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#キャラ崩壊しかしない
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第二話 不器用な君
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こんなに俺がスマイルに惚れている理由を、明確に言葉にすることはできない。
あいつのどこが好きかって聞かれても、全部としか言えない――というか決めれないといったほうが正しい、どの瞬間からかと聞かれても、正直よくわからない。
でも。
——きっかけは、たぶん、絶対に。
あの日だった。
―――――――――――――――――――
入学してから、二週間くらいが経った頃。
クラスにもそれなりに馴染んできて、名前もだいたい覚えた。学級委員の仕事にも慣れてきて、教師からの評価も上々。
順調だった。
——少なくとも、表面上は。
クラスの女子がいつもよりも甲高い声で盛り上がっていた。
「新しくできた図書館、行った?」
「昨日行ったー! めっちゃ広かったよ!」
「え、いいなー! 今日行こうかな」
そんな会話が教室のあちこちで飛び交っている。
どうやら学校のすぐ近くに、大きな市立図書館ができたらしい。ガラス張りで、設備も最新。自習スペースも広くて、最近流行りのカフェまで併設されているらしい。
そりゃ、みんな行く。
学校の図書館なんて、比べものにならない。
(……まあ、行きたいっちゃ行きたいけど)
きりやんは頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を見た。
人が多そうだな、というのが第一印象だった。新しくできたばかりだし、どうせ混雑している。入れたとしても落ち着いて一息つくことなどできないだろう。クラスの騒ぎ具合がそんな事を表していた。
それに——
(知り合いに会ったら、絶対話しかけられるしな)
悪いことじゃない。むしろありがたいことだ。
でも、今日は。
今日は、ちゃんと集中して勉強したかった。
——成績を落とすわけにはいかない。
親からずっと言われてきた。頭がいいからいい大学に入って医者か弁護士になりなさいと。父方の家系は代々医者をやっていて、母方の家系は弁護士や公認会計士などのエリートをたくさん輩出していた家だった。そりゃあいまだに見たことのないエリートとエリートの家系の間に生まれた子供だ。すごい子に育たなければ、どちらの家も共倒れだ。だから親が厳しくなるのは当然だし、むしろそういう家系の子供なのに伸び伸びと育てられたほうだと自分でも自負している。
それに今まで自分の力で守ってきた勉学にとても優れているというプライドを崩すわけには行かない。
“できるやつ”でいることは、きりやんにとって当たり前だった。
(……よし、学校の図書館でいいか。空いてそうだし)
そう決めて、放課後。
きりやんは人の流れとは逆に、校内へと足を向けた。
――――――――――――――――――――
学校の図書館は、静かだった。
新しい図書館に人が流れているせいか、利用者はまばらで、むしろいつもより空いているくらいだ。予想した通りで読みが当たったうれしさがある。
机は一人一つ。隣との間には、低くて薄いプラスチックの仕切り板。
適度にする勉強にはちょうどいい環境だ。どうせ帰ったら塾があるのだから。このくらい気を抜いた環境で勉強するのも悪くないだろう。
(これなら、集中できそうだな)
きりやんはあまり周りに人が居ない席に座り、教科書とノートを広げた。
シャーペンを持つ手に迷いはない。問題を解いて、間違えたところを確認して、また解く。
時間はあっという間に過ぎていく。
——そのはずだった。
30分くらい経っただろうか。こちらに近づいてくる足音がした。直後、
「あのね、あなた」
不意に、頭上から声が落ちてきた。
顔を上げると、そこには見覚えのある教師が立っていた。入学式のあとにあった新入生歓迎会の担任説明のとき、三年生のどこかのクラスの担任をやっていたはずだ。四十代くらいの女性で、確か国語を担当している先生だ。
「その髪色、ちょっとどういうことかしら?」
彼女はきりやんの髪の毛の色に目ざとく反応する。
来た。
内心でため息をつく。
「えっと、これ地毛なんですけど——」
苦し紛れのいつものパターンが決まってしまった言い訳を言う。
「地毛なわけないでしょう? そんな明るい色が」
食い気味に否定される。
ああ、やっぱり。
(……言っても無駄なやつだ)
これまでの経験で、もうわかっている。
説明しても信じてもらえない。むしろ、言い訳だと思われて余計に長引くだけだ。たまに納得してくれる物分かりのいい人もいるが、そんな人本当に一握りだ。
