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★丸座内 楽屋裏

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「お疲れさん!」


舞台裏の楽屋は、まるでまだ本番が続いているかのような熱気に包まれていた。 笑い声、歓声、誰かの高揚した叫び。

空調の低い唸りも、今はまるで効果音のように感じる。 照明を落とした空間に、舞台の光の残像がまだ漂っているような錯覚すらあった。 丸テーブルの上には乱雑に置かれたペットボトルと、飲みかけの缶コーヒー。使い捨ての紙コップには、飲み干されたあとがそのまま残っている。 ソファにもたれるように座った芸人たちの肩からは、タオルがぐったりと垂れていた。汗が滲み、頬にはまだ火照りが残っている。


「笠木たちも良かったよ!」

「ありがとうございます!」


事務所の先輩が声をかけてくる。 そんな言葉をかけられるのは悪くない。いや、正直に言えば、ちょっとくすぐったい。

でも、それ以上に心を奪われたのは——


秋野、めっちゃウケてたな!」


気づけば、無意識に視線が秋野くんを探していた。 彼の周りには、複数の芸人が集まっていた。

誰もが笑顔で、時折、拍手混じりに肩を軽く叩くような仕草も見える。


「ツッコミ、めっちゃキレてたな!」

「ボケとのバランス、完璧だったわ!」


口々に飛び交う賞賛の言葉。 その中で、秋野くんは少し戸惑っていた。慣れない称賛に、居場所を探すような目をして、手元のペットボトルを何度も握り直していた。 でも——


「ありがとうございます」


小さく、でも確かにそう言って、ほんの少しだけ笑った。 その笑顔は、照れくささを隠しきれない、だけど嬉しさのにじむ、素朴で温かい笑みだった。


(……なんか、いいな)


心のどこかがじんわりとあたたまる。 あのとき、初めて彼のネタを見た瞬間の、直感に近い「こいつは面白い」という感覚。それが今、この場所にいる全員に、ちゃんと伝わった。共有された。それだけで、なんだかうれしい。


「……あ」


ふと、秋野くんと目が合った。 彼は少し驚いたように目を見開き、それから小さく手を上げた。

俺も無言で、顎をくいっとしゃくって応える。 それを合図にしたように、秋野くんが一歩、二歩とこちらへ歩いてきた。足取りはぎこちなくも、確かな決意が見える。


「……笠木さん」


すぐ近くで聞く彼の声は、舞台上よりもずっと静かで、けれど芯のある声だった。


「ん?」

「今日、楽しかったです」


一瞬、胸がきゅっと締めつけられたような感覚になる。 それは感動というよりも、もっと素朴で、正直で、まっすぐな想いに触れたせいかもしれない。


「……だろ?」


言葉が自然に口をついて出た。 自分でも、少し驚くほどやわらかい声だった。 秋野くんはふっと笑って、目尻をわずかに細める。


「……また、一緒にやりましょう」


その一言が、胸の奥に、静かに、確かに染み込んでくる。


(……こいつ、本気なんだ)


舞台上のあの一瞬じゃなくて、それ以外の時間も、ネタを書いてる時間も、きっと大事にしてるんだろう。だからこそ、たった一言で、こんなにも嬉しい。


「おう、またやろうぜ。また爆笑取るぞ」

「はい!」


俺の声が、自然と力を帯びていく。 秋野くんが軽く頷いた瞬間。

周囲の喧騒が、一瞬だけ遠のいた気がした。

たった数秒の、二人だけの静かな約束。 それが、さっきまでのどの舞台よりも、ずっと胸を熱くさせた。

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