蝉が五月蠅い季節になって、毎日快晴が続く日々。
長い夏休みなのでずっと家にいるのもいけないと思い、家の近所を散歩をすることにした。
そのとき、私はこの日が一生忘れられない夏になるとは、思いもしなかった。
拝啓、2.3次元の君へ
作:雨貯いきる(あまだめいきる)
私の名前は、望月蓮華(もちづきれんげ)中学2年生。あまり人とは遊ばないで、家にいることが多い。
なぜかというと、私には一番大切な「推し」がいるから。
推しの名前は「如月はる(きさらぎはる)」。性別は男。アニメの中のキャラクターだから、実在しない。2次元での存在だ。だから私の手元におけるはずもないし、まず会話することもできない。
なのになぜ推せるのかというと、推し活をしているときが人生の中で、一番楽しいからだ。
親に「勉強しろ」、「スマホをいじるのをやめろ」と言われるばかりでは人生は満足しない。というか家にいるのが嫌だ。
そんなことを考えながら学校から帰ると、もう地獄につく。
別に、親からの虐待を受けているわけではない。ちゃんと月一回ぐらいは外食に連れて行ってくれるし、テストでいい点を取れば褒めてくれる。だけど、ただ単に嫌なのだ。あの雰囲気が。
でも早く帰らないと逆に怒られてしまう。まあいいか、ずっと自室で携帯見てるだけだし。
ドアには、二つ鍵穴があるのでそこに鍵を入れ、回す。この作業が毎回面倒くさいので、カード式に変えようかと悩んでいるところだ。ドアの取っ手をつかんで奥へ押す。「ガチャ」という重い音を立て、扉が開く。そして電気のついていない玄関に入る。ちゃんと鍵は閉めなければならない。でないと心配性の弟に怒られてしまうから。
「ただいまー」
心のこもっていない、棒読みの「言えと言われたから言いました。」的な挨拶をする。
それに対しての返事は
「うん」
だけ。
別にそこまでおかえりと返してほしいわけでもない。私だって棒読みだ。でも普通、「ただいま」と言われたら「おかえり」と返すだろう。まあそこまで考える必要はない。いつもの事だし、そんなことに時間を使っている暇があれば、一秒でも長く推しを見つめていたい。
しっかり手を洗って、うがいをする。生まれてこの方、一度も風にかかったことがない。からしっかり予防するのだ。
そう、戦いはここから。今日学校で知った、推しのコラボカフェ。私の住む県でもコラボカフェが開催される。それになんとしてでも行きたい!!そしてネッ友に会いたい!!
深呼吸する。勇気を出して口を開く。
「お母さん、今度友達が見てるアニメのコラボカフェがあるんだけど、ついて行っていい?」
多少嘘は混じってもいい。どんな汚い手を使ってでも絶対行くから。
「んー、そのアニメって蓮華は見てないよね。」
とお母さんに言われる。まあ、見てるって言ってもいいんだけど、あくまで付き添いとしてでいきたい。推しがバレる可能性があるから。
「う、うん。見てないよ」
「なら行かなくてもいいんじゃない?お金の無駄だし。」
でた!「お金の無駄。」これが私にとっての一番の敵だ。自分の買い物は「これほどか」というほどするくせに。
「うん。そうだね」
そう言うしかなかった。私は。むやみにお母さんに逆らったりしたら、変なもめごとになるのは分かっているから。
そう言ってから、自分の部屋に上がる。
「あー…行きたかったな~コラボカフェ。」
無意識に口に出ていた。私はあまり独り言など言わないのに。そこまで行きたかったんだなと自分の中でもびっくり。
たかがコラボカフェだろ。また次ある。そんなことで落ち込んでちゃ人生やっていけないぞ?と、天使のふりをした私の悪魔がささやく。きっとお母さんがこの場にいたらそう言うだろう。
この前の遊園地コラボだってそうだ。もう一人で新幹線も乗れるのに、お母さんは行かせてくれなかった。
何回もコラボに言ってる人は、たかがコラボカフェだなんて言えるだろう。だけど私にとっては、最高のチャンスだったのだ。
こうなったら選択肢は一つだけ。黙っていくしかない。お母さんはコラボカフェの期間なんて知らない。この家で知っているのは私だけだ。だからきっと怪しく思う人はいないだろう。だが問題点が一つだけある。なぜ急に、この日だけ遊びに行くのだろう。きっとそう思わないことはない。私は中学2年生になって、誰かと遊びに行ったことがない。友達がいないってわけではないが、私が遊ぶことに乗り気じゃないからだ。そんなことをしてる暇があれば、私はとっくに家に帰って二次創作をネットから漁り散らかしているだろう。人に気を使ったりするのが得意ではないからだな。本当に、弟とは真逆だ。