「ぷっは〜!生き返るぜ!!仕事終わりはやっぱりビールが一番だぜ!」
キメツ学園で教師を務めている宇髄、煉獄、冨岡、悲鳴嶼、胡蝶、不死川は勤務終わりに学校近くの居酒屋に来ていた。元々は宇髄の行きつけの店だったが、宇髄が職場仲間を誘ってくることがあまりにも多かったので、今では打ち上げと言えば“ここ“と言えるほど馴染みの店となっている。
「へいお待ちぃ!」
「ありがとうございますゥ。」
ビールの次に来たおつまみやら何やらが机に並べられる。六人で食べるのは些か量が多い気がするが、これが彼らの普通だ。いや、彼らというより煉獄か・・・。この六人の中で一番食べる量が多いのは煉獄だ。休み時間はいつも『うまい!うまい!』と言いながら弁当に齧り付いている。煉獄の次によく食うのは宇髄だ。居酒屋ではビール片手におつまみを貪り食っている。酔っ払いの宇髄に絡まれやすい不死川は絡まれる度にうんざりした顔をしているが、きちんと話を聞いてあげている。今だってそうだ。
「実弥ちゃ〜ん。慰めて〜。」
と、肩に腕を回され擦り寄られている。当の不死川は、『実弥ちゃんいうなァ。』と言いつつも宇髄の背中をぽんぽんしてやっている。流石マイホーム兄貴というところか。
「でェ?何があったんだァ?」
「謝花兄妹がまた問題起こしたんだよ〜。」
謝花兄妹は職員室では言わずと知れた問題児兄妹だ。度々他校の生徒と問題を起こしている。今回も他校の生徒と問題を起こしたようで、宇髄が謝りに行ったそうだ。せっかくの授業がない時限が潰れてしまった、と宇髄は愚痴を溢す。
「でもなぁ。なんでやったんだって訊いたらよぉ。『あいつらがお兄ちゃんを化け物って言ったの!!』って言われちまって。そんなこと言われたら怒るにおこれなくて。まぁ、とにかくいろいろ大変だったんだ!」
「大変だったなァ。」
謝花兄妹に手を焼かされた宇髄はせっかくの休みも潰れ、見知らぬ人に頭を何度も何度も下げる羽目になった。
あまりきちっとした格好が苦手な宇髄だが、謝るということで態々スーツに着替えたりもしたのだ。そして当の本人は謝りもしないし、理由を訊けば怒るに怒れなくなってしまった。自由奔放が取り柄の宇髄なりに頑張ったのだ。慰めてほしいと言うのも無理はないだろう。
「やっぱ持つべきものは実弥ちゃんだわ。」
「・・・そりゃどうもォ。あとその呼び方やめろィ。」
いいじゃねぇか呼び方くらい、とぼやく宇髄によくねぇんだよォ。と不死川が返す。
不死川が何度言っても宇髄は懲りずにちゃん付けをするものだから、不死川は怒りを越して若干呆れかけている。それでも『やめろ』ときちんと言うのが不死川だ。
「あーなんか話してたら酔い冷めてきたわ。俺ビール頼むけど実弥ちゃんなんかいる?」
「だーかーらー!その呼び方やめろって!」
まぁまぁ、と宇髄が適当に宥める。そんな態度も気に食わないのか、不死川がぷいっと顔を逸らして頬をぷくっと膨らませる。
「っちょ。さね、不死川!そっぽ向くなよ!!」
実弥ちゃんと言いかけたものの、きちんと不死川と言い直した甲斐あってか不死川が宇髄の方に顔を向け直す。目はジト目だが。宇髄は出来るだけ不死川に嫌われたくないのでふぅ、と息を吐く。
「・・・それで不死川は何か頼むか?」
「いや。俺はいいィ。」
「そう言えば不死川君はいつもお酒を頼んでないわよね。」
「よもや!飲めないのか?」
胡蝶が気になったことを口にすると煉獄がそれに便乗する。確かに不死川は何度か宇髄やらに連れられ今日のように居酒屋に来たことがあるが、酒を頼んだことはない。
「え。不死川飲めねぇの?」
「飲めるわァ!!」
宇髄の言葉に不死川が若干キレながら返す。出来ないのか?と訊かれると出来る!!と反射で答えてしまうのが不死川の良いところでもあり、悪いところでもあるのだ。
「じゃあ飲んでみろよ。」
「や、やってやんよォ。」
あれよあれよと乗せられ飲むことになってしまった。
先程も言った通り、反射で答えてしまうのは不死川の悪いところでもあるのだ。こう言う人間はちょっとした挑発に乗せられやすかったりする。
