異星人対策室のジョン=ケラーだ。カレンが誘拐された事件の翌日、事前の打ち合わせ通りティナのスターシップが木星の衛星タイタンの近くに現れた。
相変わらず巨大だ。此方の観測を容易にするために強い光を発してくれたから、統合宇宙開発局の観測班も簡単に見付けることが出来た。
事前の打ち合わせでは木星付近に一日留まった後に地球へやってくる予定だ。カレンの件があったとは言え、此方の仕事も手を抜くわけにはいかん。
ティナを迎える最後の調整のため皆が奔走している最中、メリルが退院してきた。胸にはギブスを巻いており、その姿は痛々しい。
「どうした、まだ絶対安静だろう?」
「この大切な時に現場を離れている余裕なんて無いでしょ? それに私はティナちゃんの護衛も任されているの。私が居なきゃティナちゃんが違和感を感じてしまうじゃない」
確かにそうだが……妹の熱意には敵わないな。だが、無理はしないように。防弾チョッキを身に付けていたとは言え、肋骨にヒビが入っている。呼吸する度に痛みが走る筈だ。出来るだけ楽な姿勢で出来る仕事をメリルに振り分けた。
国防省から回されてきた仕事を優先し、異星人対策室の仕事はジャッキー=ニシムラ(開発完了)が受け持ってくれた。彼の好意に深く感謝だ。今度何かお返しをしたいが。
「昨日見せてくれた室長とお嬢さんの笑顔、それだけで私は頑張れるんですよ」
彼は男前だった。これで妙な性癖を持ち合わせていないなら喜んでメリルの相手として紹介したいのだが。
いや、性癖は人それぞれか。とにかく感謝だ。
「日本政府からも問い合わせが来ていますね。どうやらティナさんとの個別会談をアメリカから要請されたらしく、詳細を知りたいとか」
「ミスター朝霧、日本政府の反応はどうかな?」
「ご安心を、概ね好意的ですよ」
今回の国際会議でティナは各国首脳に挨拶とセンチネルの脅威を伝える予定だが、それ以外にも各国からティナとの個別会談を求める声が強く挙がっている。
我が国としても交渉を独占している現状を少しでも緩和して、各国からの攻撃の手を緩めなければならない。もちろん建前ではあるがね。
外務省の連中はこの1ヶ月大忙しだ。我が国が仲介する形で幾つかの国と個別会談を予定しているが、その国のリストアップは慎重に行われた。
今回に限っては宗教の力が強い国はリストから外された。ティナの容姿は宗教的にも非常にデリケートだ。未だに彼女を神が遣わした使徒と崇拝する連中も居る。
いや、崇拝なら良いんだが悪魔の手先などと風潮する輩まで居る。下手なことをしてティナを傷つけないか確証が持てないからだ。
そして、我が国と友好国が当然優先されて敵対関係にある国家はリストから除外された。心配にはなったが、外務省の連中曰く彼等は何をしても文句を言うから相手にしないに限る。だそうだ。外交の世界は複雑怪奇だな。
娘のカレンは数日間の検査入院が必要になった。なにもされていないとは思うが、私はプロではない。何らかの薬物などが投与された可能性を否定できないそうだ。
今朝見舞いに行ったら笑顔で私を迎えてくれて、早くティナに会いたいと話していた。あんなに怖い思いをしたのに……亡き妻に似て強い娘に育ってくれたようだ。
翌日、ワシントンD.C.郊外にある飛行場にティナのスターファイターが降り立った。今回は事前に来訪の場所や日時をメディアに流していたので、現地では国内はもちろん世界中の報道陣が集まった。
この事は流した時点で予想できていたので、報道陣のスペースを広く作っていたから混乱も起きなかった。
レッドカーペットが敷かれ左右に整列したパレード用の制服を纏った軍人さん達が敬礼する。
武器の持ち込みは厳禁とした。なにが問題の引き金となるか分からないからね。
ハリソン大統領がティナを出迎えて握手、穏やかに言葉を交わす。我が国とティナが友好関係を築けていると内外にアピールするためだ。
このままホワイトハウスへ向かう予定だったが、ある記者の質問にティナが反応した。事前に質問の類いは厳禁だと通達していたのだが、どうやらあのフリーのジャーナリストはその辺りを正しく認識していなかったらしい。
異星人対策室のビルでモニター越しに様子を見ていた私は天を仰いだ。そしてティナのリアクションに頭を痛めた。彼女は突如として飛び上がり、記者の前にふわりと着地。笑顔で質問に答えたのだ。
ティナのことだ、善意百パーセントなのだろうな。直ぐにSP達が間に入ったから良かったが、彼に悪意があったら危なかった。
ティナは少し危機管理能力が低い。まあ、我々地球人を心底信じているのだろう。しかし、残念だが君が思うよりずっと地球は悪意に満ちている。
その辺りをやんわりと伝えるのも私の仕事だな。
空港を後にした彼女はそのままホワイトハウスで首脳陣と会談。今回はトランク10個と医療シートを300枚も持ち込んでくれた。
前回の医療シートはマンハッタンでほとんど使い切ってしまったから仕方無いが、今回は大量にある。相変わらず管理は我々に任されたが。
首脳陣と会談を済ませたティナは異星人対策室のビルへ案内され、我々も総出で彼女を出迎えた。元気そうで何よりだ。
すると彼女は急に駆け出してメリルに駆け寄り、胸に触れて魔法を使った。優しげな光が彼女の手から溢れ、苦しげだったメリルの表情が和らいでいくのが分かった。
次の瞬間、彼女がフラついたので直ぐに抱き抱えた。前回カレンの傷跡を癒してくれた時もそうだったが、治癒の魔法は彼女に重い負担を強いるようだ。無茶をする……助けられてばかりだな、私は。
ティナは意識を手放す寸前、私に育毛剤を手渡した。どうやら私の頭髪がサハラになったことを気にしていたようだ。
メリルを中心とした女性職員達にティナの事を任せて、私は彼女から貰った育毛剤を見つめる。一見するとスプレーだろうか?書かれている文字は読めない。アードの言葉だろうな。
嫌な予感しかしない。だが彼女は善意でこれを用意してくれたし、彼女には家族が何度も助けられた。その善意を無下にはしたくない。
なぜか集まった学者達に囲まれながら、私は頭にスプレーを振り掛けた。
…………涼しげな感じが……んっ!?
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーッッッ!!!」
「キターーーーッッッ!!!」
「室長ぉーーーーッッッ!!!」
一部始終を見ていたジャッキー=ニシムラ(実はドM)はこう語る。
「これもうパラダ◯スキングだろwww」
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