあるかも?」
宮本と野木沢のふたりに要求された橋本は、辟易しながらも両手をあげて作り笑いをし、喜んでいるところをアピールして、無事にコンプリートしたのだった。