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汚染
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あめ猫@サボり魔
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ありきたりな雑炊
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FORSAKENの崩壊が始まっていた。
空を覆っていた暗雲はゆっくりと裂け、絶望を染み込ませていた黒い霧は、黄金色の光に押し流されるように薄れていく。
あちこちで次元の亀裂が開き、サバイバーたちは歓声と涙を上げながら、現世――Robloxiaへと帰っていった。
やがて。
喧騒も、笑い声も、怒鳴り声も消えた。
静まり返った廃採掘場には、風だけが吹いている。
崩れたレール。
朽ちた発電機。
積み上げられたスクラップ。
その奥。
壊れたベンチへ、一人の男が静かに腰を下ろしていた。
灰色の肌。
丸い頭。
緑の胴体に青い脚。
かつて神話時代の大図書館を管理し、『ネクロブロキコン』を書き上げた賢者――2x2。
FORSAKENに取り込まれ、スクラップNPCとして半ば忘れ去られていた彼の身体は、領域そのものが崩壊し始めたことで、ゆっくりと本来の姿を取り戻し始めていた。
肩から剥がれ落ちていたコードは修復され、途切れていたデータも一本、また一本と繋がっていく。
「……やれやれ。」
2x2は空を見上げ、小さく笑った。
「最後の最後まで、本当に騒がしい連中だった。」
その時。
コツ…
コツ…
歩み寄る人物がいた。
赤いシルクハットを目深にかぶった、FORSAKENの支配者。
スペクターだった。
「……楽しそうだね。」
その声には、いつもの余裕はない。
ゲームを壊され、
絶望を食べ損ね、
空腹で死にそうな黒幕の、不機嫌極まりない声だった。
2x2は当然のように淡々と答える。
「大団円だったからね。」
スペクターは帽子の影から苦い顔で2x2を見た。
「僕はゲームのルールを壊したバグを追い出した。」
「シェドレツキー。」
「1x1x1x1。」
「あの二人は、この世界には甘すぎた。」
「見ているだけで胸焼けがする。」
「……ハッピーエンドなんて、大嫌いだ。」
2x2は静かに笑う。
「ハッピーエンド、か。」
「随分と君らしくない言葉を覚えたものだ。」
スペクターは眉をひそめた。
「嫌味かい?」
「もちろん。」
「私は学者だからね。」
「本音をそのまま言うほど、不器用ではない。」
「…………。」
沈黙。
風だけが吹く。
やがて2x2は隣に置いていた本を手に取る。
重厚な革表紙。
四隅を彩る金細工。
背表紙には古代文字。
そして中央には、一筋の光の中に立つ人物が影と共に刺繍されている。
『Robloxia神話の残影』
著・2x2
スペクターが目を細める。
「……それは?」
2x2は指先で表紙をそっと撫でた。
まるで長年の親友へ触れるように。
「暇だったからね。」
「スクラップエリアで書いていた。」
「君のゲームを眺めながら。」
「神話時代から続いた、一つの物語を。」
ゆっくりとページを開く。
そこには、
黄金の神だった頃のシェドレツキー。
「完璧」であろうとした傲慢。
切り捨てられた影。
「不純物」と呼ばれた1x1x1x1。
封印。
孤独。
憎しみ。
毒。
涙。
そして――
毒の炎の中で交わされた、あの抱擁。
「離さない。」
「絶対に離さない。」
その言葉まで、すべてが綴られていた。
「……君は。」
スペクターが鼻で笑う。
「そんな昔話を書いて何になる?」
「次のサバイバーへ昔話でも聞かせる気かい?」
2x2は首を横へ振った。
「違う。」
彼は静かに本を閉じる。
そして歩き出した。
廃採掘場の中央。
壊れた発電機の前。
かつて何百回、何千回とサバイバーが修理を試みたその場所へ。
そっと、
本を置く。
カタン。
静かな音だけが響いた。
「これは歴史書ではない。」
「なら?」
「希望だ。」
スペクターが眉を上げる。
「君はまた、新しいサバイバーを連れてくる。」
「また恐怖を植え付ける。」
「また絶望を食べる。」
「そうだろう?」
「当然だ。」
「それが僕の仕事だからね。」
「だが。」
2x2は静かに続けた。
「この本を開いた者は知る。」
「どれほど深い闇でも。」
「どれほど絶望に呑まれても。」
「運命は、誰かに決められるものではない。」
「自分の手で書き換えられるものだと。」
風が吹く。
ページが一枚、
ふわりとめくれた。
「君のゲームは終わらない。」
「だが。」
「君の望む”完璧な絶望”も、もう完成しない。」
「この本が残る限り。」
「誰かが希望を知ってしまうから。」
スペクターは黙っていた。
返す言葉が見つからなかった。
2x2はそのまま背を向ける。
先には、
最後の次元の亀裂。
Robloxiaへ繋がる黄金の光が、静かに揺れていた。
あと数歩で、
この世界とも永遠の別れ。
その直前。
2x2は足を止めた。
振り返らない。
ただ一言だけ残す。
「さらばだ、スペクター。」
「……暇になったら、その本でも読むといい。」
「人というものは。」
「案外、不完全だからこそ美しい。」
そう言い残し、
2x2は黄金の光へ歩き出す。
身体が粒子となり、
静かに溶け、
そして消えた。
完全な沈黙。
残されたのは、
スペクターただ一人。
「…………。」
彼はゆっくり 発電機へ歩み寄り、
『Robloxia神話の残影』を手に取った。
ページを開く。
最初の一枚。
そこには、美しい筆跡で、こう記されていた。
この領域へ迷い込んだ者へ。
この本に記されているのは、英雄の伝説ではない。
過ちを犯し、
仲間を傷付け、
自分自身から逃げ続けた、
一人の愚かな男の記録である。
そして、
自ら切り捨てた『影』を再び抱き締め、
呪いを絆へ変えた物語でもある。
もし。
君が今、
絶望しか見えないのなら。
どうか思い出してほしい。
そんな不器用な男でさえ、
運命を書き換えることが出来たのだ。
…ならば。
君にもきっと、道はある。
「…………。」
静かにページを閉じる。
パタン。
その音だけが廃墟へ響いた。
やがて、
赤いシルクハットを深くかぶり直し、小さくため息をつく。
「……まったく。」
「ハッピーエンドのあとに『希望』の伏線まで遺していくなんて。」
「どいつもこいつも、 僕のゲームを壊していくプレイヤーばかりだ。」
口では悪態をつく。
けれど。
本を消そうとはしなかった。
燃やそうともしなかった。
封印することさえしなかった。
ただ静かに、
元あった発電機の上へ戻す。
「……好きにするといい。」
そう呟くと、
スペクターはゆっくりと闇へ溶けていく。
誰もいなくなったFORSAKEN。
崩れた採掘場。
壊れた発電機。
吹き抜ける風。
その中央で、
金色の装飾をまとった一冊の本だけが、
静かに、
穏やかに、
これからこの世界へ迷い込む誰かを待ち続けていた。
――こうして神話は終わり、そして希望は、次の誰かへと受け継がれていく。