「へいお待ちぃ!」
「あざっす。」
酒が届いた。一応不死川を思ってか、アルコールはそこまで強くない。そこまでと言っても人によるから、もし不死川が酒に弱かったら寄ってしまう可能性もあるだろう。
「実弥ちゃん本当に飲めるの?」
諦めるなら今のうちだよ?と宇髄が言う。
「いや。飲む。」
だが不死川は酒が入ったコップを持った。が、なかなか飲もうとしない。そんな不死川をみて周りが心配の言葉をかける。
「南無・・・別に無理して飲む必要はない。」
「悲鳴嶼さんの言う通りよ。飲めない人はこの世にいくらでもいるわ。わたしの妹だって飲めないし。」
「(何もうまく出来ない)俺と(いろいろなことをうまく出来る)お前は違う。(だから酒が飲めなくても幻滅しない)」
「悲鳴嶼さんありがとなァ。胡蝶も。けどお前の妹が飲めねぇのは未成年だからだろォ。あと冨岡。テメェは喧嘩売ってんのかァ??」
不死川の言葉に胡蝶が恥ずかしそうに頬を染め、冨岡は『違う。』と真顔で返した。不死川は冨岡のそんな態度に少しイラッときたものの、頑張って怒りは沈めた。
「不死川、本当に大丈夫か?」
「・・・宇髄。」
宇髄は心配していた。先程自分が『実弥ちゃん。』と呼んだのに、怒られなかったのは切迫詰まっているからではないかと思ったからだ。が、自分が言い出したことなので少しバツが悪く、心配の言葉をあまりかけられなかった。
でも、コップを持って動かなくなった不死川の目の焦点があってなかったので声をかけたのだ。
「・・・実は、俺ェ。」
何を思ってか、話し始めた不死川。誰かの喉がゴクリとなった。
「酒、飲んだことねぇんだ。」
え。と何人かが声を漏らした。途端、
「お前そのツラで酒飲んだ事ねぇの!!?マジか〜!!!あははは!」
宇髄が吹き出した。うるさいほど。
「よもや!そんなこともあるのか!」
「やはり(軽率に酒を飲まない不死川は)俺とは違う。」
突然笑い出した宇髄。そして話し出した煉獄、冨岡を不死川は呆然と見る。そんな不死川を見ながら胡蝶はふふ、と笑い、悲鳴嶼は愛おしむような目で不死川を見た。
「そうか。そうか。お前これが初めてかぁ。あのツラでなぁ。」
笑いを堪えきれてない宇髄が言う。不死川は相変わらず呆然としている。
「それにしてもなんで不死川君は今までお酒を飲もうとしなかったの?」
「あ。それ俺も気になる。」
胡蝶の言葉にやっとの思いで笑いを堪えきった宇髄が便乗する。側からみたら強面な不死川が今まで酒を飲んでこなかった理由が気になったのだ。
「あ、ああ。実はなァ。うちの親父は凄く酒癖が悪いんだ。それで、俺親父に似てるとこあるから、俺も酒癖悪かったらどうしようかなァって思ってェ。考えすぎかもしれねぇけどちょっと怖くてェ。ほら、うちチビが家にいるから迷惑もかけたくねぇし。」
確かに不死川の父親は酒癖が悪く、自分の家族に暴力を振るうほどだった。不死川も父親の暴力に苦しみながら生きてきた。だからもし自分が加害者になってしまったら、と考えると怖くなってしまいなかなか酒に手をつけることが出来なかったのだ。
「不死川は不死川だ。お前とお前の父親は違う。」
「・・・冨岡。」
冨岡が珍しく良いことを言った。と、その場の殆どの人間が思ったはずだ。
冨岡は悔しいことにイケメンなので、この部分だけ切り取ってみたら誰の目にもスパダリのようにうつるだろう。
「そうだ!冨岡の言う通りだ!!不死川と不死川の親父さんは違う!それに今は私や宇髄、悲鳴嶼さんもいる!良い機会だ!飲んでみてはどうだ!!」
煉獄がいつもより凛とした目で不死川を見つめ、言い放った。
「そうだ!もし不死川が暴れたとしても俺がなんとかしてやるぜ!なんてったて俺は祭りの神だからな!!」
「そうだ。安心しろ不死川。ここには私もいる。」
「わ、わたしだって不死川君の味方だからね!」
「・・・ありがとなァ。」
皆の言葉に不死川が年相応、いや、もっと幼さく、あどけない顔で優しく微笑んだ。
