テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……なんですか?」
食堂で向かい合って昼食をとっていた友人が、さっきから俺の様子を伺うように見つめてくる。にやにやした顔で、友人は伏せられている俺のスマホを指さす。
「それ、もしかしてこの前のライブハウスのやつ?」
「…!そうです!いいでしょう?」
スマホを手に取り、裏面に入っているチェキを友人に見せつける。あの日から約1週間、俺のスマホ裏はチェキの定位置となっていた。ふふん、と自慢する俺を見て友人は半笑いで続ける。
「チェキ自体は別にいいんだけど……普通ポーズ逆じゃね?なんで星導がGood側なん?w」
頭の中にはてなが浮かぶ。友人が差し出したスマホには、“片思いポーズ”と検索された画面が映し出されていた。……?いやポーズ同じじゃないですか?いまいちピンときてない俺に痺れを切らした友人は、画像を1つタップして手の部分をドアップにした。
「このポーズってアイドル側がGoodでファン側がハートが主流じゃない?ファンからの一方的な片思い〜的な。」
言われてみたらたしかに。注目して見ていなかったから気づかなかったが、ここに表示されている画像はほぼ……というか全部、俺のチェキとは反対の構図で撮られている。
「あ……えぇ〜??……まじかぁ。」
途端に恥ずかしくなりチェキを抜いてしまおうとも思ったが、生憎ほかに入れられるようなものは持ってない。ロウくんはこれに気づいているのだろうか。耳がじわじわと熱くなり、赤くなってるんだろな…、と自分でもわかる。
カシャッ
「は……ちょっと!?何撮ってるんですか!!」
嫌な音に顔を上げれば、今撮ったであろう写真を笑いながら見せてくる友人の姿。写真の中の俺は、耳だけでなく顔、なんなら首までほんのり赤くなっていた。
「この写真、星導のファンの子が見たら悲鳴あげるんじゃない?w」
「だから俺にファンなんて居ないですって!アイドルじゃあるまいし……ッッあ!?」
反論を続けようとしたが、自身の発言であることに気づく。今日はまたライブハウスに行く予定の日だ。既に公式Xからチケットは予約済みなので行かないわけにはいかない。時計をちらりと確認すればもうそろそろ出ないと間に合わないだろう。
「すみません!今日ライブなのでお先に失礼します……さっきの写真は消しといてくださいね!」
早口にそう捲し立てれば友人はひらひらと手を振る。写真は……まぁまた今度消したか確認するとしよう。
一度来たことある場所だからか、前よりもかなり早くライブハウスに着く。受付には前とは違うスタッフさんがいて、事前予約の画面を見せると簡単に中へ入ることができた。時間は……開演まであと20分はある。急ぎすぎたと思いながらドアを開くと、やはり中にいる人はまだ少ない。
それでも相変わらず中年男性の多さが際立つ。今日もあの女性アイドルのライブがあるのだろうか。……まぁ俺には関係ないですけど。この前と同じ隅っこに行こうと思ったが、既に人がいるのが見えてためらう。諦めて反対側の誰も居ないところに行き、スマホをいじりながら開演を待つことにした。
「あの!!」
突如後ろから聞こえた声に振り返る。そこに居たのは、前にロウくん達のライブを眺めてた男性だった。黒かと思った髪は少し紫がかっており、ダウナーな雰囲気を纏う彼は整った眉をこれでもかと歪めながら言葉を続ける。
「お、お隣いいですか…!」
他の人だったら断ってただろうが、何となく歳も近そうだと思ったので「どうぞ」と軽く返事を返した。彼は安堵したようにへにゃりと笑うと、おずおずと隣に並ぶ。
最初こそお互い気まずさが拭えないたどたどしい会話だったが、目当てのアイドルが同じだと知ってからはテンポよく話が続いた。
彼は佐伯イッテツ。歳はやはり俺と同じで、彼も大学に通っているらしい。ライブハウスに通うのは今回で4回目らしく、俺よりも先輩だ。
「るべくんって、えと…推しとかいる……?」
推し。その言葉に真っ先に脳裏に浮かんでくるのはやっぱり彼だ。
「ロウくん……ですかね。」
ロウくんね〜、と言いながらうんうんと頷く彼は誰推しなのだろう。……というか、よく考えたら俺ロウくん以外のメンバーについて何も知らなくないですか…?
