テラーノベル
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世界は静かだった。崩壊のあとの大地には、風の音すらない。
空には太陽も月もなく、
ただひとつ、灰色の輪が浮かんでいた。
それは——光と闇が完全に重なり合った“日蝕”の残影。
リシアはその下で、ひとり座り込んでいた。
腕の中には、かつてセラフィエルであった“形なき残滓”。
黒と白の羽が交じり合い、ゆっくりと崩れ、
やがて光の粉となって彼女の手をすり抜けていく。
「……あなた。」
その声は風に消えた。
——返事はない。
けれど、確かにそこに“息づく気配”があった。
それはリシアの胸の奥で脈打ち、
血の流れとともに、静かに囁いた。
「泣かないで。俺はここにいる。」
リシアの瞳が震える。
その瞬間、彼女の中の“闇”が微かに脈を打った。
ネレイア——かつて彼女の魂に眠っていた闇の女神——が、
再び目を覚まそうとしていた。
「あなたを取り戻すには……
この身を、完全に闇に委ねるしかないのね。」
リシアの周囲に、黒い花弁が舞い始めた。
それは世界の“影”そのものが花の形を取ったもの。
大地が歪み、空が反転する。
「リシア、やめろ……お前が闇を抱けば、
俺は完全に消える。」
「いいの。あなたが消えるくらいなら——
いっそ、私が“あなたを喰らう”わ。」
彼女の声には涙が滲んでいた。
だがその涙は、悲しみではなく、渇望の色をしていた。
「あなたとひとつになりたい。
あなたの記憶も、痛みも、全部……私の中に溶かしたいの。」
リシアの胸元に光が宿る。
それは、セラフィエルの心臓から受け継いだ“天の核”。
そこから金の光が溢れ、黒い闇と混ざり合っていく。
世界が再び震える。
空に浮かんだ灰色の輪が、ゆっくりと赤に染まり始める。
「リシア……それは“愛”じゃない。
それは、“終わり”だ。」
「違うわ、セラフィエル。
これは終わりじゃない。“融合”よ。
あなたが私の中にいるなら、
あなたは、永遠に生きられる。」
彼女の背から、漆黒の翼が広がる。
かつての白はもう存在しない。
代わりに、黒の中に微かに金の光が走っていた。
「あなたの光と、私の闇。
どちらも世界を滅ぼしたけれど……
私の中では、矛盾じゃない。」
リシアの唇が微笑む。
その笑みは、かつて神に祈った少女のものではなかった。
——それは、愛に狂い、愛に還った女神の微笑みだった。
彼女は両腕を広げ、天を仰ぐ。
「来なさい、セラフィエル。
あなたの魂を、私の中で——永遠に眠らせてあげる。」
光と闇が激しくぶつかる。
大地が裂け、空が悲鳴を上げる。
太陽と月が完全に重なり、
世界は“日蝕”の闇に包まれた。
その中心で、二つの光が溶け合う。
金と黒。
祈りと渇望。
愛と滅び。
——やがて、すべてが静かになった。
リシアは膝をつき、胸に手を当てた。
そこには、微かに鼓動があった。
だがその鼓動はもう、彼女のものではなかった。
「感じる……あなたが、私の中で眠ってる。」
彼女は目を閉じた。
唇には微笑みが浮かんでいた。
——その笑みの奥で、
世界はまた、ひとつ“理”を失った。
日蝕の闇が明けると、
空には新しい太陽が昇った。
だが、その光はどこか冷たく、
世界はもう“神のもの”ではなくなっていた。
そして、その中心に立つ女神——
かつて“人”であったリシアは、
ゆっくりと目を開いた。
その瞳は、黒と金に揺れていた。
けれどその奥で、まだ微かに光が瞬いていた。
——セラフィエルの“声”が、彼女の中で呼吸していた。
しかし、それはまだ終わりではなかった。
“融合”の果てに、もう一つの“犠牲”が待っていることを、
誰も知らなかった。
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