駐車場は痛々しく屈曲したガードレールに三角コーンが置かれ、一見すると酔っぱらいが突っ込んだようにしか見えなかった。
離れたところに前向きで停車すると、俯き何かを考えていた壱道が顔を上げた。
「さっき二階堂さんと何を話していた。駐車場で」
琴子はエンジンを切って、自嘲気味に笑った。「私を心配してくれたんです。お恥ずかしい話です、心配ばかりかけて」
「何も恥ずかしがることはない。あの人は元来そういう人だ。面倒見が良くて、放っておけない気質なんだ。見てないふりして、いろんな人間のことをよく見てる」
聞いてもいいだろうか。迷った末勇気を出して口を開いた。
「今日、会議室で二階堂さん、何を怒っていたんですか?」
少し拗ねたようにアームレストに寄っ掛かると、素直に答えた。
「木下の未来を潰す気かと。一課や二課を経験して、一通り危険な目にあってきた俺ならまだしも、担当して初めての事件でこんな目に合わせるなと」
「え、私のためにあんなに?」
「まあ、あの人のことだから」
体勢を整えながら吐息混じりに言う。
「半分は、他の奴等に聞こえるようにパフォーマンスの意味もあったんだろうがな」
そうか。生意気なことを言った後輩が、元先輩に必要以上に怒鳴られるという構図を作り、壱道への反感を和らげようとしたのか。
「本当に可愛がられてるんですね、壱道さんは」
「あの人は誰にでもそうだ。現にお前にも激励の言葉をかけただろ」
「はい。行き詰まったら、原点に返れって。なぜ警察の道を志したのか。その原点に戻れば道が開けるからって」
「原点、な」
壱道が何か物憂げにフロントガラスから空を見上げた。
「お前は本当にあのおっさん刑事がきっかけで警察に入ったのか」
「はい。そうですよ。いけませんか」
もう開き直ることにしたが、
「ちなみに二階堂さんの原点は家族だって言ってました」
思わず話を反らしてしまう。
「家族を守りたいって。良いパパなんでしょうね」
壱道が向き直る。
「あの人は独身だが」
「あれ、じゃあご両親のことを言ったのかな」
また正面を向き、遠くを見ている。
「壱道さんの原点は何ですか?なぜ警察になろうと?」
ちらりとこちらを見るが、
「原点なんて立派なもんじゃない。俺の場合は」
目を伏せ、吐き出すように言い放った。
「当て付けと嫌がらせだ」
「え?」
コンコン。控えめに運転席側の窓がノックされる。
少し屈んで逆光に照らされているのは、ボーイの横山だった。ギョッとしたのを気づかれないようにドアを開ける。
「おはようございます、刑事さん。昨夜はどうも」
人懐こい笑顔で会釈する。
「あいにくマスターは夜しか来ませんよ」
「それは好都合だ。あんたに話を聞きに来たんだ」
壱道の言葉にさして意外そうでもなく、
「奇遇ですね、僕もです。さあどうぞ。今店を開けます」
と笑顔で答えた。
車を出て、鍵をかける。
「やっぱりちゃんとスーツを着てると、それっぽいですね。かっこいいです。刑事!って感じ」
茶化しているのか純粋なのかわからない声と表情だ。
「それに」
だが次の瞬間、はっきりと顔つきが変わる。
「今日は車も違うんですね」
ニヤリと笑うと、先導して歩き始めた。
二人は視線を交わし、あとに続いた。
店に入ると、横山はカウンターの席を勧め、自分は奥に消えた。
窓がないため日中入っても夜と雰囲気は変わらない。二人は並んで腰かけた。
戻ってきた横山は『臨時休業』とかかれたブラックボードを持っている。
「よし!これで邪魔者はこない」
言いながら、コーヒーマシンを起動させている。
「うちは喫茶店じゃないすから、味は保証できないけど、インスタントよりはマシでしょ」
コップをセットし、二人分のコーヒーを注ぐ。
「はいどうぞ。飲みながら話しましょう」
そう言いながらカップをカウンターに置くと、自分にはスコッチ&ソーダを作り始めた。
「いいすよね、シャバの最後に好きな酒飲んでも」
壱道がコップにつけた口を開く。
「やはり、昨日の車はお前か」
「車?ああ。そんなこともしたっすね。でもあんなのとるに足らない幼稚なものでしょ」
「じゃあお前はなんの罪で逮捕される気なんだ」
横山がグラスを傾けると氷と炭酸の爽やかな音がした。
「もちろん、咲楽さん殺害の罪で」
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