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婚約が無くなればいい――――
今の自分は間違いなくそう思っている。しかし、それが不可能であることも十分理解しているのだ。私とマルクの婚約は互いの家同士が決めたこと。アルメーズ家とレシュー家の間で結ばれた契約……私の一存でどうにかなるものではない。貴族の結婚など大抵がそういうものだろう。
きっとバージル様は貴族令嬢らしからぬ振る舞いをしている私を暗に咎めているのだろう。自宅の中とはいえ、大声で契約に対しての不満を口にするなんてあってはならないことだった。こうやってたまたま訪れていた客人に……今回はバージル様だったが、聞かれてしまう恐れがあるのだ。
ステラにこっそり愚痴を言う程度は見て見ぬふりをして下さっていたが、さすがにこれは看過できなかったのだろう。噂で耳にするのと、実際に本人が口にするのとでは大違い。私のせいでアルメーズ家とレシュー家の関係が拗れたら大変だ。つまりバージル様が言いたいのは、時と場所と状況をを考えろ。不用意な行いはするなである。
「ご忠告痛み入ります。今後はこのようなことがないよう、十分に留意致します」
苦手だと思うことも多々あるが、やはりバージル様は優しい人である。言い方は厳しくてそっけないけど、アルメーズ家や私を心配して下さっている。彼の忠告を胸に刻み、これからはいくら腹が立ったとしても感情に任せて行動しないように気を付けよう。
バージル様に感謝しながら、自身の軽はずみな行いを反省した。彼の真意を充分に理解できたと伝えたつもりだったが、バージル様は再び大きな溜息を吐いたのだ。
「分かった。言い方を変える。君はマルク・レシューの事を好いているのか?」
「えっ、それは……」
一体バージル様はどこまでご存知なのだろう。婚約当初ならともかく、現在のマルクに対しての好感度なんてゼロにも等しい。幼馴染第一で婚約者である私には最低限の敬意すらも払うことができない。約束をすっぽかすたびに『申し訳ない』『すまない』と口だけの謝罪を行うだけだ。
よって、このバージル様の問い掛けへの返事は『NO』である。しかし、そんなことを他家の男性に対して直接言うのはどうなんだろうか。つい先ほど自分の行いを反省したばかりである。もしかしてこれは、バージル様の罠か? 私を試そうとしているのか。だとしたら……この質問には慎重に答えなければならない。
「……言い難いのは分かる。でも、とても大切な事なんだ。決して口外しないと約束する。だから……そこだけはっきりさせて欲しい」
ついさっきまで不機嫌そうだったバージル様の表情が変わった。今の彼は何というか……不安そうで、声にも覇気が無い。質問をしたのはそちらの癖に、まるで私の答えを聞くのを恐れているような……
大体、こんな質問……改めてしなくても答えは分かり切っているのではないのか。私が彼の妹であるステラにあれだけ婚約に対しての愚痴をこぼしているのを知っているだろうに。
「好き……か」
私が言葉を発した瞬間、バージル様の肩がぴくりと動いた。そんなに身構えるようなことでもないだろう。ますます意味が分からない。
「バージル様もご存知でしょうが、私とマルク・レシューの婚約は両家の繋がりを強固にするために結ばれたものですよ」
「ああ、不躾なことは承知の上だ。それでも……君が彼をどう思っているのか知りたい」
正直に言うべきだろうか……嘘は吐きたくない。でも、バージル様を相手に自分の本音をストレートにぶち撒ける気にもならなかった。彼はステラの兄だけど、私個人とはそこまで親しい仲ともいえない。
「政略が絡んだ縁ではありますが、マルク様とは良い関係を築いていけたらと思っています。困難で険しい道のりになるのは間違いないでしょうけど……」
「もしもだ……奴との婚約が白紙になったら、君はどうする?」
婚約を白紙に……だと? 仮にそんな事が実現するなら、私はこの場で歓喜の雄叫びを上げながら廊下を踊り回ってしまうだろう。残念ながらそんなことは起こらないけど……
たらればとはいえ、こんなふざけた答えを返すわけにはいかない。私は内心で溜息を吐いた。マルクの話いつまで続くんだろう。約束をすっぽかされてイライラしていた感情が蒸し返してきそうだ。バージル様……もう、さっさと帰ってくれないかな。
「そうなれば……私は家の決定に従います。上手くいけば良いという気持ちに嘘はありませんが、私自身はこの婚約にそこまで未練はありませんから」
「つまり、無くなったらそれはそれで構わないと」
「ええ。あくまで家門に影響がなければですが……」
「そうか」
いつの間にか普段通りのバージル様に戻っていた。先ほど一瞬だけ見えた不安で怯えたような姿は見る影もなくなっている。私の答えを聞いて何を思ったのかは知らないが、少なくとも呆れられるような内容ではなかったはずだ。
「分かった」
「えっ、あの……ちょっと、バージル様!?」
彼は今しがた歩いて来た廊下を再び戻り始めたのだ。用事が終わって帰るところだと言っていたはずなのに……。彼の行動が理解できず、あたふたとしてしまう。
「子爵に伝え忘れていた事があるのを思い出した。長くなるだろうから見送りはいらない。引き留めて悪かったね。それじゃあ、また」
矢継ぎ早に挨拶を言うと、彼は私の前からあっという間に立ち去ってしまった。咄嗟のことで碌な返しもできず、私は廊下で呆然と立ち竦んだ。
#一次創作