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夕方、ティナの来訪から三時間が経過。全世界のメディアは2度目の来訪を好意的に報道していた。これにはもちろん各国政府の強い要請があったのは言うまでもない。
特に来訪地であるアメリカでは報道内容に細心の注意が払われた。ティナが滞在している以上、テレビ番組を目にする可能性が非常に高いのだ。そこで非友好的な内容が報道されようものなら、彼女に強い不信感を与える結果となるだろう。
当然これらの報道姿勢は一部の反対派を大いに刺激することになる。
「あの式典を見たか!?侵略者がまたやって来たって言うのに、見たか!? 大統領はまるで飼い主に尻尾を振る犬みたいな顔してやがったぞ! しかもあの侵略者は突然飛んで善良な市民に危害を加えようとしたんだ! SPの奴らが邪魔をしなければと悔やまれるぜ! 奴らが居なけりゃ今頃空港は血の海で、あの侵略者の本性を暴けただろうによ! 政府がバカなのは今に始まったことじゃないが、あっさりとホワイトハウスへ通して滞在を許しやがった! やっぱり政府の奴らはあの侵略者に洗脳されてるんだ! リスナーのみんなは、この危険な現状を正しく理解しているよな!? 地球を守るために俺たちが出来ることを真剣に考えようぜ!」
クサーイモン=ニフーターを初めとした活動家達は、ラジオ放送やSNSを通じて過激な持論を展開。政府も取り締まりに動いているが、彼等は犯罪を犯したわけでは無いので逮捕も難しい。特にニフーターは個人のバンでアメリカ国内を流離いながら放送しているので、足取りを掴むことも難しかった。
「ティナ嬢に奴のラジオ放送を聞かせないように気を付けねばな」
大会議室にはアメリカ首脳陣が集まり、ティナが滞在中の対応について協議していた。
「前回と違い今回は長めに滞在したいと話していましたので、完全に隠蔽するのは極めて困難です。異星人対策室のビル周辺で定期的に発生しているデモは確実に阻止せねばなりませんな」
「現在州警察はもちろん、軍すら動員して警備体制を敷いています。ただ問題点は、ティナ嬢が自由に空を飛べることです」
「流石に空を飛べる対象の護衛など想定していません。式典の際も対応が遅れてしまいました」
「無理もあるまい、ティナ嬢には出来るだけ急な行動を控えて貰いたいと伝えてはいるが……」
「厄介なのは、彼女が善人であり行動力に溢れていることです。プロファイルを見るに、今後も似たような行動をとる可能性が非常に高いかと」
「マンハッタンでの事を思えば、善意や他者の危機を捨て置けるようなレディではなさそうだ。それそのものは好ましいのだがな」
警備担当者らと語らうハリソンは頭を抱えた。ティナの善性と閉鎖的な星から飛び出す行動力の高さは護衛を非常に困難なものにしている。
「ティナ嬢には申し訳ありませんが、ある程度の我慢をして頂くしかありません」
「しかしそれで彼女が不快に思えば友好関係の悪化はもちろん、アード本星が動くかもしれません」
「いやはや、我が国が少女一人の動向に右往左往する事になるとはな……」
年配の官僚の言葉に皆が深く同意した。地球の覇者たる大国アメリカ。大国故の傲慢さはもちろん持ち合わせているが、そんな彼らの度肝を抜いたのが今も軌道上に待機しているプラネット号である。
現時点で有効な攻撃手段は無く、しかもアード側の分類だと地球の駆逐艦レベルと知り少なくとも上層部から傲慢さは消えた。
無論核兵器を持ち出せば対抗可能と主張する声もあるが、アリアが対処した場合発射した瞬間自爆させることも可能であることを知るのはハリソンを含めて一部だけである。
「あー……ケラー室長、君の意見も聞きたいのだが……」
ハリソンが遠慮がちに問いかけ、室内に居る誰もがそっと視線を外す。デジャヴとも取れる空気の中、問われた男は静かに目を開く。
レスラーやビルダーのようなたくましすぎる肉体はそのままに、サハラと化していた頭部は成人男性の上半身がすっぽり埋まってしまいそうな巨大な虹色のアフロヘアーにジョブチェンジを果たした、異星人対策室ジョン=ケラー室長である。彼は哀愁漂う表情のまま静かに口を開く。
「ティナは良識も持ち合わせています。確かに突拍子の無い行動が見れますが、全て善意によるもの。こちらの要請に耳を傾けてくれるのは確実です。後は彼女の善意から来る行動を我々がどのように受け止めるか、或いはフォローをするか。そちらの議論を行う方が建設的だと愚考します」
「ふむ、制御が出来ないならフォローすれば良いと」
「はい、大統領。少なくとも彼女が我々人類にとってマイナスとなるようなことはしないでしょう。これは確信が持てます。彼女の善意から来る行動を制御できないなら、むしろ最大限に利用して友好関係の更なる深化とアピールを図りましょう」
「具体的には?」
「敢えて事件や事故が起きた現場に案内して協力を要請するとか、ですかな」
「なるほど、マンハッタンの奇跡の再来か」
「ヒーロー性を押し出していくのですな。貴方のように」
官僚一人の言葉にジョンは胃に鋭い痛みを感じた。彼の予想通り、ヒーロー活動は既に既定路線でありメディアからの注目度も高い。元来小市民的なジョンにとって、日頃から抱えている胃痛をより悪化させる事態となった。
これ程のストレスが加われば胃が深刻な病を患いそうなものだが、栄養ドリンクのお陰か彼の胃は健康そのもの。
最近は食後の一杯ならぬ食後の胃薬がぶ飲みが日課である。
「分かった、彼女には国内の観光地を案内したり特産品を紹介する傍ら大規模な事件や事故が起きた際は協力を要請する。これでどうかな?」
「警備としては不安が残りますが、事前に対象の動きをある程度コントロール出来るのであれば、非常に助かりますな」
「うむ。先ずは国際会議を無事に終わらせてからだ。交易品としてタンカー1隻分の食料確保も忘れるな。最後に……ケラー室長、一応報告は受けているがティナ嬢の容態は?」
「ビルに用意した部屋で休んでいます。彼女のAIであるアリアからは、疲労によるものだから明日には回復すると」
「そうか……出来るだけ彼女が魔法を使わずに済むよう調整せねばな。要請する際は注意しよう」
斯くして初日の対応会議が終了した。
アメリカとしては、ティナにはある程度自由にアメリカを満喫して貰いながらその善意から来る行動をコントロールすべく調整が行われた。
そして我等がジョン=ケラーはスキンヘッドマッチョからアフロマッチョに進化を果たした。胃痛と引き換えに。