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太宰よ、銃を取れ!

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太宰よ、銃を取れ!

1 - 第1話 太宰よ、銃を取れ!

2025年10月10日

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1玉川上水1948年6月19日、東京、三鷹の玉川上水で、作家太宰治と山﨑富栄の遺体が発見された。純然たる自殺なのか、それとも無理心中なのかは当人でなければ判らないだろう。

太宰治氏情死。

玉川上水に投身、相手は戦争未亡人。

「書けなくなった」

と遺書。

等々、当時の新聞は、センセーショナルにふたりの情死を報じたが、太宰が輪島塗の文箱に認めていた、コンタクトレンズについての記事は一切見当たらず…それも当然であろう。シリコーンハイドロゲル製レンズは、1948年当時は存在しないし、コンタクトレンズも、専門的に学んだ者でなければ知る由もないからだ。

そして同じ文箱は、富栄の自宅でも発見されるが、中身は空であった。

その理由を推測するに、彼女は最期まで、愛した男を見届けたかったのではなかろうか。

一方の太宰は、死を受け入れるつもりなど更々なくて、現実を直視出来ないまま死んだ…。どのみち外野は、ああだこうだと騒ぎ立てるのが性に合っているのだろうが私は違う。何故なら私は、太宰治の生まれ変わりだ。


2045年6月13日

土砂降りである。

私と、愛人のカンナは、互いの腰に赤いロープを結えて、聖地である玉川上水の頼り無い橋のたもとに佇んでいた。

いつの頃だろう。

ふたりで愛を語り、恋を嘲笑ったのは?

いつぶりだろう。

互いの手の温もりに、オーガズムを感じているのは。

これが死へのプロローグ。

レンズ越しに映る、カンナの唇は妖艶で、私は最期に口づけを交わしたくなって激しく接吻をし、そのまま川へと滑り堕ちた。

君が美しすぎるから。

グッドバイ。


2三鷹新報社

東京都三鷹市下連雀にある三鷹新報は、1877年に武蔵野新報として創刊された。戦前は、井伏共栄、升形惣之助が主筆を務め、近年では公式ウェブサイトを三鷹NEWSデジタルとしてリニューアルし、若手記者の育成にも努めている。

ベテラン記者の里見ひよりは、新米記者・幸田香織子に声をかけた。

「雑観見せて」

「はい、あの…」

「いいから見せなさい、上手くやろうなんて思わないの、あなた自身で良いのよ、ほら早く」

「はい…」

伏し目がちにタブレットを差し出す香織子は、ひよりが教師時代に教えていた学生達と変わりなく、そんな初々しさも可愛らしい反面、消極的な態度に苛立ちを覚えることもあった。

