落葉樹の立ち並ぶ、紅色に化かされた秋の地。静まった道、葉はただ儚く舞うことだけを知っている。
“…こんにちは、ナギサ。”
「…?先生、どうしてここに?」
“ちょっと暇だったもので。”
春風にも間見える颯爽とした顔立ちをして、立ち姿だけが見えていた。
“ナギサ、今って暇?”
「………?」
「あの、先生?」
気づくと、私は着いて来ていた。足取りは、どうも少し早い。
そして、目の先にあったのは美術館だった。先生は凛とした、穏やかな目で、そこを見据える。興味か、はたまた関心かのように足取りは早まる。
“……ナギサって、確か絵好きだったよね。”
無機質な壁、色彩に溢れた絵画。そこの静寂に、その不合理が証明されていた。
「…先生は、芸術に興味はお持ちなのですか……?」
“私は、官能美ぐらいしか。”
“──ごめん、嘘。色々興味はあるね。”
額を、冷や汗が流れる。どうも疑問の多い状況の中、静止は理解を置き去りにしていた。
“最近、ミカやセイアも忙しいんだって。”
その言葉は、確かに的を得ていた。
“無理矢理でもいいから、休ませたいってミカが言っててね。”
先生も同様だが、目の下の隈が薄暗く残っている。
“嫌だった?”
「……いえ、ありがとうございます。」
“……凄いね。”
「……アリウスの、ですか。」
その色彩は夜明け前の青、何もかもが青かった。海岸線の延長線、炎の青い揺らめき、底知れぬ魔法のように、ただ青だった。
「珍しいですね。アリウスは表現主義のものが多いのですが──」
抽象的な、強力な色使いの後退色のみ。薄暗く神秘的な夢を見るような絵画だった。
“こういうの、トリニティだとあまり見ないんじゃないかな?”
「大半はワイルドハントやレッドウィンターですしね。」
“ナギサは、やっぱり芸術が好きなんだね。”
「あくまで趣ですが、昔からですね。」
単調な会話。明鏡止水とした館内に、静寂が積もる。
“ナギサは、私がトリニティに来た時、どう思っていたの?”
「……少し不安でした。」
自然と、言葉が発せられる。突然だった質問に、少し驚く。先生の顔に悪意は無く、目は少し澄んでいなかった。不思議だったが、理解の範疇に留まっていたのだ。
“…ずっと、ナギサは頑張ってるよ。”
“でも、無理はしないでね。”
「………。」
先生の瞳は、鷹揚自若としている。確かに、その目は澄んでいただろうか。
「……ありがとうございます。」
今にも消え入りそうな、この静寂だった。軽く、くしゃみをした。
コメント
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なんかなんだろう…小説の冒頭みたいな