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瓦礫の隙間がわずかに動いた。石の擦れる音がする。
乾いた息遣いをした小さな腕が、暗がりから這い出してくる。
子どもだ。しかしもう、人じゃない。
崩れた頬。濁った瞳。裂けた口から腐臭が漏れている。子どものゾンビがリシェルに向かって這い寄ってきていた。
「あららー、隙間を抜け出てきましたか」
リシェルは面倒くさそうにため息をつくだけで、見向きもしない。
音もなく、子どものゾンビの身体が縦横に裂ける。
鋼鉄のワイヤーで斬られたみたいに滑らかに分断され、肉片が瓦礫の上にばら撒かれた。
何だ?
リシェルは今、何をした?
鎌鼬を飛ばす風魔法なら見たことがあるが……こいつが今使った術とは、何かが違う気がする。
肉塊の中から、何かが蠢く。
白く細長い触手を束ねたような生き物だ。その生物が、死体からぞろりと這い出してくる。先端が空気を探るように揺れ――まっすぐリシェルに駆け出した。ぬるりと跳ね、彼女の首筋めがけて針のついた触手を伸ばした。
「うざったいです」
リシェルが顔をしかめる。
謎の生物は突然地面に叩きつけられた。メスで床に釘づけにされ、もがいている。
リシェルには武器を出す素振りも、刺す所作もなかった――どこから湧いたメスなのか。
彼女の能力もたいがい謎だが、今気にするべきはそこじゃない。
「……何なんだ、その虫?」
「パラサイト・コア。略称はコア。生物兵器らしいですよ」
手のひらサイズの黒い板を眺めながら、リシェルが言った。
「……生物兵器?」
「コアは体内に入ると、寄生先の脳と神経を侵すそうです。宿主となった生物は自我を失い、飢餓感に駆られて他人に噛みつき、感染を広げる操り人形になる。一方で、食べた蛋白質をもとに、無限に身体を再生できる不死身の肉体をもたらすんですって。爆発的に増えるくせに死なず減らず、生命のあるべき姿を冒涜しまくりですねー」
リシェルは黒い板に表示された文字列を見ている。今の長台詞は彼女の知識ではなく、引用らしい。
「……お前のそれ、何だ?」
「”スマホ”です。ゾンビに滅ぼされた世界の情報端末ですね」
「……何処でそんなもの拾ってきた?」
「何処って、あの召喚陣を逆向きに通ったに決まってるでしょ。あれ、今もまだ閉じてないですよ?」
「……お前、輪の向こう側に行ったのか?」
ゾンビが湧き出てくる流れに逆らって、自分から、あの荒廃した世界へ?
「おかげさまで、とっても可愛いエーラインのコートも拾えました」
リシェルはコートの裾を広げて見せびらかす仕草をする。
正気か、こいつ。
コアに目を落とす、ピクピクと痙攣している。
メスで腹を貫かれても、完全には死んでいない。こいつ自身の生命力も相当らしい。
……もし、この生物に、俺のスキルが使えたら?
俺はスマホを自分に向けて遊んでいるリシェルに声をかけた。
「……リシェル……聞け」
「……えー、わたし今、映える自撮りの追求に忙しいんですけど?」
「絶対ヒマだろ、聞け」
「じゃー、そのまま話してどーぞー?」
彼女の目は未だにスマホに向いている。
彼女からすると俺は、愚痴りたい時にタイミングよく転がっていただけの半死人にすぎない。自分は話したいが、俺の話には興味がないらしい。
「そのパラサイト・コア、俺に食わせろ」
リシェルがこちらを凝視する。
幸いにして、自撮りとやらよりは関心をひけたらしい。
「……ゾンビになるだけです」
「普通ならな。でも俺には”テイム”がある」
テイム。
この世界の神に与えられた、魔獣を隷属させるスキル。
ゲイリーたち同僚にハズレと馬鹿にされた能力だ。
何せ、このスキルで飼いならすことができるのは、小柄で魔力も少ない魔獣に限られる。戦闘に使えたことはない。役に立ったのは、情報収集のため吸血蝙蝠を偵察に飛ばしたくらいか。
リシェルが首を傾げる。
「パラサイト・コアに感染すれば、脳と神経を奴らに支配されますが?」
「奴らを、俺のスキルでさらに上から支配する」
「支配の上書き……うまくいきますかね?」
「知るかよ」
「ふーん、まあどの道、死んじゃう身ですしねぇ」
メスを抜き、リシェルは俺の目の前でコアを掲げた。
コアが俺に向けて触手を伸ばすが――届かない。リシェルがギリギリの位置で止めている。
「……焦らしてんじゃねえよ。早くそいつを、俺の身体に」
「嫌ーですよ。一番大事なことを聞けてないですもん」
「……大事なこと?」
「もしパラサイト・コアを飼いならし、不死身の肉体を手に入れたら……あなたは私に、どんな恩返しをしてくれるんです?」
リシェルは蠢くコアを絶妙な位置で揺らす。
犬にエサをちらつかせて意地悪する、ガキのような笑みを浮かべている。
俺は笑みを返して言った。
「俺がお前を、魔王にしてやる」
リシェルが満足げな顔でメスを放る。
カランと落下音が響いた瞬間、冷たい感触が俺の胸に飛び込んできた。
パラサイト・コアだ。皮膚の中へ潜り込んでくる――。
俺は咆哮を上げた。
焼けるような激痛が走る。
視界が白く弾ける。
だが俺は、意識を手放さなかった。
“ひれ伏せ”
スキルを発動させる。
暴れる異物。神経を焼き、脳を侵食してくるそれを、無理やり押さえつける。
飼い慣らす。
“従え“
この身になって、初めてわかった。
ゾンビ共が、心臓を射抜かれても歩みを止めず、襲い掛かる理由。
飢えから肉を求めていただけじゃなかった。
奴らを突き動かしたのは、血を求める闘争本能。
奴らは常に、戦闘意欲を高める何かを、脳みそにドバドバ注ぎ込んでいたんだ。
健全な感情を伴わない笑みがこぼれる。
脳はハイになってグチャグチャなのに、身体は順調に治り始めた。ただ、再生には痛みを伴うらしい。脇腹が燃えるように熱い。
だがどうして、それが今は心地いい。
“寄越せ”
不死身の肉体、この高揚感。
すべて俺が、もらい受ける。