不死川がこんな顔を見せる時はおはぎを食べている時や、自分の家族に対する笑みの時しかないので少しドキッとしてしまったものもいるだろう。
「よし。飲んでみるわァ。」
頑張って。頑張れ。など応援の声が飛び交う。
ドクン、ドクン、と己の鼓動が不死川の脳に直接届く。プルプルと手が震える。それでも不死川は止まらなかった。
ゴクリ
不死川がコップの中身の酒を飲んだ。
「だ、大丈夫か?」
「今のところはァ。」
緊張が解け、ふにゃりと座布団にへたり込む。
不死川は初めて飲む酒に若干の違和感を感じたものの、すぐに暴れ出す、なんてことがなくてよかった、と少し安心していた。
「まぁすぐ酔う、なんてことは多分ないから、普通にお酒飲みましょう?ほら!パーっといきましょう!」
胡蝶の言う通り、飲んだ瞬間すぐ酔う、なんて人は少ない。
だから普段通りわいわいしながら酒を飲み進めていき、不死川が酔ったところで暴れるか暴れないかを確かめる。と言うことになった。
「宇髄ィ。」
「ん?何?実弥ちゃん。あ!もしかして酔った?」
「そうかもォ。なんかぽやぽやするゥ。」
今のところは大丈夫そうだな、と悲鳴嶼が言った。酒を飲んだせいか、頬を赤らめた不死川が宇髄の方に顔だけではなく体全体を向けた。宇髄の前に正座をするような形だ。
「どしたの。急にこっち向いて。」
「宇髄が二人いるゥ。ふふふ。」
「へ?」
突然の発言に宇髄が間抜けな声を溢す。
少し前に不死川がこんな顔を見せる時はおはぎを食べている時や、自分の家族に対する笑みの時しかない。と言ったが、そうではなかったらしい。酒を飲んで酔った時にも不死川はこんな顔をするようだ。
「どっちが本物だァ?こっちかァ?それとも、こっちィ?」
不死川の言葉に『本物はこっち!』と手を振りながら宇髄が焦ったように言う。
「こっちィ?」
「そう!あってる!」
「本当ォ?」
「本当!!」
ボスンっ
という音と共に不死川が宇髄に抱きついた。誰かの驚いたような声が聞こえた。
抱きつかれた宇髄は『さ、実弥ちゃん?』と行き場を無くした手をプルプルと振るわせている。
「本当だァ〜触れるゥ。」
ふふふ、とまたも笑いながら不死川が言った。
そんな不死川を見て胡蝶は『かわいい〜』と成人男性に向かって言うようなことではないことを口にした。
胡蝶の隣にいた煉獄も『うむ!確かに愛い!!』と元気に声を張り上げた。
「俺ァ別にかわいくねぇよ。なァ?宇髄。」
胡蝶と煉獄の言葉を聞いていたのか、不死川が反応する。
問われた宇髄は未だ不死川に抱きつかれているので、頬を真っ赤に染めながら固まっている。
それを見た不死川が『宇髄ィ?おーーーい』と問いかけ、少し体を傾けてから宇髄の頬を横にぐいーっと引っ張った。
「さ、されみちゃん・・・!?」
「あはは。ほっぺかってェー。」
「そりゃそうよ!?だって俺二十三歳だよ?ほっぺなんてカチッカチだわ!!」
自分の頬が硬いと言われ宇髄が少しカッとなる。そんな宇髄を気にもせず不死川はへらへらと笑っている。完全に酔ってしまったようだ。
「そんなことねェよ。玄弥とかもちもちだもん。」
「そりゃ弟だからね!美化してんじゃないの?あとそれ多分昔の記憶。多分今は俺と同じで玄弥もカチッカチだと思うよ?」
「美化なんかしてねェ!」
今度は宇髄の言葉に不死川がカッとなった。不死川は自身の弟をこよなく愛している為、怒ってしまうのも無理はないだろう。不死川は顔に似合わず愛情深いのだ。
「じゃあそういう実弥ちゃんはどうなのよ。多分実弥ちゃんのも硬いと思うよ?ほら・・・・・・へ?」
じゃあ、と言って宇髄が不死川の頬を両側から両手でぎゅむっとおした。そう、おしたのだ。だがそこから動かなくなってしまった。『へ?』という情けない言葉を発したくらいだ。
「うじゅいィ?」
そんな宇髄を不審に思ってか、頬をおされてるのと酔ってしまったが為に呂律が上手く回らない不死川が不安げに言った。そんな光景をみていた悲鳴嶼が口を開いた。
