テラーノベル
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#キャラ崩壊しかしない
第一話 何も気づかない君
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春という季節は、どうしてこうも人を浮つかせるのだろうか。
まだ新しい制服の硬さにも慣れないまま、きりやんは校門をくぐった。肩にかけた鞄は軽いはずなのに、胸の奥だけが妙に重い。期待と不安と、ほんの少しの高揚。それらが混ざり合って、落ち着かない。
「……よし、大丈夫」
誰に言うでもなく呟く。こういうとき、声に出すと少しだけ自分がしっかりする気がするからだ。
掲示板の前にはすでに人だかりができていて、自分のクラスを見るので自分にはもう手一杯だった。やっとのことで人の波を抜け出し、安心するのも束の間、きりやんは今自分がどこにいるのか分からなくなっていた。
(どこだ…ここ!)
適当な方向に人の波を抜けた弊害が出てしまった。いくらもうここの学生といえどちゃんと来校したのはオープンキャンパスと説明会の時だけなのだ。学年で校舎が分かれているからそう簡単には迷わないと思っていたのが浅はかだった。
(ほかの学年の校舎のことなんて何も知らないのに―――)
周りに誰もいない。そりゃあそうだろう。1年生は学級確認か新しい自分の教室にいるだろうし、2年、3年は早く来てもう教室で新しい教室でどんちゃん騒ぎしているところだろう。もっとこの学校のことを調べておけばよかったな、と後悔し不安になりながら知らないコンクリート造りの道をトボトボと歩く。
しばらく歩いていると人が見えた。人がいたのかと希望が自分の中で芽生え思わず少し小走りで近づいてしまった。
そこにいたのはダークブラウンの髪。整った顔立ちに、どこか近寄りがたい静けさ。——そして、この春の日差しの中でもどこか冷たい印象を与える紫の瞳。その瞳の前には、細いフレームの眼鏡。
周囲の騒がしさから完全に切り離されたように、彼はただ静かにコンクリートの道を歩いていた。
……あの人なら、知ってるかもしれない。
そんな淡い希望を抱いて話しかける。
「あの、少しいいですか?」
きりやんは迷いなく声をかけた。
その瞬間、紫の瞳がゆっくりとこちらを向く。
「……何ですか?」
低く、淡々とした声。だが芯があって不思議と心の中に響いてくる。
「1年生の校舎って、どこにあるかわかりますか?お恥ずかしながら迷ってしまって」
一瞬の沈黙。
相手はじっときりやんを見つめてから、わずかに視線を動かし、掲示板の右端を指さした。
「……あっち。正門の右手側に見える校舎。」
彼はそっけなく短く、かつ分かりやすくそう告げた。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
先ほどのどんよりと不安が入り混じった顔をぱっと明るくして、きりやんはそちらへ駆けていく。
——その背中を、スマイルは数秒だけ見ていた。
(……うるさそうなやつ)
それが、第一印象だった。
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さっき会った人と別れたあと俺はちゃんと1年生の校舎に戻れて心から安堵した。初日から遅刻するなんて溜まったもんじゃない。しかも迷子でなんて言ったら俺は最初のクラス一の笑い者になれるだろう。
そんな事を考えて歩いていると、思わず自分の教室を通り過ぎてしまい、無駄に歩いてしまった。
(しっかりしろ、俺!)
教室の扉前で気を引き締め扉に手を掛ける。
教室の扉を開けた瞬間、空気が変わる。みんな初めての環境にドキドキしているのだろうか、話しているのは元々知り合いだったやつらか高校デビューを失敗しまいと積極的に明るく振る舞っている奴だけだった。
ほとんどの生徒は座っていて、その緊張感に思わず喉がごくっと鳴った。
先人たちに使い古された机と椅子の並び。窓から差し込む光が床に四角く落ちている。
きりやんは自分の名前を探して、席表に視線を走らせた。
「えっと……あ、あった」
窓側から二列目、前から三番目。
悪くない位置だな、と思いながら席に向かう。そして、何気なく隣の席に視線をやった、そのとき。
「あ」
思わず声が漏れた。
そこに座っていたのは、さっきの——一年生の校舎の場所を教えてくれたあの男だった。
彼もまた、きりやんに気づいたのか、ほんのわずかに目を細める。
「……さっきの」
「さっきの!」
声が重なった。
きりやんは思わず笑ってしまう。
「え、なにそれ偶然すぎない? 隣じゃん」
同学年で同じクラスだったのか、そして席が隣だったのか!という事実を目の当たりに驚き、思わず敬語が外れてしまう。こんな奇跡、滅多にないだろう。
「……そうだね」
反応は薄い。だが、無視されているわけではない。それだけで、きりやんは十分だった。
「俺、きりやん。よろしくな!」
勢いよく手を差し出してしまった。流石に露骨すぎただろうか、と思い手を引っ込めようとすると――
――スマイルは一瞬だけそれを見て、ほんの少し迷ったあと、軽く握り返した。
