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「かなり散らかってますね。」
「アンタ、小奇麗な格好してるくせに、家事はできないの?」
「どこかの誰かさんと違って優しいお手伝いさんが何人かいるんですもの。」
「はあ!?ムッカつくわね、家事、特に料理のできない女がモテると思ってんの?アンタそんなだからカレシいないんじゃないの?」
「失礼ですね。貴方こそ、あの人と最近仲悪いんじゃないですか?」
「今アルマーニュは関係ないわよ。」
長年の好敵手である彼女を招いたのは他でもなく家にいつもいる彼らがいない間の家事をすこしだけ手伝ってもらうだけだ。なのにくだらない方に話がコロコロ進む。
「貴方も不思議な人ですよね、長年敵だった家のものと結婚するだなんて。」
「恋と戦争だけはどんな異常事態になってもおかしくないのよ。」
「左様で。」
「ええそうよ、逆にアンタは敵は一生敵として扱うわよね、身内は別として。」
「…そうですね。」
「あら何よ、いきなり機嫌悪くして。」
そんなに分かりやすかっただろうか、まあ長年一緒にいたら良くも悪くも相手のことは分かってしまうものか。
「いいえ何も、ただ昔話を思い出していただけですよ。」
「ふうん。」
何か、までは彼女は聞かなかった。それがありがたかった。
「おなかすいた~」
「何か作りましょうか?」
「は!?嫌よアンタのゲテモノ料理なんか。」
「失礼ですね、一つだけ美味しく作れるものぐらいありますよ。」
「どうせ紅茶と砂糖菓子でしょ?やめてよそんなの、太っちゃうわよ。」
「…分かりましたよ、ただし美味しかったら同行料はタダにしてくださいよ」
「あら、いいわよ。」
「…」
カレー粉はある、具材もある、これなら勝ちだ
「…で、できたのがインド料理と?」
「失礼ですね。カレー粉を使って作るカレーは私のところの発祥ですよ。」
「…仕方ないわね、まあどうせ_!なにこれ!?めちゃくちゃ美味しい!?」
よし、思った通り私の勝ちですね。
「アンタこんなにうまく作れる料理があったんならレシピ教えなさいよ!」
「生憎ですがそれは無理難題です、このレシピは私の血と汗と涙の結晶なので。」
「む、手強いモードになったわね。」
「当然でしょう!?これ私の特製レシピなんですよ、そうやすやすと渡すわけにいきませんよ。」
「何よ、ケチ。でもメシマズのアンタがここまでできるようになるまでどんだけの労力を費やしたのやら…そこは褒めてあげるわ。」
「それはどうも。」
「だとしてもよ?アンタがここまでするなんて、一体何のために?」
「それは…」
勘がいいところはやっぱり嫌いですね。
「…何でしたっけ?忘れちゃいました。」
「いや忘れるわけない、努力したことの理由は忘れてたらむしろ困る。」
「…ホントに、何でもないんですよ。」
「…アンタ、なんかあったの?」
「ホントに、ホントになんでも_」
「じゃあ泣く訳ないじゃん」
「え…」
あれ、いつの間に。
「アンタが泣くなんて相当なもんよ?あの大戦のときだって、なにがあっても顔ひとつ歪めなかったアンタが。本当にどうしたのよ。」
「…」
眼の前にいるのが彼女で良かったとつくづく思う。これが娘のアメリカだったら気まずいことになるのは必至だ。
「…私に教え子がいたこと、覚えてます?」
「あ、カイくん?だったっけ?」
唇を噛み締めた、溢れ出しかけている涙と感情をぐっとこらえて。
「このカレーは、元々その子のために作ったレシピなんですよ。」
「…そっか」
「そしてあの子は…あの子はっ_」
「分かった、分かったから大丈夫。もう話さなくてもいい。ごめんね。今日のあたしの話、ことごとくアンタの地雷ふんでたわよね。」
何もそれ以上言うことはできなかった。
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