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夏目莉央
1,537
131
くま🐻☁️
12
「道が悪いところ、来ていただいてありがとうございます」
陶芸家の柳元さんが、私たちを出迎えてくれた。
作務衣の上にダウンを着込んでいるが、頭には手ぬぐいを巻いている。いかにも芸術家らしい格好だ。
山頂は木々が切り開かれていて、草原のように広々としていた。
木造平屋の大きな家が居住棟で、その奥には陶芸に使う土や釜が置かれた作業棟がある。
もっと気難しい人を想像していたけれど、柳元さんも、ここで働くスタッフも、どこかのんびりしている。
「今日は遠いところ、本当にありがとうございます」
「こちらこそ、お時間をいただいてありがとうございます」
私が頭を下げると、柳元さんはにこりと笑った。
挨拶を終えると、まずは作業場を案内してもらうことになった。
「今は何をされているんですか?」
「作品の乾かし作業です」
広い敷地の中央には、簀の子が何枚も平置きされていた。
その上には、小さな湯呑みやティーカップが所狭しと並べられている。
けれど、どれも形が少しずつ歪んでいた。
「これは……?」
「遠足で来た小学生の作品なんですよ」
柳元さんが嬉しそうに説明してくれる。
「みんな真剣に取り組んで、唯一無二の作品になりました。これから納屋でしっかり乾燥させていくんです」
「なるほど」
私は並べられた作品を一つずつ眺める。
大人が作るものとは違って、どれも不揃い。
それなのに、なぜか見ているだけで楽しくなってしまう。
「みんな個性があって素敵です。どんな作品が出来上がるか楽しみですね」
思わず笑みがこぼれた。
「子供たちの純粋な作品は、芸術の原点を見るようで楽しいですよ」
柳元さんも目を細める。
その言葉に、私はなんとなく納得してしまった。
上手に作ることだけが、芸術ではないのだろう。
自分が感じたことを、そのまま形にする。
それこそが、この子たちにしか作れない作品なのかもしれない。
その後、柳元さんは私たちに、自分たちの作業場まで見せてくれた。
「土づくりは、理系のスタッフが化学式レベルで調整をしています。土は作品の命ですからね」
柳元さんは、水分調整中で寝かせてある粘土を手に取った。
その粘土を眺める目は、まるで我が子を見るように優しい。
「こんなに細かく調整するんですね」
「ええ。土の状態が少し違うだけでも、仕上がりが変わります」
そう言いながら、粘土をそっと撫でる。
「釉も化学反応を利用して変化を出しています。そして、作品の造形を生み出すのが私の仕事です」
「なるほど……」
「自分の感性も大事ですが、売れる作品を作らないといけない。本当に責任重大ですよ」
その言葉には、陶芸家としての強い覚悟が込められていた。
「世界で売れる作品を生み出す力が、このアトリエにあるんですね。素晴らしいです」
それはお世辞ではなかった。
柳元さんの作品にかける想いは、さすがプロだと思う。
土を選び、調整し、形を作り、焼き上げる。
手塩にかけて育てたものが、立派な作品になったときの喜びは、きっと大きいのだろう。
(少しだけ……子育てに似ているかもしれない)
私は一人、軽く肩をすくめた。
釜焼きの様子を見せてもらっていた、そのときだった。
「雨が降りそうです! 作品を中に入れてください!」
スタッフが突然、大声でアナウンスした。
「え?」
私は驚いて空を見上げた。
さっきまで雲一つなかった空が、いつの間にか灰色の雲に覆われている。
「子供たちの作品が濡れてしまう!」
柳元さんも慌てて作業に入った。
スタッフたちが一斉に簀の子へ駆け寄っていく。
私たちは一瞬、その場に取り残された。
思わず、朝倉くんと顔を見合わせる。
「あんなに晴れていたのに、いつの間にか曇天ですね」
「そうね……」
雨が降り始める前に、作品を中へ入れなければならない。
すると、朝倉くんと目が合った。
「もちろん」
「やるでしょう」
言葉はそれだけ。
けれど、私たちの意思はすぐに伝わった。
阿吽の呼吸だった。
私は鞄を置き、ジャケットを脱ぐ。
朝倉くんもすぐに上着を脱いだ。
「お二人とも、スーツが汚れますから、あちらで待っていてください!」
事務の女性が心配そうに声をかけてくれる。
けれど、私たちは動きを止めない。
「子供たちの大切な作品ですから」
私が答えると、
「人の手が多いほうが早く終わります」
朝倉くんも続けた。
「それじゃあ、お願いします!」
「はい!」
みんなで一斉に作品を運び始める。
小さな湯呑み。
歪んだティーカップ。
どれも子供たちが一生懸命作った大切な作品だ。
落とさないように慎重に、それでいて雨が降る前に終わらせるため、急いで運び込んでいく。
「あと少しです!」
「こっちは大丈夫!」
「最後、お願いします!」
声を掛け合いながら、最後の簀の子を納屋へ運び込む。
その直後だった。
ポツン。
頬に冷たいものが当たった。
「降ってきた……!」
そう呟いた瞬間。
ザーッ!
灰色の空から、一気に雨が降り出した。
私たちは軒下へ駆け込んだ。
目の前には、まるで槍のような雨が降り注いでいた。
「間に合ってよかった……」
私は胸を撫で下ろした。
朝倉くんを見ると、彼も少し息を切らしている。
「本当に、ギリギリでしたね」
「うん」
二人で顔を見合わせ、小さく笑った。
すると、柳元さんがこちらへやってきた。
「二人のおかげで助かったよ」
「いえ、みんなで運んだだけですから」
「それでも助かった。さあ、中に入って。契約の話もしないとね」
「……!」
ついに本題だ。
私は朝倉くんと目配せをする。
彼も小さく頷いた。
私の手には、自然と拳が握られていた。
(ここからが、契約を取るための本番だ!)
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