マウリッツに教えられたその教会はオイゲンが勤務していた病院からさほど離れていない場所にある小さな教会だったが、熱心な信者が多いのか教会の建物は古くても手入れが行き届き、季節に応じた花なども植えられていたであろう花壇もあったが、今は薄く雪が積もっていた。
その教会傍に車を停めたリオンは、エンジンを切って助手席から漂ってくる緊張感に一つ苦笑する。
「オーヴェ、そんなに緊張しなくても大丈夫だ」
「……分かって、いる」
「そっか。じゃあ降りるぜ」
ステッキを突いて早く降りろと促されて諦めの溜息を吐いたウーヴェは、助手席のドアを開けられてゆっくり車から降りるとリオンの左手をそっと握る。
「……大丈夫だ、オーヴェ。俺がいる」
「……うん」
例えもし心身に不調を感じたとしても俺がそばにいると、ウーヴェの肩に腕を回して頬にキスをしたリオンに励まされて一歩を踏み出す。
「俺のオーヴェはさ、どれだけ不安だったとしても、やる時はやる男だからなー」
だからどれだけ今不安を感じていても己の行動に対する責任と結果から顔を背けない男だとリオンが真正面を見据えて呟くと、ウーヴェがその言葉を取り込もうとするかのような深呼吸を繰り返しステッキの握りをきつく握りしめる。
「行こうか」
「ああ」
教会の敷地へと続く石畳をゆっくりと歩き礼拝堂のドアを開けて中に進めば、磔刑のキリストと悪魔と戦う守護天使に見守られるように棺が中央に置かれていて、入ってきたウーヴェの足音に祭壇側の長椅子で腰を下ろして何やら談笑していた数人の男性が振り返る。
その中に顔色は悪いがそれでも何とか己の足で地に立っていることを証明しようとするようなマウリッツとその彼を心配そうに見守るドナルドがいたが、ウーヴェとリオンに気付いてドナルドが立ち上がりウーヴェの前へとやってくる。
「こんばんは、よく来てくれたな、ウーヴェ」
「こんばんは。……埋葬、される前に、会っておきたかった、ので……」
ドナルドの言葉に途切れながらも己の思いをしっかりと伝えたウーヴェだったが、隣のリオンを紹介していないことに気付き、ドナルドの視線がリオンへと向いたのを見計らって咳払いをする。
「俺一人では不安だったので、リオンも一緒に来ました」
「ああ、マウリッツから話は聞いていたよ」
よろしく、オイゲンの叔父のドナルドだと二人の関係を知っていると伝える代わりの笑顔でリオンに手を差し出したドナルドは、リオンも同じような笑みでその手を握り、今回の件で何かと気苦労がおありでしたでしょうが教えていただきありがとうございますと、年に数える程しか見聞きしたことのない最上級の丁寧さで挨拶をし、ドナルドがマウリッツから聞かされていた人物像とのギャップに盛大に驚いてしまう。
「ありがとう、リオン」
「どういたしまして」
和やかに交わされる挨拶にウーヴェが安堵に胸を撫で下ろし立ち話をするのもなんだからこちらにきて座ってほしいと案内されたのは、ウーヴェを見た途端に顔を歪めたマウリッツの傍だった。
「ウーヴェ……」
「ああ、疲れただろう、ルッツ」
二週間色々と手続きなどに奔走し現地に迎えに行って疲れただろうと友人を労ったウーヴェは、マウリッツの手が腿の上で握り締められていることに気付き、見えないように気遣いつつそっと撫でる。
「……言いたかった事、向こうで言ってきた」
「そうか。頑張ったな」
以前までのマウリッツならば遠慮が勝って思っていることも言えなかっただろうが、ウーヴェの家で思いを吐露し受け止められてからは少しずつ思いを出すようになっていた。
その集大成ではないが、一番言い出したくて言い出せなかった言葉、オイゲンが好きだったのに行動出来なかった己が情けなかった事、気付いてくれなかった彼への八つ当たりを全て済ませてきたことを教えられ、微かに震える唇の両端をマウリッツが持ち上げる。
「気付いてもらえるように行動しなかった僕もバカだけど、気付かなかったオイゲンもバカだって……言ってきた」
「うん。良く言ったな」
「オイゲンさ……すごく綺麗な顔をしてるんだよ。滑落したはずなのにね」
人の生死に関わる職業に就いている二人は学生や研修医の頃から数多の遺体と対面し、己の医師としての知識や技術を磨いてきたが、滑落死した人の遺体も当然ながら何度も目にしてきていた。
それを思えば奇跡のような綺麗さだとマウリッツが小さく笑うがそれが限界だったのか、歯を食いしばったかと思うと無言で涙を溢れ出させてしまう。
マウリッツの涙を見たのは本当に数えるほどだったが、そんなに悲しそうに泣かなくてもいい、感情を堪えるなと小さく囁きながらマウリッツの俯いてしまった頭を胸に抱き寄せたウーヴェは、胸にぶつけられる無言の感情に我慢するなと応えることしか出来なかった。
