結局昨日は色々思い出してしまい、あのまま泣き崩れるように眠ってしまった。
私が昨日起きたのはお母さんが家に帰ってきた時で、これは五時間以上も眠っていたことになる。
お母さんは玄関先で倒れるように眠っている私を見て何かあったのではないかと心配になったらしい。こちらの世界に戻ってきたときに初めて、「母親に心配や迷惑をかけるのはやめよう」と決めていたから恥ずかしかった。
そしてお使いを諦めて外で適当にご飯を済ませた。
今日は休日のため学校は休みだ。
お母さんは朝からバタバタ忙しくなく動き回っていて、準備が整うとすぐに仕事に向かってしまった。
私はというと特にやることもなく、何をしようかと考えていると、とりとめもなくふとある場所を思い浮かんだ。
急いで家を出て自転車でその場所に向かう。今はもうあるか分からないその場所に。
そして着いたのは…
ー私の名前にぴったりのあの場所、『百合の花が咲く丘』。
ここに来るまでの道はうろ覚えだし、この丘がまだ残っていることに確信がなかった。
それでも行かなきゃ、と私は衝動的に思った。何故だろう。そこにあなたがいるはずもないのに…。
ふいに強い風が吹いて百合の花が揺れた。同時に、私の長いストレートの黒髪も口の中に入ってきた。私が口に入った髪の毛をとっていると、フワッと近くで濃厚な香りがした。
思わず顔を上げると、小さな男の子が私の前に立っていた。強い陽射しを背に受けながらじっと上を見上げている。そしてふいに視線が絡み合った。私はなぜか目を逸らせず、男の子もその瞳の奥に私を映した。
なぜ私の前に立っているのだろう。この子は誰なんだろう。
私の頭にそんな考えはなかった。何故か守ってあげないといけない、そんな気がした。
そしてどこか愛しいような気さえして、私は心地よいくらいの温かな何かを感じていた。
私の幸せな沈黙を破ったのは男の子だった。彼は私の幸せそうな顔を見て不機嫌になったのだろうか。怪訝そうな顔を向けてきた。
「僕、お姉ちゃんのこと知ってる 」
相変わらず不機嫌そうな顔。普通、こういう会話には笑顔なんじゃ?と心の中で思う。しかしまだ子供だ。表情管理ができないのも仕方ないのだろうと受け入れた。
それよりも私のことを知っている、とはどういうことだろう。私は有名人でもないし、きっとこの子の親戚ではない気がする。なぜなら雰囲気が違う。そういう雰囲気ではない、もっと深くて濃い「何か」がそこにはある。ふいに私はそう思った。
なんなんだろう。その「何か」とは何なのだろう。ハテナが頭の中を忙しなく飛び回る。
男の子は他にも何か言っていたようだけれど、混乱していた私には男の子が何を言っていたのかは分からなかった。とても不思議な子。知らぬ間に、その子は私の記憶に深く残っていた。
帰り際、その小さな男の子は初めて私に笑いかけた。
その笑い方には妙に見覚えがあった。でも誰に似ているのか思い出せない。あの子に出会ってから、一部の記憶を失ったみたいに。
ーそう、私は彰の記憶を忘れかけていた。