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美紅に引きずられるようにして家に帰り、俺は母ちゃんにさっき河原で目撃した、信じられない光景の事を話した。母ちゃんは珍しく真剣な顔つきで俺たちの話を黙って聞いた。いやそりゃ真剣にもなるよな。
何と言ったって、俺の小学校時代のクラスメートが目の前で殺された。それもこの世の事とは思えない異常な方法で。そしてあの場に美紅が突然現れた。誰がどう考えたって偶然美紅がその場を通りかかったってはずはない。
母ちゃんは台所の棚の引き出しからタバコの箱とライターを取り出してリビングルームへ戻り、タバコを一本くわえて火を付けた。俺は遠慮がちに言ってみた。
「あの……母さん……確か二カ月前に禁煙したはずでは……」
案の定、母ちゃんのいら立った声が返って来た。
「これぐらい大目に見なさいよ!……でも、あたしが考えていた通りの展開になっちゃったわね」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! えらく落ち着いてるな、母さん。まるでこの事態を予想してたみたいじゃないか。あれは本当に深見純の幽霊なのか? そうだとして、なんでそれが予測できたんだよ!」
「雄二、あんた自分の母親の商売が何か忘れたの?」
「え?……ああ、宗教民俗学……だよね」
「宗教民俗学にはね、死霊、悪霊、怨霊なんかの言い伝えも研究する分野があるのよ。ま、あくまで言い伝えとしてだけどね」
「え?じゃあやっぱりあれは純の幽霊だって言うのか?」
「そう考えるしか説明のしようがないでしょ? あんただって、その目で見たんでしょ? 悟君の死に様を」
「だ、だけど……そうだとしても、なんで悟が殺されなきゃいけなかったんだよ? それに悟が言ってた五人目とか七人目とかって何のことなんだよ? おまえ親から何も聞いてないのか、ってあいつは言ってた。それって、一体何の話なんだよ?」
母ちゃんはしばらく黙ってタバコを吹かし、吸い終わって灰皿でもみ消しながら、こう言った。
「雄二、世の中には知らない方が幸せな事もある……だから、何も訊くな、そう言ったら、あんたどうする?」
俺はキレかけた。母ちゃんに向かって大声で叫んだ。
「できるわきゃねえだろ! そんな事! 俺の昔のクラスメートが自分の目の前で殺されたんだぞ!」
母さんは新しいタバコをくわえて火をつけながら言った。
「まあ、あんたの性格ならそう言うと思ってたわ。それにそこまで悟君から意味深なこと聞かされた後じゃ、なおさらよね」
母さんはタバコをくわえたままソファから立ち上がり「すぐ戻るからそこで待ってて」と言って自分の部屋に行った。戻って来た時、手に古ぼけた小さな封筒を持っていた。ソファに座り直すと、封筒から二枚の紙を取り出して俺の方に差し出した。
「な、なんだよ、これ?」
俺は一枚目の紙に目を落とした。それは真新しい紙で母ちゃんの筆跡で四人の名前が書いてあった。
『東孝太郎、玉城由紀夫、風間信二、村山武』
どれも聞き覚えのある名前だ。ううん、何だっけ?……あっ! 悟と同じだ! みんな俺の小六の時のクラスメートじゃないか。俺の方ではそれほど親しいとか仲がいいとは思ってなかったけど、でもまあ、あの頃はよくつるんで一緒にいたよな。
でも、なんでここにこいつらの名前が出てくるんだ?それになんで母ちゃんがこんな紙持ってるんだ?
俺はその上の紙をどかして二枚目の紙を見ようとした。すると突然母ちゃんが俺のその腕をつかんだ。痛いほど力がこもっている。
「雄二、それが、あたしが言った『知らない方が幸せな事』よ。本当にいいのね?」
俺はこっくりとうなずいた。母ちゃんは「そう」と言って手を離した。そして俺は一枚目の紙をめくった。