マウリッツの手がウーヴェのコートの背中をきつく握り締め、それでも声を出さずに身体を震わせて泣く姿を少し離れた場所からリオンとドナルドやその友人達が見守っているが、あんな風に悲しんでくれる人が近くにいたのに気付かなかったあの子は本当に仕方のない子だと、にじむ涙を指で拭いながらドナルドが甥っ子を思って述懐すると、リオンが伏し目がちに肩を竦める。
「喪って初めて気付くものもある」
不幸なことにオイゲンが事故で命を落としてしまった為にどうしようもなくなってしまったが、だからこそ生きている自分達はそうなる前に行動をしなければならないんだと、己の過去を振り返っているかのようなリオンの言葉にドナルドが目を見張り、その横顔をまじまじと見つめてしまう。
「あいつがオーヴェにしたことをオーヴェが許せというなら俺は許す。でも忘れることはできねぇ」
許せないといつまでも思い続けることは畢竟相手にいつまでも縛られることだといつかウーヴェに言われたと、親指の爪をカリカリと引っ掻きながら呟くリオンの言葉にドナルドが知っているのかと呟くと、蒼い双眸に少しだけ嘲りにも似た色が浮かぶ。
「……オーヴェがあの夜真っ先に駆け込んできたのは、俺がいた教会だった」
苦痛と恐怖と混乱の中で自宅に帰る選択肢もあったはずだが、助けを求めにきたのは俺の元だったと、当時の夜を思い出しながら呟くリオンにドナルドが口を開いては閉ざしてしまう。
「レイプされたことを知って我慢できずにあいつを殴ったけど、そんな時でも暴力はダメだとオーヴェが仲裁に入って……オーヴェを蹴り飛ばしたことは今でも俺が俺を許せねぇ事だな」
興奮と勢いのあまり振り上げた足を止める事ができずにウーヴェを蹴ってしまった事は先々何があっても己を許せる事ではないと強い口調で呟いたリオンは、ドナルドの顔を細めた目で見つめ、あの顔の傷はお前だったのかと問われて短くああと返す。
「ま、オーヴェに止められたけど、どうしても我慢できなくてもう一回殴ったけどな」
その時の傷を見たかもしれないがどちらもそれは俺がしたことだと全く悪怯れる様子もなく呟いたリオンだったが、その後、ウーヴェに殴りに行った事がバレてケンカをしてしまったと肩を竦め、そんな理由だからここに来る事は少し不安があったと素直に告白する。
「ただそれは俺の話であってオーヴェのことじゃねぇ。オーヴェと違う思いだったとしても、俺が我慢すればいいことだ」
だからあそこで永遠の眠りに就いているあいつを引き摺り出してぶん殴ったり反吐を吐いたりはしないとドナルドの顔色が一気に悪くなるようなことをサラリと言い捨てたリオンは、ただ最大限の譲歩をすでにしているのだから顔を見て別れを告げたり花やカードを送ったりしない事は受け入れてくれと、甥を思って顔色を変えるドナルドにリオンなりの言葉で詫びると、一つ肩を竦めてウーヴェとマウリッツの側に長い足を向ける。
「……リオン」
「ああ。マウリッツ、落ち着いたか?」
マウリッツもオーヴェと同じで声を出さないで泣くんだなと、ウーヴェが毎朝持たせているハンカチをブルゾンのポケットから取り出して俯くマウリッツに差し出したリオンは、振り払われずに受け取ってくれたことに安堵し、ウーヴェの真後ろの長椅子に腰を下ろして前の長椅子の背もたれに腕を乗せる。
「……ありが、とう、リオン……っ」
「どういたしましてー。にしてもマジでオーヴェとマウリッツって雰囲気似てるよなぁ」
外見からくる雰囲気の相似もだが、己の感情を素直に出せない所や出たら出たで長年休んでいた火山が目を覚ました時のような激しさを持っていること、特に人に不快感を与えかねない感情を抑制しようとする癖などそっくりだとリオンが感心しているのか呆れているのか微妙な声を上げると、アイスブルーとターコイズの双眸がジロリとリオンを睨みつける。
「……うるさい」
「うるさいよ」
「うひぃ」
雰囲気がそっくりな二人に睨まれた為にいつも以上に恐怖を感じて首を竦めたリオンだったが、あいつに挨拶をして来なくていいのかとウーヴェに問いかけ、その肩をびくりと揺らしてしまう。
「行ってこい、オーヴェ」
「……あ、ああ……」
埋葬されるまでの時間はあまり残されていないのだからとウーヴェの髪を撫でて行動を促したリオンは、ステッキを頼りに立ち上がったウーヴェに頷き、俺はここで待っているからとそっと言葉でも背中を押す。
リオンの言葉に背中を押されてなんとか棺の側に向かったウーヴェは、己の心臓がまるで耳のすぐ側に移動してきたかのような鼓動の速さと大きさを感じていたが、深呼吸を繰り返した後、蓋が開けられている棺を覗き込む。