時代が違うからと、社会部デスクの谷内は言うが、彼の長いまつ毛が歯痒くて。

「誠は良いよ、同年代ばかりでさ、ジェネレーションギャップに疲れた私を慰めてよ」

と、悪態をつきながら、ホテルで不貞を楽しむ自分が嫌いにもなっていた。

ひよりの愛車に置き去りにされた結婚指輪。正確には、カーセックスの途中で外れたそれは、身代金みたいなものだ。

「妻とは終わってる、家庭なんてつまらないよ」

と、笑う谷内も、言葉という人質をとっていた。

関係を断てないまま月日が流れ、桜が散ったひと月後、玉川上水模倣心中の一報が飛び込むと、ひよりは香織子と共に取材へ向かった。

年々短くなる雨季、小ぶりの紫陽花をせせら笑う玉川上水の川面を眺めながら、香織子が不思議そうに言った。

「こんな穏やかな流れなのに、人間って死んじゃうんですね」

「そうね」

「太宰治の墓を荒らしたのも、山咲蒔生と津島カンナだったんですかね?」

「うん…」

「取り憑かれたのかな?」

ひよりは、無表情に語る香織子の横顔を見て気がついた。大きな瞳が涙で濡れていたのだ。そっとハンカチを差し出して。

「香ちゃん、大丈夫?」

「あ、すみません、替えたばかりのコンタクトに慣れなくて…」

「そうなんだ」

「すみません」

香織子は恥ずかしそうに笑っていた。


津島カンナの実家は、青梅の山里にあって、年老いた母親がひとり、市営のアパートで暮らしていた。

ひよりと香織子を居間へと招き入れると、死んだ娘の想い出を微笑みながら話し始めた。

薄味の緑茶と風鈴、エアコンの風と首を振らない扇風機、そしてニコニコ笑う情死した娘の母の顔を眺めながら、ひよりは底知れない違和感を覚え。

「娘さんに、何か気になる素ぶりはなかったんですか?」

「ありませんよ」

「そうですよね…」

「こどもの日にね、わざわざ来てくれましてね、漆塗りの可愛い小箱を持って来て…産んでくれてありがとうって」

「小箱ですか?」

「あ、待ってて下さいね、仏壇にね、飾ってますんでね」

母親はゆっくりと立ち上がると、娘の遺品を大事そうに手にしながら。

「なんにも入れられないんです、宝ものだから…」

と、輪島塗の小箱をふたりに差し出して嗚咽した。

ひよりは丸まったその背中を優しく摩った。香織子は、気まずさに小箱を開けて中を見た。その時、キラキラ光るちいさな破片が、蓋の縁から香織子のバックへ滑り落ちた。


あれから1週間。

新人教育も兼ねた取材は、それなりに効果があったようだと、ひよりは感じていた。

「なかなか良く出来てるよ香ちゃん。局長にも見せてみる。私はこのままでいきたいな」

香織子の雑観に、ひととおり目を通しながらひよりは言った。

「ありがとうございます」

「うん、お疲れ様」

「あ、あの…」

「ん?」

「私って」

「えっ?」

「私って要りますか、てか、なんで見てるの?」

「ちょ、どうしたの香ちゃん?」

「見ないでよ!見ないで、やだ、見ないでよ!」

「香ちゃん!」

「来ないで!!」

香織子は、青白い顔をしていた。

何かに怯えるような目は、涙で濡れていた。香織子はノートパソコンを振り上げて窓へ投げ、割れたガラスを突き破って真っ逆さまに飛び降りた。

即死だった。


3国際警察2類相当

車のワイパーは、雨の雫を躊躇なく掻き消しながら、首都高速からの都会の夜景を映し描いていた。

香織子の葬儀の帰り道、ひよりは愛車のミニバンを運転しながら、途方も無い疲労感に襲われていた。

早く自宅に帰りたかった。

ところが、黒のセダンに3方向を取り囲まれて進路を妨害されると、そんな些細な希望は雨粒の如く潰されてしまった。

身の危険を感じて、誘導されるがままパーキングエリアに車を停めると、セダンからは複数の男女が傘も刺さずに降りて来た。

若い男が身分証を掲示しながら。

「国際警察2類相当です。車から降りてこちらへ」

「あ、あの、車は…?」

「我々がちゃんとしますから」

その言葉と同時に、ベッドセットを付けた白人女性がミニバンに乗り込んだ。

ひよりは、その手際の良さに恐怖を覚えて、素直に指示に従った。


4ルージュ

使われなくなったスポーツジムの壁には、パンデミックのさ中に開催された、東京オリンピック2020のポスターが貼られてあった。

車内で目隠しをされていたひよりだが、この場所が都内であるのは確信していた。30分足らずの乗車時間。そして、今、目の前にいる人物は、内閣総理大臣・美樹本健太郎なのだ。今朝の臨時国会では、新東京地下鉄財団からの献金について、野党から追及を受けていた。

スーツもネクタイもらテレビで見たのと同じ柄だった。

聞き覚えのある低い声で。

「皮肉なものでね、これがレガシー」

「…」

「人間は欲張りだからね、何でも欲しがる、情報だってそう」

「都合の悪い情報でも…欲しいですか?」

「そうです」

ひよりは考えた。

地方新聞社の一記者から、どんな内容を引き出そうとしているのかを。

しかし、見当もつかないまま会話は続いた。

「私はね、学生時代に三島由紀夫や石原慎太郎をよく読んだよ、彼らの作品は色褪せない、時間と空間を超えるとでも言うのかな」

「…太宰治も?」

「…そうです」

ひよりは、太宰治の墓荒らし事件と、玉川上水模倣心中事件、それらに関わる人物達を思い返した。香織子の死は、国が欲している事象に含まれるのだろうか?

