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最初に違和感を覚えたのは、
街が静かすぎたからだった。
無音ではない
車の走行音も、信号の電子音も、人の話し声もある。
ただ、それらすべてが一段階低い場所で鳴っているような気がした。
まるで、街全体が透明な水の底に沈み、
自分だけがその水面近くに取り残されたみたいだった。
駅へ向かう途中、足が止まった。
アスファルトに、細い亀裂が一本走っている。
昨日まで、確かになかった。
補修の跡もない。
ただ、地面が自分から割れたような、不自然な線。
しゃがみ込んだ瞬間、
――コン
と、地面の奥で何かが鳴った。
金属を叩いたような音だった。
でも、距離感がおかしい。
すぐ足元ではなく、 何十メートルも下から響いてきたような深さ。
顔を上げても、周囲の誰も気にしていない。
イヤホンをつけたまま歩く人、
スマホの画面を見つめる人。
この街では、異変は「見ようとしなければ存在しない」。
学校に着くと、さらに確信に近づいた。
一階の廊下の天井が、低い。
ほんの数センチ。
でも、感覚は嘘をつかない。
ドアの上に貼られた掲示物が、
昨日より確実に近い。
背伸びをしなくても、端に触れそうだった。
昼休み、友達が冗談めかして言った。
「ねえ、この学校、縮んでない?」
笑い声が起きて、
その話はすぐに消えた。
異常は、笑われた瞬間に現実じゃなくなる。
でも、消えなかった。
床の感触が、わずかに柔らかい。
体育館の入口で、床が一瞬沈んだ気がした。
放課後、川沿いの道を歩いた。
水面が、やけに高い。
増水にしては流れが穏やかすぎる。
柵の向こうを覗き込み、
その瞬間、理解してしまった。
水位が上がったんじゃない。
街が、下がっている。
ビルも、道路も、橋も、
すべて同じ方向へ、同じ速さで。
沈んでいる。
真下へ。
そのとき、足元が沈んだ。
一瞬だけ、確実に。
砂に足を取られたような感覚。
慌てて後ろへ下がると、
何事もなかったかのように元に戻る。
心臓の音だけが、やけに大きい。
夜
ニュースでは「異常なし」が繰り返されていた。 地盤データ、水位、観測数値。
すべて正常。
でも、窓の外は違う。
ビルの灯りが、昨日より低い位置に並んでいる。
星の位置は変わっていない。
空も、月も、同じだ。
動いているのは、街だけだ。
そのとき、スマホが震えた。
知らない番号からのメッセージ。
「気づいた?」
「重力は、もう平等じゃない」
指先が冷たくなる。
「選別が始まった」
「沈むものと、沈まないもの」
送信者の名前は表示されていない。
返信する前に、
遠くで、地面が深く息を吐いた。
次の瞬間、
どこかで警報が鳴り始め た。