「イッテツの推しは?あと…お恥ずかしながらロウくん以外のメンバーについて全然分からないので教えてほしい……です。」
「了解!えっと……あ、このパンフレットの写真で説明するね…!」
ぱっと開かれたそこには、多分この前のライブの時の四人の写真が載せられていた。……後で俺も貰おっと。
「まず、この金髪に水色のメッシュが入ってるのが緋八マナくん。歌がとにかく上手で喋りもすごく面白いんだよ!」
「次に、このオッドアイの子が叢雲カゲツくん。デビューするちょっと前から歌とダンスを始めたらしいんだけど、本当に努力家で成長速度がすごいんだよ!それで……」
イッテツが指をスライドし、ある一人を指さす。
「この人が宇佐美リトくん。歌も上手だしダンスもパワフルでかっこいいんだよ!このグループではリーダー的立ち位置で、そこも頼りがいのあるまとめ役っぽくてかっこよくて。そうそう、あと趣味が筋トレで……!」
ね、熱量がすごい。言われずともこのリトくん推しなんだろうなと分かってしまった。まだ話し続けそうなイッテツだったが、会場が暗くなったことによりその勢いは止められる。
辺りを見渡すといつのまにか人でいっぱいになっていた。この前と違うのは、若い女性の割合が少し増えてるってところ。もしかしてロウくん達目当てですかね……?
照明が明るくなるとステージの上にはあの4人が立っていた。前回よりも凄まじい女性達の悲鳴にイッテツがびくりと身体を震わせる。
「今日は来てくれてありがとなー!」
マナくんの明るくハキハキとした声が部屋に響く。相変わらず愛想のいい三人と……相変わらずつんとしてるロウくん。ブレないなぁ……なんて思いながら見つめていると、軽快なリズムの音楽が流れ始めた。
前回とは違う曲で、ポップな歌詞や踊りが見ていて楽しい。ロウくんも心なしか少し楽しそうに踊っているように見える。
そんな曲の最中、突如4人が客席にぱっと手を伸ばした。厳密には他のメンバーはわからない。でもそうなってしまうのもしょうがない、だってロウくんがこっちに……勘違いじゃなければ俺に手を伸ばしているのだから。
そのまま手を拳銃の形にして、ばーんと撃ち抜く。所謂ファンサというやつだ。その後も俺は、何にもなかったかのように踊り続けるロウくんから目を離せなかった。ライブの高揚感か、予想外のファンサを貰ったからか、心臓が痛いほど脈打つ。
曲が終わったあともそのドキドキは止まず、イッテツに話しかけられるまで、俺の頭の中はずっとロウくんのことでいっぱいだった。
「るべくん!……物販行く?」
「あ……はい!行きたいです。」
次のグループの活動が始まる前に急ぎ足でホールを出る。前回のように無用な恨みを買うのは御免ですからね。
外の販売スペースには、先ほどの女性たちが思い思いの推しのグッズを手に取っている。人の波が落ち着くの待った後で、俺とイッテツは販売スペースへと近づく。
ロウくんのグッズは……あった。既にラスト一つとなったマフラータオルを手に取る。メンバーカラーなのだろうか。濃い青色のそれは日常使いもできそうなくらいシンプルで、こんなところもアイドルっぽくないのか……なんて思う。
イッテツもリトくんのマフラータオルを買うようで、2人揃って会計の列に並ぶ。前に並ぶ女性たちがちらちらと俺やイッテツを見てくるが、まぁそれは気にしないことにする。やっぱメンズアイドルに男性ファンがつくのって珍しいんですかね。
列が進み会計を済ませると、レシートとともに2枚の券を手渡された。それには、「握手会引換券〜小柳ロウ〜」という文字が刻まれている。この前はチェキ会だったが、今回は握手会なのだろうか。
「るべくん!あ、握手会だって……。」
嬉しそうな表情とは裏腹に、イッテツの声はどこか沈んでいる。行きましょうよ、と促してもどこか返事が上の空だ。
「イッテツ……?」
たった数時間前に出会ったばっかだが、そんな俺でも何かおかしいと感じる。じっと見つめていると、観念したようにイッテツは呟く。
「俺、緊張しちゃって上手く話せる気がしないんだよね……。目も合わせられるかわかんないよ。」
ちらりと握手会の方を見る。リトくんのところは、ちょうど最後の人が終わったようで、今ならスムーズに入れるだろう。
「じゃあ、イッテツが良ければなんですけど……俺と一緒に行きませんか?」
「……いいの?」
使うのはイッテツのチケットなのだから、イッテツさえ良ければ俺は大丈夫。ロウくんはその後に回ればいいですしね!
