コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
<3>
★朝凪事務所管轄 新宿丸座
_______________________
合同ライブ当日。開場と同時に客席はじわじわと埋まり、開演前にはすでに満席になっていた。
やっぱり、「シンプルスター」目当ての客が多いんだろう。あちこちから彼らの名前を呼ぶ声が聞こえる。女性客がやたらと多いのも、正直うらやましい。いや、かなりうらやましい。 舞台袖からそっと覗くと、照明を浴びた舞台の上で、春沢が軽快に客席を煽っていた。堂々とした立ち姿で、テンポのいいトークを繰り出している。
その隣に立つ秋野くんは、いつものように少し猫背気味で、長い前髪を顔に垂らし、どこか恥ずかしそうだ。
……でも、前よりもずっとしっかりと立っている。 手に持つ小道具を握る指先に、微かな緊張と、確かな決意が宿っているのがわかる。客席を見据える目も、以前よりはるかに強く、澄んでいる。
「……相変わらず、顔隠してんなぁ」
ぼそっと漏らした独り言に、隣にいた田原が「ん?」と首をかしげた。俺は適当にごまかして、もう一度秋野のステージに視線を戻す。 舞台の前に立った秋野くんが、春沢と軽くアイコンタクトを交わす。その瞬間、空気が変わった。
静かだった客席から、くすくすと笑い声が漏れはじめる。 秋野くんの“間”の取り方が、抜群にうまい。静かで控えめな雰囲気の中で放たれる一言が、じわじわと客席を引き込み、ツボを押さえたタイミングで笑いを生んでいく。
(──ああ、やっぱりあいつ、面白ぇ。 あいつと組んだらどんなネタができるんだろう)
そんな考えが頭をよぎる。そんな自分に少し驚きながら、自然と口元が緩んでいた。
秋野くんの声が、これまでよりもはっきりと、まっすぐ響いてくる。姿勢はまだ少し猫背だけど、そのツッコミはしっかりと客席に届いていた。
(お前、やっぱり前に出るべきだって)
心の中でそうつぶやきながら、俺はじっとステージを見つめる。 秋野くんが絶妙な“間”を置き、次のセリフを溜める。
その一瞬の沈黙が、客席に期待の空気を生み、そしてツッコミが決まると客席がドッと湧いた。
完全に、会場の空気を掴んでいる。 気がつけば、俺は無意識に拳を握りしめていた。
「……負けてらんねーな、俺たちも」
ぼそっと漏らすと、隣の田原がニヤッと笑う。
「お、笠木気合い入ってんなー」
「お前も入れろよ、田原」
俺が肩をぶつけると、田原は「しゃーねーな」って顔で拳を突き出してくる。それに応えて、拳をぶつけ合った。
秋野くんたちのネタは、確かにウケてる。 客席の表情が明るい。笑いの余韻が空気に漂い、誰もが楽しそうにステージを見つめていた。 もちろん、「シンプルスター」目当ての客が多いのはあるだろう。けど、それだけじゃない。
秋野くんはちゃんと、自分の力で客席を笑わせてた。
(……俺たちも、同じコント師として負けてらんねーよな)
心の奥から、熱いものがこみ上げてくる。 深呼吸し、肩を回す。舞台袖の暗がりを抜けて、一歩前へ踏み出す。
スポットライトが眩しくて、一瞬視界が白くなる。でも、すぐに慣れる。 袖の静けさとは対照的に、客席のざわめきがじわじわと高まっていく。
──この空気を、一気に俺たちのものにする。
出囃子が鳴ると同時に 隣を見ると、田原がまたニヤッと笑っていた。
(行くぞ)
言葉はいらない。目だけで、すべて伝わる。 さあ、俺たちのステージの始まりだ。