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熱が引いていくのを感じる。
「いや、違う」
身体が熱に馴染んだのだ。
常人の数倍の速さで血が巡る、大量のエネルギーを宿した身体が、俺にとってデフォルトになったらしい。
右脇腹を潰していた瓦礫を押しのけると、そこにはもう傷跡さえ残っていなかった。骨も肉も、完全に再生している。
「……治ってるだけじゃない。力がみなぎってくる」
そもそも治癒と呼ぶべきものでもないのだろう。
再構築。
怪我をした脇腹を含め、全く新しい別の身体に作り直された感覚だ。
リシェルが面白そうに覗き込んできた。
「ゾンビ化は成功ですか?」
「それ以上だ。明らかに俺、他のゾンビより強いぞ」
「へえ、それはそれは。どうしてでしょうか?」
リシェルは、スマホを目の位置に掲げ、問いかける。
画面に文字列が表示され、リシェルがそれを読み上げる
「パラサイト・コアは本来とても忙しい生物です。宿主の脳と神経を破壊した後、自身がそのつなぎ目を担う。事実上死んだ宿主の代わりに、電気信号を送り身体を動かす。食欲や戦闘意欲を増進し、気分を高揚させる麻薬を脳内で生成する……コアには処理すべき仕事が山ほどあるのです」
「へー」
「だから、宿主の身体強化に割ける力は二割程度。間違っても、百パーセント身体強化に全振りするような個体は存在しないわけです」
「……俺がテイムしたコアを除いて、か」
「理解が早くて助かります。以上、AIによる回答でした」
めちゃくちゃ便利だな、スマホ。俺も欲しくなってきた。
「スキルも生まれ変わったか」
俺は瓦礫を蹴り上げ、ゾンビたちがこっちに来れる道を作ってやる。
ゾンビたちは特に疑問に思う様子もなく、のろのろと近づいてきた。
『跪け』
リシェルが不思議そうな顔をする。テイマーと使役される生物にしか通じない言語だ。
ゾンビたちが、ぴたりと動きを止めた。
膝をつき、まるで土下座でもするように身を丸くしてひれ伏す。
リシェルが感嘆の声をもらした。
「……他の寄生体も支配下におけるんですね」
「この国のゾンビすべて、俺の言うことを聞くらしい」
リシェルの唇が、ゆっくり吊り上がった。
「それならちょっと、試してほしいことがあるんですけど」
*
俺たちは王国広場を一望できるバルコニーに立っていた。
つい数時間前、アストリア王が演説していた場所だ。
「……つい数時間前、王が見下していた光景と、だいぶ違うんだろうな」
石畳の広場はところどころ陥没し、血と泥が混ざった黒い水が溜まっている。
折れた旗竿、燃え残った屋台、横倒しの馬車。遠くでは半壊した建物から煙が細く上がり、徘徊するゾンビたちが低く唸る声がする。
人の営みが一瞬で剥ぎ取られ、殻だけ残った街――そんな光景だった。
「これもってください。拡声器です」
リシェルが変な機械をおしつけてきた。
金属の漏斗みたいな形をした道具で、柄がついていて片手で握れる。
「これも向こうの世界の遺物か?」
「声を巨大化させて吐き出す壺とでも思ってください。ささ、それではお願いしますよ、王様」
「王様は多分、逃げたか食われただろ」
「あなたが今から王になるって話です」
俺は拡声器を握り、世界を見下ろしながら声を張った。
『――全員、跪け』
言葉を放った瞬間、身体の奥のコアが震える。
俺を中心に波紋が広がる感覚。
数秒後。
地上から、ドサドサと何かが倒れる音が連鎖した。
ゾンビたちはみな俺に向かって膝をつく。
ほとんど土下座に近い、神を崇めるかのような仕草をする。
目に映るすべての人間にそうされると、妖しい快感を覚える。はまってはいけない感情な気がして、寒気もした。
「オオ……ほんとに全部ひれ伏してますよ」
リシェルはゾンビたちをスマホで録画していたが、ふと思い立ち、それを背景に自撮りを始めた。何の記念だ。
「それじゃ、アストリア王国の国民を皆殺しにしますか?」
リシェルはスマホをポチポチ操作しながら言った。夕飯の店でも決めるみたいな、軽い口調だ。
俺の中で、何かが揺れる。
ゲイリーの顔。閉じていく扉。裏切り。
数刻前の俺は確かに、ゲイリーを含む生き残りを殺していいと思っていた。
でも、今は違う。
「……やらない」
リシェルはスマホから目を離さない。何かの動画を見ているらしい。
「契約違反ではないですか? 私を魔王にしてくれるんでしょう?」
「約束は守る」
「じゃあ国民を皆殺しにして、私をレースで勝たせてくれますか?」
「それはやらない」
「……何なんですか、それ」
「魔王になる方法は、王位継承レースだけじゃないって話さ。もっと確実な方法がある」
リシェルが首を傾げて、目線を上に向けて考え込んでいる。
俺は続ける。
「異世界召喚の儀を行ったのは、アストリア王国だけじゃない。他の七王国も異世界から勇者を呼んだ。今頃、七人の皇子は勇者と戦闘中だろう」
「それで?」
「勇者との戦闘に割り込んで、背中を気にする余裕のない皇子に、ゾンビ共をぶつける」
「ああ、なるほど」
リシェルが納得した顔をする。
俺は邪悪な笑みを浮かべて言った。
「七人の皇子を皆殺しにしよう。俺は世界を救う勇者に、お前は魔王になれる」
瓦礫の中、絶望のどん底にいた俺なら、アストリア王国民の鏖殺に応じただろう。
でも、力が手に入った今、こっちのほうが楽しいに決まってる。
リシェルは享楽主義的なところもあるし、ゾンビ共に人間を襲わせるよりプランより、こっちを選ぶと踏んでもいた。
リシェルが微笑み、まっすぐに俺を見返す。
「お断りです」