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小春がいじめに遭っていたと分かった時、凛は真っ当に戦ってくれたが証拠がなかった。だからこそ、それ以上追求出来なかった。 だけどもし次があれば、小春はどうなるか分からない。
元々繊細な性格に加え、いじめにより自己肯定感が低くなっていた。
次があれば最悪、自分で自分を……。
だから俺は証拠を掴み、二度と小春に近付かないようにと考えた。その方法が、盗聴だった。
それは一つのアプリだった。子供の所在地を確認出来て、いざという時は音声が聞けて、録音も出来る。
子供安全防犯アプリ。
俺は、そんな健全なものを悪用した。
高校一年生の二学期始まり、小春が学校に通い始めた頃だった。面白いゲームアプリがあるから一緒にやろうと誘い、インストールするからスマホを貸してくれ。そんな誘い文句でスマホを手に取った。
小春が好きそうなパズルゲームと共にインストールした、防犯アプリ。いや、盗聴アプリ。
インストールに手間が掛かるフリをして、俺のと連携させた。
スマホを渡してくれ、スマホのID番号まで教えてくれていた、そんな信頼を踏み躙って。
盗聴をする中で聞かされた、「お願いだから、写真を消して」と言う震え声。
会話の内容から分かる。近所の公園に立地してある多目的トイレに呼び出され、無理矢理撮られてしまった写真。
「あんなの誰かに見られたら、生きていけない」
その言葉から、何を撮られたのかなんて嫌でも分かった。
しかし、俺はどこまでも甘かった。流石に夜は聞いてはいけないと、盗聴は八時以降は控えていた。
まさかそんな非常識な時間に電話をかけてきて、呼び出しまでしてくるなんて、想像力が欠落していた。
だから、止められなかった。
次の失敗はないと、盗聴を続けた。昼も、夜も。
最悪の気分だったが、仕方がない。このアプリには自動録音機能なんてない。だから俺は、人のプライバシーを聞き続けた。どっちが犯罪者か分からない行為を。
一週間後の夜十時、ようやく動きがあった。今すぐ来ないと、画像をばら撒くという最悪な動きが。
普通の人間だったら、小春に電話をして「行くな」と叫んだだろう。警察に行こう、学校に相談しよう、大丈夫だから。そう言い、手を握り締めるだろう。
だけど、俺はしなかった。
「どうして呼び出されたことを知っているの?」
そう返されるのが、何よりも怖かったからだ。
結果、小春は俺の想像を遥かに越えるいじめを受け、それを止めることも、助けることもせず、その音声を録音し続けた。
一人放置され、「死にたい」と呟いているのにも関わらず。
次の日、あんな目に遭っても、小春は学校に来ていた。それほど、あの画像をばら撒かれるのが怖かったのだろう。だから、これで終わりにすると決めた。
放課後の教室。内藤さん達しかいないのを見計らってAirDropであの音声と、「いじめを公にされたくなければ、画像全てを削除しろ。学校を一ヶ月休み、佐伯小春に二度と関わるな」とメッセージを送った。
全て受信設定だったみたいだから無事に届いてくれたようで、次の日からあの二人は学校を休むようになった。
あの二人が居なくなれば驚くほどクラスの雰囲気は変わったようで、小春を除け者にすることはなくなっていった。
一ヶ月後、復学した二人は小春を避けるようになり、関与は一切なくなった。
正直、画像削除までしたかは分からないが、そればかりは信じるしかない。一度撮られたものは、いくらでも複製出来てしまうから。
……俺は卑怯な人間だ。本当に小春を好きなら、守りたいなら、いじめられている時に身を挺するだろう。
しかし、それをしなかった。
その矛先が、自分に向かってくるのではないかと怖かったから。
卑怯で、臆病で、醜い。それが、俺の知られたくなかった本性。剥き出しの俺の姿。
