「うーん……」
少し差し込んだ朝日がまぶしく、麻耶は寝返りを打った。
(まぶしいよ……カーテン閉めなかったっけ……)
そしてトンと何かに当たり、そのいつもと違う感覚に慌ててその方を見た。
(基樹?)
「……っ!!」
驚きすぎて声を出すこともできず、慌てて起き上がると、大きく息を吐いた。
(……なんで? なんで社長が隣で寝てるの? 昨日は、えっと……。ビールを飲んで、パスタを食べて、ホテルを探して……そして……あれ?)
そこで記憶が途切れていることに気づき、麻耶は自分の血の気が引くのを感じた。
(うそでしょ……。えーと、たぶんどこかで寝てしまったところを、社長に拾われたの?)
そこまで考えて、そっと布団の中の自分の格好を確認する。
(……服は……着ている……)
服装が昨日のままだったことに安堵し、麻耶はそっとベッドから降りようと、そろそろと移動を始めたところで――
(……っ!)
麻耶は腕をガッと掴まれ、言葉にならない声が漏れた。
「おはよう、家出娘。どこに行く? 逃げる気か?」
ギクッとして、その声の方にゆっくりと目を向けると、射抜くような真っ黒な瞳が麻耶を見上げていた。
そしてあろうことか芳也は上半身裸で、社長のときとはまったく違う、サラッとした前髪をゆっくりと掻き上げた。
そんな芳也を、まるでテレビの中の俳優でも見るように、麻耶はしばらく見惚れてしまった。
「い……え、逃げる……なんて……滅相もございません……。きちんとお礼をさせていただかないと……」
「そうだよな。社会人だもんな。ましてや、自分の勤め先の社長に保護されて、その恩も忘れて帰るとか、ありえないよな?」
なぜか色気すら感じさせる芳也は、頬杖をつき、ニヤリと口角を上げて意地悪く笑った。
そんな芳也を、麻耶は呆然と見据えた。
「なんだ?」
「いえ……会社とは……別人のようで……」
「ああ、会社は外用。今はオフ」
「はあ、オフ……ですか……」
全くついていけない頭で、麻耶はなんとか言葉を発しながら芳也を見据えた。
「あの……お礼は、いくらほど……。私、そんなに持ち合わせが……」
財布を取りに行こうとベッドから降りようとしたが、相変わらず掴まれたままの腕では自由が利かず、麻耶はため息をついた。
「金で済まそうって?」
少し不機嫌そうな芳也に、麻耶はビクッと体を震わせた。
「いえ……そんなつもりでは……」
「お前の払える金額なんかじゃ、この恩は返せるわけないだろ? そうだな……」
芳也は少し考えるそぶりを見せて、麻耶をじっと見た。
「お前の身で払ってもらおうか? 今日からお前は、俺の言うことを聞いてもらう」
「え!! そんなの無理! どんな命令されるかわからないじゃない!」
慌てて口を押さえながら、芳也を流し見ると、無表情の真っ黒な瞳が麻耶を捉え――その後、クックッと喉を鳴らして笑った。
「お前も意外に強気だな。社長に向かってその口の利き方。まあいい。お前には役に立ってもらうから」
「私に、お役に立てることなんてあるとは思えないんですが……!!」
その芳也の態度になんだか腹立たしくなり、麻耶は芳也を睨みつけた。
そんな麻耶に構うことなく、「お前は俺を守る盾になればいいんだよ」と、不敵な笑みを浮かべた芳也に、麻耶は目の前が真っ暗になった。
「それで、私にどうしろと?」
――あの後、不本意ながらシャワーを借り、スーツケースを置かせてもらい、麻耶は着替えてダイニングテーブルに座っていた。
さすが社長というべきなのだろう。
起きて寝室から出てきたとき、まずその光景に麻耶は呆然とした。
かなり広いリビングは、白と茶の家具で統一され、60インチはあろうテレビとサウンドシステムがドンと置かれ、その前には8人は座れそうなソファと、おしゃれなテーブルが並んでいた。
そして、さらに大きな窓から見える景色は空が広がり、下に見える車が小さく見えた。
(何階なの? ここ……)
芳也にかける言葉も見つからず、唖然として窓に張り付いていたところを「捕獲」され、バスルームに追いやられた。
そして今、芳也と麻耶は向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
「うまいだろ? 社長自ら淹れたコーヒーは」
澄ました綺麗な顔でコーヒーを飲む芳也は、ニコリと微笑んだ。
(怖い! 何? この微笑み……。私はただ失恋して、やけ酒してただけなのに……)
「……はい」
麻耶はなんとかコーヒーを口に含み、それだけ答えると、芳也の言葉を待った。
「それで? 家出娘の水崎さん。帰る所、ないんだよね?」
「うっ……」
(いきなり社長の笑顔しないでよ……本当に怖いよ……何を企んでるの?)
「図星だね……概ね、同棲していた彼氏に浮気でもされた?」
いきなり核心に触れられ、麻耶はギクッと体を強張らせた。