残された羽音は再びスタジオ内へと入って行き、それを見届けた蒼央は何事も無かったかのように車を発進させた。
スタジオを出て暫くは無言のままの状態が続いたものの、先程のやり取りが気になって仕方が無かった千鶴は信号が赤になって止まっているところで、「あの、蒼央さん。先程の方とは……ただの知り合いという訳では、ないんですよね?」と核心を突いた質問を投げ掛けると、
「……だとしたら、何かあるのか?」
そんな千鶴の問いに、どこか冷めた様子で返す蒼央。
「……いえ、そんな事は……」
あまりにも冷たい蒼央の返しに千鶴は何も言えなくなってしまうと、会話はそこで途切れてしまった。
そのまま無言の時間が続き、気付けば千鶴の自宅アパートまで後少しの距離に差し掛かる。
このまま別れてしまっては羽音についての話を聞く機会を逃してしまう、もう二度とこの話題を出せる機会は訪れないのではないかと考えた千鶴はアパート前に辿り着き、蒼央が車を停めたタイミングで、
「――蒼央さん、お話があります。少しだけいいですか?」
話したい事があると告げて蒼央の方へ視線を向けた。
そんな彼女が何を言いたいのか何となく気付いていた蒼央は、
「……分かった。それじゃあ少し車走らせるか」
千鶴の言葉に頷くと、再び車を走らせてアパートから遠ざかって行った。
「――それで、話ってなんだ?」
特に宛も無く車を走らせる蒼央は、なかなか話し出さない千鶴に問い掛ける。
「……先程の女の人……羽音さんのことですけど……先日、蒼央さんが見せてくれたアルバムの中に写真がありましたよね」
アルバムを見ていた時に羽音の写真があったことを告げると、
「ああ、そうか。そう言えばそうだったな」
蒼央は納得したように頷き、
「――アイツと俺は同時期に活動を始めた戦友みたいなものでな、夢を追いかける熱意も同じで、よく夢について語り合う仲だった。アイツがモデル、俺はカメラマン、練習するにもベストな関係だったからな、俺はよく羽音を被写体に写真を撮っていたんだ」
蒼央の口から羽音との関係について語られていく。
当事者の話というのは他人が話をするよりも親密さが浮き彫りになるのは当然のこと。
蒼央が過去を振り返るように羽音との思い出を語るたび、千鶴の胸はチクチクという軽い痛みからズキズキと重い痛みへ変わっていく。
話のきっかけを作ったのは自分だったものの、これ以上羽音との思い出話を聞かされることが耐えられなかった千鶴は、
「――少し前、久保田さんにお会いした際、蒼央さんが電話で席を立っていた時に、言われたことがあるんです……私と羽音さんが、よく似ているということを」
羽音という名前を知ることになった大翔との会食の日に彼から言われた言葉を蒼央に告げ、
「その時はその意味がよく分からなかったんですけど、今日、蒼央さんと羽音さんが話をしている光景を見て、分かった気がします。もしかして私は、羽音さんの代わりなんじゃ、ないですか?」
羽音という存在を知った時から感じていた『自分は彼女の代わりなのではないか』という疑問を蒼央に投げ掛けた。
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