「これまでの教え方が合わなかっただけでしょう。その証拠に彼女はこの短期間で、魔力を放出できるようになりました。今や彼女には俺が倒したこの飛龍よりも巨大なドラゴンですら、一瞬で屠るほどの実力があります」
リカルド様がめっちゃ力説してくれているけれど、実際自分ではピンときていない。なんせ無意識で放った魔法だったし、しかもその後昏倒したせいで、自覚がないんだよね。
「ふん、そのような戯言、信じられるわけがなかろう」
ですよね、それはさすがにあたしも同感です。って思っていたら。
「まあいい、そこまで言うならば見せて貰おうか、その実力とやらを」
「望むところです」
売り言葉に買い言葉って言うの? 自信たっぷりのリカルド様に、あらぬ勝負を約束されてしまっていた。
えええー!? それ、もちろんあたしがやるんだよね!?
待って、ちょっと待って、なんていう間も与えられず、あたしは学園の闘技場に連れてこられてしまった。
「すまない。教授があまりにも君を貶めるものだから……頭にきてつい、喧嘩をかってしまった」
ションボリと謝られてしまっては、思い切って文句を言うことすらできない。リカルド様の頭に、シューンと萎れた犬耳の幻覚が見える。
「さあ!見せてもらおうか。渾身の一撃を放ってみるがいい。どうせカスのような威力しかないだろうがな!」
闘技場の真ん中で、学年主任が挑発してくる。
ああもう、ろくに結界も張ってなさそうな人に魔法撃つの、嫌なんだけど。
「つくづく、人を教え導くには向かない御仁だな」
呆れたようにリカルド様がため息をつく。いやあ、ホントにね。
「ザブレット教授、不本意かもしれませんが強度の高い結界を張ってください。命を落としかねません」
「ふん、たわ言を」
リカルド様の忠告もどこ吹く風の学年主任。ぶっ飛ばしちゃうぞって思わなくもないけど、残念ながらあたし、出力調整なんてうまくできないんだよね。
いくら馬鹿にされて舐められまくってるからといって、あたしの魔法で命を落とされるのは困る。
「あのぉあたし、申し訳ないんですけど、程よく魔法を撃つのはまだ難しいんですけど……」
「ふん、誰が手加減をしろと言った。貴様ごときの魔法で、私にかすり傷でも負わせられるというのかね?」
ああ、ダメだ。全然話を聞いちゃくれない。
でも、死んじゃったらと思うと怖くて撃てない。どうしたものかと逡巡していたら、リカルド様が助け船を出してくれた。
「ユーリン、力一杯魔法を撃っていい。俺が結界を張ろう」
リカルド様を見上げたら、任せておけと言わんばかりに澄んだ瞳であたしを見つめ、力強く頷いてくれる。
ああ、リカルド様が任せろというなら、きっとなんの心配もない。
あたしは、お腹の中心から尽きることなく溢れてくる魔力を、両の手へと導いていった。炭酸みたいにシュワシュワと、不思議な感覚が体の中を巡っていく。それが増えて、ぎゅっと密度が高まって、腕を通る頃には溶岩みたいにふつふつと湧き上がっていく。
ああ、あたしの魔力……こんなに情熱的なんだ。
「な、なんだ、この魔力は……!」
小さく、なにか聞こえた気がした。
でも、もうそんなことすらどうでもいい。体の中でうねって出口を探してる魔力の塊を、今すぐに解き放ってしまいたい。
我慢して、ギリギリまで高めて、魔力の塊を圧縮する。
こんなに沢山の魔力を感じながら魔法を撃つなんて、初めてだ。体が膨れ上がって弾けてしまいそう。
「いいぞ、ユーリン! 思いっきり撃て!!!」
リカルド様の声があたしの鼓膜を打った瞬間、条件反射みたいにあたしの手から巨大な魔力の塊が放たれた。
轟音。
砂嵐。
悲鳴。
何かが飛散する影。
ひびが入るような不吉な音。
あたしが放った魔力の塊の影響で、周りでは様々な現象が起きているけれど、なんだか不思議と気にならない。まるで高熱が出たときみたいにふわっと浮いてるみたいに気持ちいい。
大量の魔力が一気に体からなくなったからかしら。浮遊感やら脱力感やらが、あたしを優しく誘惑する。
気持ちいいでしょ? このまま眠っちゃってもいいんじゃない?
「教授! 結界を全力で強化してください!」
「言われずともやっておるわ!!!!」
ふんわりした睡魔に持っていかれそうになっているあたしの耳に、ようやく、つんざくような叫び声が届いた。
……あれ? なんであんなに、必死に……?
あたしの視線の先には、まん丸い結界の中で、必死の形相で呪文を唱える学年主任の先生がいる。
そして、その結界にはすでにヒビが縦横無尽に走っていて、今にも壊れてしまいそうだった。しかも結界との境界で力がせめぎあっているのか、闘技場の床は無残にもヒビ割れ、石畳がめくれ上がって次々と剥がれて飛んでいく。
こ、これ……あたしの、魔法のせいなの?
なんか怖い。大丈夫なの? これ。
「ユーリン、助けを呼んでくれ! このままじゃ……!」
「ぬおおお! 行くな落ちこぼれ! このような無様な姿……!」
「体面を気にしてる場合ですか!」
二人が言い合う間にも、結界のヒビは深く細かくなっていく。きっと、もう保たない。
恐ろしくて、あたしは後ろも見ずに走った。
どうか、どうか、間に合って!
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