2人でスタッフさんに1枚ずつチケットを渡す。どうやら、1枚1分のようだ。簡易的なのれんのようなものをくぐると、驚いた顔をしたリトくんがいた。
「あ…!お兄さんこの前の〜!!」
「お久しぶりです。また来ちゃいました。」
一ファンの顔を覚えてるなんてすごいなぁと思いつつ軽く握手をした。大きくてがっしりとした手はどこか安心感がある。俺は自然なふうに手を離し、イッテツに向き直り、目で「今ですよ!!」と念を送る。
「あ……えっと……。」
おどおどと宙をさまよう手をリトくんが捕まえる。わぁっ!?と大きな声を出したイッテツを見て、リトくんはにんまりと笑っている。
「お兄さん……何回かライブ来てくれてるよな?」
「ッッ!き、来てます!!」
緊張すると言っていたイッテツだったが、特に問題なく話せている。良かったですね…!
しばらく2人の会話を眺めているとタイマーが鳴り、スタッフさんが終わりを告げる。 にこにこと手を振るリトくんを後に、俺たちはスペースを出た。
「るべくん……ありがとう…!!」
先ほどまで握手していた手をぎゅっと強く握っているイッテツを見て、俺も自然と笑みがこぼれる。友達とする推し活ってこういう感じなんだなぁ……。
「じゃあロウくんのとこ行ってきますね!」
「いってらっしゃい!今日は本当にありがとう!」
ひらひらと手を振りながら別れ、俺はロウくんの所へと足早に歩く。危なくスタッフさんが終了の札を出しかけてるところに何とか滑り込めた。
のれんをくぐった先には、退屈そうに座るロウくんがいた。俺の姿を視認すると、すっと立ち上がりこちらに片手を伸ばす。
「遅い。」
ばーん、とライブの時のような素振りをされて心臓がどきりとする。なんとなくそれを悟られないように、自然を装って握手するために手を伸ばす。さっきのリトくんより薄く骨ばっている手を軽く握る。
「……そういえば名前何?」
「えっと……星を導くって書いてほしるべって言います。」
珍しい苗字なのでわかりやすいように伝える。星導…星導ね、と呟くロウくんはぱっと顔をあげる。
「というか、俺の名前知ってる?」
たしかにロウくんの口から聞いたことはないが、チェキに書かれてたから知ってはいる。
「ロウくんですよね!」
得意げに言う俺をロウくんは何故か嫌そうに目を細めて見ている。え、もしかして名前読み間違えてます…?
「あー……ロウくん呼びじゃなくて、……小柳、うん。小柳呼びにして。」
「……小柳くん?」
苗字呼び?なんか距離遠くなった気がするんですけど、本人満足そうだしこれでいいのか……?初めて会ったときよりも警戒心の解けたような顔で笑うロ……小柳くんを見てそんなことを思う。
「次のライブはいつですか?」
「来週の木曜だけど……なに。また来んの?」
もちろんです!と食い気味に答えた俺に、小柳くんは「あっそ。」なんて素っ気ない返事をする。まだまだ話したいことは沢山あったが、無慈悲にもタイマーの音が鳴り響いた。
「じゃあ来週!!絶対来ますからね!」
自身の図体のでかさに気をつけながらも、ぶんぶんと大きく手を振る。控えめに手を振り返してくた小柳くんに名残惜しさを覚えながら、俺は握手会会場を後にした。
ファンサ?の真意は聞けなかったが、また新たな小柳くんの一面を知れたような気がする。来週の木曜を心待ちにしながら俺は帰路についた。
スクロールありがとうございました。
あとフォロワーさん300↑もありがとうございます🙇♀🙇♀
前話で多忙により低浮上って書いたんですけど、思ったより時間に余裕があったので浮上しました。
コメント
1件