テラーノベル
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男は『女神』という言葉を呟いた……
『女神』——この世界では絶対悪の象徴。
俺にとっても、それは切り離せない因縁そのもの。
この世界に転移して、最初に命を狙われた理由……つまり。
「(『女神』だから殺すってこと!?またこのパターンかよ!)」
つくづく、この世界では『女神』というだけで嫌われるらしい。
いや、違う……“明確に”憎悪されていると言っていい。
「仕方ない。殺すのはあとにして、まずは情報を引き出すか」
「(じょ、情報……!?)」
【何か】はそう告げると、静寂の世界に風が戻った。
まるで、止まっていた時が動き出すかのように——。
「それは魔王様が──」
「ほう?俺が何だ?」
「!?」
「のじゃ!?」
部屋の奥に響いた声に、すひまるとルカの二人が揃って跳ねるように驚く。
どうやら、押し入れに隠れていた俺たちの存在には気づいていないらしい……本当に?
「そう驚くな。すひまると言ったか?……前にもこんなことがあっただろう」
「ま、魔王様!!?」
声の主が名乗るまでもなく、ルカとすひまるの反応がすべてを物語っていた。
……えっ、マジで今のが【魔王】!?
「き、貴様!いつから居たのじゃ!」
「ふん、ついさっきだ。それにしても……魔力で補強された超高層ビルを二棟も破壊するとは、よくもやってくれたな」
「貴様らがしつこく追い回すのが悪いのじゃ。吸血鬼など、昔はそこらの魔物に喰われるだけの存在だったくせに、良くもまぁここまで偉そうになったものじゃの」
「ほぅ……まるで我らを昔から知っているような口ぶりだな?その妙な話し方さえなければ、もっと普通に見えるというのに」
「う、うるさいのじゃ!こっちも好きでこうなった訳ではないのじゃ!」
(え?その語尾、癖じゃなかったの!?)
軽口を交わす二人の間に、ギラリと鋭い空気が差し込んだ。
「それで……正直に答えろ。『女神』はどこに居る?」
薄いふすま越しに伝わる――ぞわり、と背筋を撫でるような殺気。
やばい、本当にヤバい!!
その瞬間。
「……むにゃ……おねえちゃん?」
殺気に当てられセミマルは起きてしまい。
暗闇で寝ぼけ眼で俺を見て目が合う。
やばい__
「じゃない!」
セミマルが驚いた拍子に押し入れを飛び出し、反対側の襖から飛び出した。
(あっ!)
その瞬間、俺の姿が──すひまるの目にだけ、はっきりと見えた。
「セ、セミマル!?」
すひまるは慌ててセミマルを抱き上げ、その頭を撫でる。
「おねーちゃん!おねーちゃん!あのね!」
セミマルは状況を説明しようとしたが__
「セミマル、後で聞くから……ね?」
「う、ぅん……」
魔王から放たれていた濃密な殺意は、まるで水を差されたように霧散した。
「ふむ……」
場が落ち着いたところで、男――いや【魔王】の視線がすひまるに向く。
「その下級吸血鬼はお前の家族か?」
「は、はい……」
「親は?」
「わ、私は……親は知りません……物心ついた時には弟と捨てられていて……」
「そうか。すひまる」
「は、はい!なんでしょう魔王様!」
「お前は、偶然とはいえ人間の身体を得た。だが、身分は下級吸血鬼のままだ。……ただし、今回の働きは実に素晴らしかった」
「は、はい……ありがとうございます!」
「そこで、褒美としてお前とその家族に“上級吸血鬼”の位を与えよう」
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございますー!」
すひまるは嬉しさで今にも泣き出しそうに震えながら感謝し、セミマルもそれを真似してぺこりと頭を下げた。
(くぅ……ほのぼのしてるけど、これ魔王面前だからな!?)
だが次の瞬間――空気が変わる。
「では、“上級吸血鬼”となるお前に最後の問いだ……『女神』はどこに行った?」
「!?」
「(!?!?)」
ま、まずい……っ!!
俺の姿は、すひまるちゃんに見られている!
「っ!【クリスタルブレード】!」
ルカが即座に剣を展開、魔王へと斬りかかろうと──
「おっと。お前は黙っていろ」
その声と同時に、ルカの身体がピタッと不自然に固まった。
片手で剣を構えたまま、まるで凍りついたように。
「こ、これは……」
「気にするな、今こいつは時間が止まっているのだ」
ハッキリと言った。
オタク要素のある俺にはすぐに理解できる、魔王は何らかの方法で【時間を止めれる】のだ。
「それで、先程の質問の答えを聞かせてもらう」
「…………」
ど、どうする!ここでバラされると何も俺は対抗する力を持っていない!
そして、今手元には魔皮紙も何もない!
すひまるちゃんがふと、ふすまの隙間に目を向ける。──目が合った。
そして、すひまるちゃんは言った。
少しだけ、息を吸って。
「わかりません」
と