「……スマイル」
短い自己紹介。それでも、名前を教えてくれたことが妙に嬉しかった。
——このとき、きりやんはまだ知らない。
この出会いが、自分の高校生活を全部ひっくり返すことになるなんて。
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数週間後。
「スマイル! おはよー!」
「……おはよう」
朝から元気すぎる声に、スマイルは本から顔を上げる。
教室の空気はすでに賑やかだ。入学式初日の重苦しい空気とは何だったのだろうかと思うほど、クラスは賑わっていた。女子の笑い声、誰かの雑談。けれど、その中心にいるのはだいたい——
「昨日の宿題さ、あれちょっとむずくなかった?」
「普通」
「え、マジ? 天才じゃん」
——きりやんだった。
誰とでも自然に話して、誰からも好かれる。教師からの信頼も厚く、すでに学級委員まで務めている。
正直、コミュ障で友達ができず例年のように教室の隅で本を読んでいるようなスマイルからすれば「遠い存在」だ。
なのに。
「でさでさ、ここなんだけど——」
なぜか、やたらと絡んでくる。
それも、毎日。かなりの頻度で。いや、ほぼ毎時間。
(……なんで)
理由がわからない。
特別仲がいいわけでもない。会話だって、ほとんどきりやんが話しているだけだ。
それなのに。
「スマイルってさ、なんか落ち着くよな」
「……そう?」
「うん。なんかこう、静かでいい」
屈託のない笑顔で、そんなことを言ってくる。
——意味がわからない。
スマイルは視線を本に戻す。
だが、ページの文字を追う目は同じ文章を繰り返していて全く内容が頭に入ってこなかった。
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一方、その頃。
(好きだわ、これ)
きりやんは、心の中で完全に確信していた。
最初に会ったときから気になってはいた。静かで、無駄なことを言わなくて、どこか一歩引いているあの感じ。
でも、隣の席になっていろいろあって確信に変わった。
(かわいすぎるだろ……)
話しかけるとちゃんと返してくれる。でも自分からは来ない。その距離感がたまらない。
無表情に見えて、よく見ると目尻や眉毛が柔らかく少し下がったり、頬がほんのり染まって、口角が上がっていたり、表情が動く瞬間がある。それを見つけるたびに、胸がぎゅっとつかまれたように苦しいような不思議な心地になる。
——そして何より。
(全然、気づいてねえ……!)
これだけ話しかけて、これだけ近くにいて、これだけわかりやすくアピールしているのに。
まったく。
1ミリも。
気づいていない。
最高か?
今日もこんなにアピールしたのに、軽くあしらうだけ。そんな姿がとても愛おしい。
「スマイル、今日一緒に帰らね?」
「……なんで?」
「なんでって、帰る方向一緒だし」
「……そうだね」
少しだけ間を置いて、頷く。
座りながら話すと少し身長の高いきりやんが本を読んでいるスマイルよりも目の位置が高くなるので少しスマイルがこちらを見ると上目遣いをしているようになる。
その一つ一つの反応が、いちいち嬉しい。
(よし、今日も距離詰めるか)
完全に前のめりである。
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そして、そんな二人を遠巻きに見ている存在がいる。
「ねえ、あの二人さ」
「わかる、めっちゃ仲良くない?」
「ていうか、きりやんってあんな感じだったっけ?」
ひそひそと陰口のように教室の隅で交わされる会話。
中心にいるのは、クラスでも目立つ女子グループだった。
「……なんかさ、あの子ばっかりじゃない?」
「ね、ちょっとムカつく」
視線の先には、スマイル。
——当の本人は、そんな視線に一切気づかず、静かに本を読んでいる。
その隣で、楽しそうに話しかけているきりやん。
その光景が、余計に火に油を注いでいるとも知らずに。
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春は、まだ始まったばかりだ。
といってももう桜は散り散りで緑色の葉っぱが混じっていた。
この恋は、そんな夏色の葉っぱが混じったような初々しいような波乱の予感しかしなかった。
——なにせ。
「スマイルー、今日も一緒帰ろ!」
「……いいよ」
全力でアタックする男と、
「……なんで、俺のこと誘ってくるんだろ」
まったく気づかない男。
この距離が縮まるには、もう少し時間がかかりそうだ。
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始めまして、水面といいます。tellernovel初心者なので少し間違っているところがあるかもしれませんが、生暖かい目でご覧下さい。
※スマイルの姿の記述で「細いフレームのメガネ」というのがあるのですが、ミスではないです。この物語の設定として受け止めて下さるとありがたいです。
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