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照明の熱が肌にまとわりつくような初日リハーサル。
楽屋に戻ると、大森元貴は静かに息を吐いた。舞台での演技は好きだ。だが、今回の相手役——菊池風磨にだけは、何故か呼吸が乱れる。
「よく頑張ったね。緊張してた?」
振り向くと、そこにはいつの間にか風磨が立っていた。タオルで汗を拭きながら、余裕の笑みを浮かべている。
「……別に。普通だし」
元貴はそっけなく答える。けれど、視線は自然と彼の首筋へと落ちていた。汗で少しだけ濡れた鎖骨。体温の高さを想像させるその姿が、妙に目に焼きついた。
「ん、じゃあこれは“普通”のご褒美ってことでいい?」
「は……?」
言い終わらないうちに、風磨が元貴の頬に手を伸ばしてきた。指先が柔らかく皮膚に触れる。触れ方は優しいのに、なぜか逃れられないような圧がある。
「舞台の上じゃ、キスシーン止まりだけど……オフの時間は、もっと深く教えてあげてもいいんだよ?」
「な、何言って……」
「顔、赤くなってる。可愛いね、先生」
耳元で囁かれるその呼び方に、元貴は心臓を撃ち抜かれた気がした。そう——今回の舞台で、彼は風磨の“演技の先生”という立場だった。だが舞台裏では、どうやら立場が逆転しつつある。
「俺、そういう顔されると調子乗るタイプなんだよね。……もう少し煽ってもいい?」
風磨の指先が顎のラインをなぞる。ぞくりと背筋が粟立った。優しさと支配が混じり合ったその仕草に、元貴は思わず目を逸らした。
「……あんた、性格悪い」
「うん、自覚あるよ? でも、気持ちよくされるのは嫌いじゃないでしょ?」
答えられない沈黙。だが風磨は追い詰めるように、さらに距離を詰めてきた。
「ねぇ、今夜さ。俺の台詞チェック、つきあってくれる?」
「……演技の?」
「そう。ベッドの上で、再現しよっか。さっきのキスシーン——その、続きを」
その声はあくまで穏やかで、けれど有無を言わせない強さを孕んでいた。
——これは、ただの共演じゃ終わらない。
大森元貴はそのとき、ようやく自覚するのだった。舞台が終わったあとも、きっとこの男には、振り回されるのだと。
ホテルの一室。舞台稽古を終えたばかりの体には、ベッドの柔らかさが妙に馴染んでしまう。
「……ほんとにやんの?」
「やるって言ったじゃん。嘘つかないよ、俺」
風磨は軽く笑って、元貴の手首を掴んだ。そのままぐっと引き寄せられる。ベッドの上に倒れ込むと同時に、風磨の体重がのしかかった。
「待っ……て……っ」
「やだよ。止める理由、どこにある?」
言葉より先に、唇が塞がれた。浅いキスなんかじゃない。舌が割り込むように、深く、激しく、喉の奥まで絡め取るように攻めてくる。
「ん、っ……はっ……」
呼吸すらままならない。風磨の手がシャツの裾を乱暴にまくり上げ、素肌に触れる。熱い手のひらが腹を這い、肋骨に沿って指を滑らせる。
「ほら、声我慢しないで。……もっといい声、出してよ、先生」
その呼び方が、いやらしく耳に響いた。演技の先生だったはずなのに、今や風磨の手の中で無力になっていく。
「だって……やだ、んっ……っ」
「ほんとは、されたいくせに」
指が下腹部をなぞる。下着越しに、反応しているのがバレてしまう。風磨はそこに唇を落とし、熱い吐息を吹きかけながら囁いた。
「ね、こんなになってて……止められるわけないじゃん」
下着の中に指を差し込まれた瞬間、元貴は背を仰け反らせた。風磨の指は容赦なく敏感な部分を探り当て、執拗にいじってくる。
「やっ……だ、やめて、やだっ……」
「やだ、の意味が……もうわかんなくなってきたでしょ?」
冷たく笑って、風磨は指を抜き取った。その代わりに、ベッド脇の鞄から何かを取り出す。
「……準備、してたの?」
「するに決まってんじゃん。元貴が、逃げられないくらい、ちゃんと落とすって決めてたから」
ゴムとローション。視界にそれが入った瞬間、抗う力はすべて溶かされたように抜けていく。
——こんなの、どうやって勝てるわけがない。
風磨は、そんな元貴の絶望的な顔さえも楽しむように、身体を密着させながら囁いた。
「今夜で、演技も、体も……全部、俺色に染めてやるよ」
そしてその言葉通り、夜は深く、長く、容赦なく続いていった。
眩しさで目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、まだぼんやりと霞む視界に焼きついてくる。シーツの中、身体の節々が重く、鈍い熱を残していた。
「……痛……」
小さく呻くと、背後から伸びた腕がぐっと引き寄せてきた。風磨の腕。逞しく、温かく、まるで自分を“もの”のように抱え込むその感触。
「おはよ、先生。ちゃんと、起きた?」
低く、寝起き特有の掠れた声が耳元に落ちる。それだけで背筋に震えが走った。昨夜のことが、フラッシュバックのように脳裏に蘇る。
「や、だ……思い出したくない……」
「ん? なに? 昨夜のこと?」
風磨はニヤリと笑うと、シーツの中で指先を腰に滑り込ませた。
「……これだけ跡、ついてんのに……忘れられるわけ、ないでしょ?」
無数のキスマーク。首筋から胸元、腰にかけて赤く火照る場所がいくつもある。まるで自分が“誰のものか”証明するように。
「証拠、ちゃんと残してよかったわ。逃げたくても逃げらんないでしょ?」
「……誰が逃げるとか……」
「ほら。そうやって反抗してるフリして、抱かれたくせに」
そう言って、風磨は軽く唇を重ねてきた。今度は優しいキス。けれど、それが逆に怖い。優しさが罠のようで、逃げる気力さえ奪っていく。
「……なあ、元貴」
「……なに」
「本番、楽しみだね。舞台上の“演技”とさ、ベッドの上の“本音”。……どっちが気持ちいいか、比べてみようか?」
耳元でそう囁かれ、元貴はベッドの中に顔を埋めた。
——この男から逃げられる日は、たぶん、もう来ない。
そう思ったのに、心の奥は不思議と、安心していた。