「はあ……ちゃんとした格好をしないとね、学校という場所は——」
始まった。
きりやんは内心で諦めながら、表面上は愛想よく頷く。
「すみません、気をつけます」
それが最適解だと、知っているから。
しょうがないのだ。父方のお父さん――一般的に祖父と呼ばれる人が外国人で、俺はクォーターという扱いになる。代々みんな金髪で俺も例外なく金髪になった。顔もその調子で外国顔になってくれれば困らなかったのだが、母方の純日本人顔も濃く俺に伝わってしまい、髪は金髪なのに、顔のパーツは麻呂眉と垂れ目でthe日本人と言う顔になってしまい勘違いされやすいのだ。
——けれど。
十分ほど経った頃、ようやく解放されたときには、空気が変わっていた。
さっきまで静かだった図書館の一角が、妙にざわついている。
直接見てくるわけではない。でも、自分に纏わりついてくる違うモノを見る視線は嫌でも感じる。
「ほら、さっきの……」
勉強している手を止めて小声で話す。
「やっぱりね……」
落胆したような思っていた通りとでもいうような声色。
小さな声。
聞こえないふりをしても、耳に入ってくる。
(……まあ、いつものことか)
慣れている。
こういうのは、今に始まったことじゃない。
金髪に天然パーマ。これのせいで否が応でも目立つ外見。
勝手に誤解されて、勝手に距離を置かれる。
(しょうがない)
そう割り切って、きりやんは再びノートに視線を落とした。
——けれど。
集中できない。
カチカチと鳴るシャーペンの音よりも、外から聞こえてくる運動部の掛け声よりも、図書館にあるコンピューターの機械的な音よりも、小さな囁き声の方が気になる。多分、本人たちはあまり気に留めていないのだろうけど。
問題文を読んでも、頭に入ってこない。
人が周りにいない席に座ったつもりだったけど、途中で仕方なく近くに座った人が居たはずなのに、その人は少し遠くの方に移動していた。
この図書館にいる全ての人が自分に嫌な感情を、目線を向けている気がして――
(……新しい図書館、行けばよかったかな)
――そんな後悔ともいえる考えが、ふと頭をよぎった、そのとき。
ガタ、と。
真隣の席の椅子が引かれる音がした。
「……え?」
思わず顔を上げる。
この状況で、わざわざ隣に座るやつなんているのか?
そこにいたのは——
「……あ」
見覚えのある、紫の瞳。
「……スマイル?」
思わず名前が口から出る。静かな図書館でその声はとても響いてまた視線がこちらへ向けられる。あぁやっちゃったな、と恥ずかしくなっていたら彼は空気を読まず、
「……何」
と淡々とした声で返してきた。
あの日と同じ、温度の低い返事。
「いや、なんでここ……」
少し声を小さくして言ってみた。
周り、めっちゃ空いてるのに。
わざわざ、ここ?
きりやんが戸惑っていると、スマイルは教科書を開きながら、あっさりと言った。
「……席、空いてたから」
それだけ。
本当に、それだけの理由みたいに。
「……そ、そっか」
納得できないまま、きりやんは小さく頷いた。
——でも。
さっきまで聞こえていた声が、ぴたりと止んでいることに気づく。多分、スマイルがきてつまらなくなったのだろう。
視線も、少しだけ逸れた気がした。
(……あれ)
違和感。
ちらりと横を見る。
スマイルは、何事もなかったかのように問題集を解いている。姿勢も崩さず、無駄な動きもなく、ただ淡々と。カリカリとシャーペンで文字を書く音だけが聞こえる。
まるで——
最初からここに座るのが当然だったみたいに。
(……こいつ)
もしかして。
——いや、まさか。
(俺のため、とか……?)
そんな自惚れた考えが浮かんで、すぐに頭のなかで首をブンブン振り打ち消す。
いやいや、そんなわけない。
こいつ、そんなタイプじゃないだろ。
なのに。
プラスチックの仕切り板の上から見える横顔が、やけに気になった。
静かで、淡々としていて。
何も考えていないようで、でもちゃんとそこにいる。
その存在が。スマイルが居ることが。
さっきまでのざわつきを、全部押しのけていくみたいに。
(……落ち着く)
不思議だった。
周りの纏わりつくような視線も、陰口のような声も、どうでもよくなる。
シャーペンを持つ手に、さっきまでの迷いがなくなっていく。
問題が、視界が開けたようにちゃんと読める。
頭がクリアになって無駄なことを考えずに解ける。
目の前の教科書に、ノートに、手の動きに、集中できる。
——隣に、スマイルがいるだけで。
(……なんだ、これ)
問題を解く傍ら答えは曖昧なものですら出ない。
でも。
その日、きりやんは。
これまでで一番、落ち着いて勉強ができた。
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