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どこからこのグチャグチャしたものと向き合おうか、私には分からない。それどころか時折うっかりその記憶の欠片に触れてしまって、感情が爆発しかけることもある。


「海…」


私にはかつて、自慢の一番弟子がいた。


海、正確には大日本帝國海軍、そう、あの海だ。


彼の仕草から技術、伝統、習慣、何から何までこの私が教えた。世界有数の東亜の屈強なる海軍を生み出したのは、この私の指導の賜物だ。明治維新からずっと、彼にとって私は先生であり続けた。


そんな彼にいつも出していたのが、このカレーだった。彼の味覚に合うようにこだわって作ったレシピは、そのまま彼にも受け継がれている。


当時は日英同盟もあり彼との仲は絶好調、文字通りバラ色の日々だった。わからないことがあれば私に幼い雛鳥のようにすぐ寄ってきて聞いてくる、そんな彼が私は可愛くて仕方なかったのだろう。とにかく甘かった。実の娘たちに呆れられるほどだった。


だが、その甘さが災いしたのかもしれない。


最初の大戦の後、同盟は白紙に戻された。他でもない私の長女、アメリカのせいで。


彼は最後まで嫌だと言っていた。隣りにいるその時代表だった陸を無視して、得意の英語で必死に抵抗していた。最も、彼と私以外は全員同盟破棄案に賛成だったのだが。


そうして段々と仲が険悪になっていき、息をつく間もなく二度目の大戦で敵となって戦った。


私がその時どんな顔をしていたのかは覚えていない。満身創痍、まさにその通りだった。いつも絶対に酔わない船で酔い、吐いたときにはあのアメリカが心配したぐらいだ。


大英帝国たる私が本気を唯一出せなかった相手だった。彼は。


彼がどうだったかは知る由もない。だが、得意の情報戦も艦隊での海戦もやるのを躊躇していたのは分かる。



大戦中、一度だけまともに話したことがあった。


その日は船がうち沈められ、海を彷徨っていた。ふと、遠くに船が1隻あるのを見つけ、ホッとしながら必死に助けてくれと叫んだ。


その希望が危うく絶望に変わるところだった。


現れたのは敵の船、うち殺されなくとも見殺しにされかねないことだけは悟った。ああ、神よ、私を見捨てないでくださいと必死に祈った。


「手を掴め、早く!」


拍子抜けするかと思った。眼の前の「敵」が手を差し伸べて来たのだから。あまりにも安心しきって、ふらりと甲板にあげられた途端に倒れてしまったほどだった。重油まみれになった体を惰性で洗い、そのままぱたりとどこかで倒れ込んでしまった。



目が覚めたときにはとても驚いた。なんせ士官用のベッドで眠っていたのだから。そこから飛び起きたが如何せん敵の船。どこがどこやらわからず辺りを見回していると、彼が目に止まった。


「海」


「お久しぶりです、先生。」


「…私をどうするつもりです?」


単純明快、敵がここまでの待遇をしてくるということには何か理由がある。


「どうもこうも、久しぶりに食事を一緒に楽しもうかと。」


呆れるほどくだらない理由だった。


だが、それがきっとここでは幸せだったのだろう。


「カレーかしら?」


「ええ、そうですね。」


お揃いのカレーが出来上がっていた。


「腕を上げたわね。」


「ありがとうございます。」


このままここから逃げ出して、どこかの中立国にでも一緒に…と思ってしまったぐらいその短い時間が幸せだった。少なくとも船内では休戦だった。


涙が溢れ出てきた。別れたくない、そう思ってしまったんだと悟った。彼の手を最後の最後まで強く握っていた。まだ、一緒にいたかった。


でも敵なのには変わりがない。寂しさに頭を振り、さようならを言った。


それが彼と私の間の最後の会話だった。



終戦を戦場の静けさが告げた。


私は必死になって彼を探した。見つかったのは変わり果てた姿の彼。見るに耐えなかった。命こそ助かったものの、目は覚めなかった。


ずっと眠ったままの彼の手を握ってやることしかできなかった。


すぐに他の二人、陸と空も見つかった。全員同じく、寝たきりだった。


娘からは「目覚めさせるには一度記憶をリセットする羽目になる」と言われた。それは私からしたら海を失うのと同等だった。



そして今、言った通り三人全員生まれ変わったようになっている。


きっと海、いや今は自衛隊も何も私のことなど覚えていないのだろう。



しかしながら、たまに彼の面影が見える。


クイーンエリザベス号が彼のところの戦艦に誤って衝突してしまったときの謝罪への返しやカレーの味、そして仕草。忘れているにしては似過ぎなときも多々ある。他の二人は平気だというのに。


きっと、私の気のせいだろう。

船旅のような恋(アカウント消えたので再掲)

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