「……っ、ごめん。一人に、なりたい。今、頭の中、混乱してて。酷いこと言ってしまうかも、しれなくて……」
両手で顔を覆い、小刻みに息を切らす。
それは、そうだ。自分のプライバシーが筒抜けだったんだから。しかも、男子に。
いじめに遭っていた理由が恋愛絡みの逆恨みで、付き合う前のこととは言え彼氏には守ってもらえなかった。それに加えスマホに盗聴アプリを仕掛けられていた現実に、小春がこうなるのは無理なかった。
「待って、くれないか? 話はもう一つあって……。聞いてくれないか?」
「……もう、聞きたくない……」
「ゲームについてなんだ」
俺の声すら聞きたくないと両耳に抑えていた手をそっと離した小春は、俺に背を向けたまま黙り込んでいた。
「ルールに、カップル対抗戦だと書いてあったよな? その意味を、どう取るか教えて欲しくて」
小春は凛ほど勘が鋭くないが、頭はかなり良い。だからその意味を直接伝えず、考えを教えてもらうように問いかけてた。
現に小春の体はピクっと動き、その意味を瞬時に察したようだった。
「……四人で生き残るのは、無理ってことかぁ……」
髪をクシャとさせて漏れた声は、ヘリコプターの音により掻き消される。
やはり小春は、すぐにその答えを返してきた。
決して返してほしくなかった、推察を。
「あとさ、カップル指定の順番なんだけど、意見を聞かせて欲しくて……」
ここまで追い詰められている人に、俺はまた問いかける。小春の心はとっくに限界を迎えていると分かっているくせに。
今回、主催者に選ばれたカップルの順はこうだ。
一回目は、学校中が知っているカップルミーチューバ。いわゆる頂点と呼ばれる二人。
二回目は、次期生徒会長候補と秘書。学年をまとめる力があった二人。
三回目は、そんな二人と仲が良い友人。
四回目は、クラスに程よく馴染んでいる、いわゆる二軍と呼ばれる人達。確かにあの二組から順番を決めろと言われても、パッと思いつかない。それが主催者が言っていた独断と偏見というやつなのか?
そして小春と俺は、その中には入っていない。つまりそれは。
「……スクールカースト順だったんだ……」
小春は力無く、ははっと笑った。
主催者は、この映像を収益に変えるエンターテイナー。今回のゲームの鍵になるのは「暴露」。視聴者が見たいのは、一軍と呼ばれる高校生達が秘密を暴露されて醜く罵り合い、死にゆく姿。
いじめられっ子と、冴えない俺。三軍と呼ばれる俺達では視聴者を引っ張ることは出来ない。
だから最後、確定だったんだ。
そんな三軍にも見せ場があると主催者は分かっていたから、俺達はここに連れてこられた。
生き残れるのはおそらく一組。順番はスクールカースト順。つまり次に行き着く展開は。
「……私が、凛の弱みを密告すればいいってこと?」
小春の目が、より濁っていった。
俺は、どれほど最低な人間になれば気が済むのだろう? そんなこと言わせるなんて。
でも俺達が生き残る為には、そうするしか……!
「……もう、やめよう。私ね、疲れたの……。秘密を知って、人がおかしくなっていくのを見るのが。だからね、もう良いじゃない? 二人に生きてもらおうよ」
小春は不気味に笑うドクロの指輪を眺め、手を強く握り締めた。
「私は、凛の秘密を知らない。だから、私達の負けだよ。慎吾だって、翔の秘密を知らないよね? だから、私達の負けなんだって。……人間的にも」
その言葉に、一瞬息が出来なくなった俺の胸に熱いものが込み上げてくる。そうだ、俺なんか。俺……なんか。
「……あ、今のは慎吾のことじゃなくてっ! とにかく、違うから……」
言葉を詰まらせた小春は、俺を置いて屋上出口に向かって歩いて行く。
本当に優しい性格だな。決定的な言葉を言わないなんて。
ごめん。
俺も傍観していた生徒達と同じだった。
喉元まで出ていた言葉は声に発することが出来ず、俺はその背中を、ただ見送ることしか出来なかった。