「あの、総理大臣」

「はい」

「私は今日、疲れています。大切な後輩の葬儀だったんです」

「ああ、気の毒な事件に思うよ。御遺族には、東都新聞社名義でお見舞い金を支払わせてもらう」

ひよりは、総理大臣の口から出た大手新聞社の名前と、気の毒な事件といった発言を不審に思いながらも。

「ありがとうございます」

と、頭を下げた。

国家が…美樹本内閣が求めているのは、太宰治に関連した一連の奇妙な事件に纏わる情報で、香織子の死、そして心中した若いふたりも、純然たる自死ではないのだろう。では、太宰治本人は…。

ひよりはそこまで考えて言葉を選んだ。

「記事にはしないように…と、いう事ですか?」

「そうだ、だが1か月でいい。見返りは独占取材を君から受ける。どうだろう?」

「1か月?」

「そうです、我々はパンドラの匣を開けてしまった。ルージュに関する記者会見の後で、また君に連絡する」

「わかりました」

「送らせよう」

「いえ、車で帰りますから」

「君の車は…」

「はい?」

「既に自宅マンションの駐車場だよ」

「…」

「悪く思わないで下さい」

「何処にも逃げられない…って事ですね」


5みたかのじけん

ひよりは体調不良を理由に、会社を休んでいた。それでも自宅マンションに籠りながら、ルージュ、太宰治、山崎冨栄、都市伝説、美樹本健太郎、GHQ、パンドラの匣等々のワードを調べあげ、コンタクトレンズ型洗脳装置の存在を知った。

谷内が現れたのは、そんな時だった。

結婚指輪を紛失したことで、妻から浮気を疑われているらしく、見舞いはただの口実とばかりに顔色が悪い。

ひよりが。

「車のダッシュボード、自分で取りに行ってよ!」

と、不機嫌に言うと、谷内は引き攣り笑顔で地下駐車場へと去った。

別れの言葉は、谷内が戻って来てから切り出そうと考えていた。

だが、それは叶わなかった。

車に仕掛けられた爆薬で谷内は死んだ。


6パンドラの匣

これより、美樹本総理大臣による緊急会見を行います。

「日本国民の皆様、この会見が深夜帯であることをお詫びいたします。尚、同じ趣旨ではありますが、G7による緊急会見も同時に其々の国で行われております(省略)1900年代、時間の共鳴菅なるものは既に発見されておりました。これは直線型時空間の管であります。そして歪曲型時空間の管も発見されました。前者はタイムトンネル、後者は並行世界のトンネルと思って頂いて結構です。それが意味するものは共存している不気味さにあります(省略)日本国並びに先進国は、未来人を受け入れる施設を開設致しました。我が国におきましては、東京オリンピック関連施設に、時空ターミナル新駅を…2145ラインを建設しており、来年度より新東京地下鉄財団、防衛省、並びにJAXAの協力のもと開業致します。渡航される使節団については、2145年に存在する我々の子孫です。また、ルージュなる危機問題には希望の光が見えております」


7ひよりの未来

赤坂にあるホテルで、ひよりは臨時会見を眺めていた。これからの独占取材に向けて、カメラマンと局長も隣の1015号室に待機してはいるが、ひよりの精神は崩壊寸前だった。

香織子の遺品のひとつであるコンタクトレンズの鑑定結果と、玉川上水模倣心中て亡くなった男女との関連性、そして、今日の突拍子も無い総理会見に頭が追いつかないからだ。

谷内の死についても、連日に及ぶ警察の聴取で疲れていたし、残された家族に対する贖罪の思いもあった。

この仕事を最後に、会社は辞めよう。

そう決意したひよりは、精神安定剤を飲んで扉へ向かった。

神経質なドアノックに、苛つきながら扉を開けると赤髪の男が立っていた。

そして。

「見つけた」

と、言うなり小型小銃を構えて笑った。

ひよりの背中に、冷たい汗が滴り落ちた。

彼女の未来は、今、始まろうとしている。

そう、誰も観たことのない世界へ…



8真理の黙示録

時空間は線である。

個々に時空間は存在する。

それらが束になった筒を本線と呼ぶ。

未来人犯罪者・愚者により過去を操作され、未来が変更された時空間は本線から分岐する。

分岐線、即ち支線にも本線と同じ世界があり、個々の人生も存在する。

この物語は、愚者によって分岐した支線の主軸人、里見ひよりの物語である。

尚、支線がある一定数に到達すると、ビッグクランチによって全世界は終わる。

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