「宇髄、どうしたのだ?」
「悲鳴嶼さんやべぇ。こいつめっちゃほっぺ柔らけぇ。」
悲鳴嶼の言葉に数秒固まっていた宇髄が動きだしもちっもちっ急かしなく手を動かし、不死川の二十一歳にしては物凄く柔らかい頬を堪能する。
「マジで魅惑のほっぺ。」
「え!本当?!わたしも触りたい!」
宇髄の言葉に胡蝶が『わたしも!わたしも!』と反応する。
「不死川君ちょっとこっち向いてくれる?」
「うん。わかったァ。」
酔いが回りに回ったのか、いつもより柔らかい口調でなんの疑いもなく胡蝶のいる方に顔を向ける。
そんな不死川に『じゃあ』と言って胡蝶が不死川の頬に手を添えた。
もちっ
「うわぁ。確かにもちもちー。」
「ふへェ?」
胡蝶の言動に一瞬驚いたものの、密かに胡蝶を姉のように思っていたのと、普通に気持ちかったのが重なりすぐに気を許してしまった。単純に初酒で頭がバカになってるのもあると思うが。
「・・・不死川君。かわいいわ。」
「ふへへ。」
不死川は笑ってるが、胡蝶の言葉は耳に届いていない。でも先ほども言った通り、胡蝶の手つきがどこか気持ちよく感じるので身を任せている。もし不死川が猫だったら喉がゴロゴロと鳴っていたことだろう。
「あら。」
余程気持ちよかったのか、不死川は胡蝶に身を預けたまま夢の世界へと旅立ってしまった。不死川が他人の前で寝るなんてことは滅多にないが、初めての酒だ。仕様がないだろう。
「寝ちまったかー。」
「不死川の寝顔はこんなものなのか。(思った以上に可愛い)意外だ。」
「思った以上に愛いな!!」
先ほども言った通り、不死川が他人の前で寝ることは滅多にない。だからあまり見れない寝顔に皆、目がいってしまう。宇髄も『不死川って以外と童顔だよな。』なんて呟いている。
「不死川も寝ちまったし解散するか。」
「そうね。」
「南無・・・。」
そうと決まれば早くお支払いをしてしまおうと皆せかせかと動き出した。そう二人を除いて。一人はとろんとろんに酔ってしまった不死川。もう一人は____冨岡だ。
「不死川はともかくてめぇは動けよ冨岡ァァア!!!!!」
「悲鳴嶼さん。昨日はすまなかった。」
「いや、気にするな。」
「・・・じゃあこれだけ受け取ってくれェ。」
翌日、職員室では不死川が悲鳴嶼に申し訳なさそうに頭を下げていた。
昨日不死川は居酒屋でとろんとろんに酔って眠ってしまったのだ。本当に個室でよかったと思う。
そんな不死川を不死川の家まで届けたのが悲鳴嶼だったのだ。不死川は顔に似合わず義理堅いのできちんと菓子折り付きで謝りに来てたのだ。
「南無・・・ありがたくいただこう。」
「こちらこそありがとうなァ。」
じゃあ、とだけ言って不死川は一旦その場から立ち去った。そして宇髄の元へと向かった。それはある事を確かめる為だ。
「宇髄ィ。俺ァ昨日暴れなかったかァ?」
一番気になっていた事。自分の酒癖が悪くないか確かめにいったのだ。少し前も言った通り、不死川の父親は酒癖が悪く、自分の家族に暴力を振るうほどだった。不死川の家族は父親の暴力に苦しみながら生きてきた。だからもし自分が加害者になってしまったら、と考えると怖くて怖くて気が気じゃないのだ。
なんでそんな事をちゃらんぽらんの宇髄に訊くかねぇ。と思うのだが。
「いんや。全っ然大丈夫だったよ?むしろ可愛かったわぁ。」
「はァ?」
かわいいってなんだ、と不死川の頭にはてなが飛び交った。本気で宇髄の真剣を疑った瞬間だった。居酒屋で宇髄が酔っている時に言われる時はあれど学校の、しかも職員室でかわいいなんて言われたのは初めてだったからだ。
「本当に可愛かったんだよ?」
「え、いや、はァ?マジでェ?」
「うんマジ。ずっとへらへら笑ってた。」
「マジかァ〜〜〜はァ〜〜〜」
最悪ゥ、と不死川はため息をついた。
実はあのとろんとろんの不死川の姿を宇髄は写真に撮っていたのだが、それはここだけの話。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!