そこに眠っていたのは紛れもなくオイゲンで、マウリッツが驚いたように滑落死したとは思えない程顔も身体も綺麗なままで、冬山で遭難死した遺体を何度か見たことがあったがそのどれもとは違っていて、揺り起こせば不満を訴えつつ起き上がって来るかもしれないと錯覚を抱くほどだった。
震える指先で頬を撫でれば確かに生命が喪われた肉体である事を教えてくれたが、人参色の髪を少し撫で、その手で頬や鼻筋を撫でていくと、あの悪夢の夜に見上げた顔が不意に思い出されてしまう。
「……っ!!」
唐突に思い出されたそれに喉が詰まり足元が覚束なくなってしまうが、ここで逃げ出す事など出来ないと腹を括り、リオンの腕を掴んでいる時と同じようにステッキを握りしめる。
どんな感情からかは分からないが震える呼気を零しながらも友の冷たく乾燥してしまった頬を撫でていると、あの夜の出来事よりも膨大な過去の出来事、ギムナジウムでの日々の暮らしや大学に入ってから皆と知り合い面白おかしく過ごしていた時間が甦り、その中でいつも隣で嬉しそうな顔で笑ったり不満を盛大に訴えたりしていた、日に焼けたオイゲンの笑顔が脳裏に蘇る。
「……あの時、許すことも……殴る、ことも出来なくて……悪かった」
あの夜、リオンの元に駆け込んだ後に話し合う時間を持てるはずだったが、それをする勇気を持てず、結果としてお前を一人アイガーに向かわせてしまった、許して欲しいと棺の中で眠る友人に詫びたウーヴェは、お前は悪くないという友と最愛のパートナーの声を同時に脳裏で聞くが、お前のしたことを許せないと断罪する強さも全てを許して今まで通り一緒にいようという勇気も持てなかったのは俺の弱さだと自嘲する。
「許して、くれ……イェニー」
学生の頃、あれほど側にいてもお前の思いに全く気づくことのなかった俺を許して欲しいとウーヴェが伝えた時、乾ききっているオイゲンの頬にぽつりぽつりと涙の染みが出来てはすぐに乾いていく。
「お前から預かったあの小箱、俺が持っているのは相応しくない、から……返す」
俺への想いが込められた箱なのだろうが俺が持つのは相応しくないと、流れ落ちる涙を拭く事もせずに静かな声でオイゲンに伝えたウーヴェは、ただしと言葉を繋いでメガネを外す。
「お前が世界中の山に登って持って帰ってきてくれた物や写真は全部俺が持っている」
その時々に何を思い持ち帰ってきてくれたものなのか、何があったのかを心底楽しそうに話して聞かせてくれたあの事物はお前が俺たちと一緒に生きていた証なのだからと、オイゲンがあの夜密かに望んでいた笑みを浮かべたウーヴェは、コートの袖で目元をぐいと拭うと、棺の中の友の額に最初で最後のキスをする。
「……Auf Wiedersehen、イェニー」
もしもあの世というものが本当にあるのならそこで再会しよう。ただそれはまだ先の話だろうから待っていてくれと、不思議と穏やかな心のまま笑みを浮かべて最後の挨拶をしたウーヴェは、溢れ出る涙をコートの袖で再度拭き、じっと見守っているドナルドの友人やオイゲンの登山仲間に黙礼すると踵を返して照れたような笑みを浮かべる。
「……明日の葬儀、参列させてもらいます」
「あ、ああ、そうしてやってくれ」
きっとあの子も喜ぶと、何かを吹っ切ったようなウーヴェの言葉にドナルドがやや驚きつつも素直に喜びを表して時間は10時からだと伝えるとウーヴェがしっかりと頷き、ドナルドの手を片手で握り、預かった小箱をお返ししますので明日棺に納めてくださいと告げ、残念そうに目を伏せるドナルドの背中にそっと腕を回す。
「……イェニーの思いに応えることは出来ません。でも……それでも、彼は、俺の大切な友達、です」
あそこで彼を思って涙を流すマウリッツも、もうすぐ駆けつけてくるであろう他の友人達と同じかそれ以上に大切な俺の友人ですとドナルドにしっかりと己の思いを伝えたウーヴェは、震える腕が背中を優しく抱きしめてくれたことに安堵し、今日は足が疲れたので帰りますが明日の葬儀は必ず参列しますと再度伝えてドナルドに頷かれて笑みを浮かべる。
「今日は来てくれてありがとう、ウーヴェ」
「いえ……来られて良かったです」
ここに来るまでは不安で仕方がなかったが顔を見て伝えたいことをちゃんと伝えられて良かったと頷いたウーヴェは、リオンが隣にいる安堵を目元に滲ませ、マウリッツに一足先に帰ることを伝えるともうすぐカールが来るので待っていることを教えられる。
「そうか。じゃあカール達によろしく伝えておいて欲しい」
「分かった。ウーヴェ、明日葬儀の後に皆で送別会をしよう」
「ああ、もちろん」
自分達がすぐに会いに行ける場所にやっと帰ってきたオイゲンの送別会をするのは当然だと頷くウーヴェにマウリッツも同じ顔で頷き、長椅子から立ち上がってウーヴェを抱きしめる。
「ダンケ、ウーヴェ。きみの言葉が無ければ僕はいまでもずっと僻み続けていたよ」
自分からは動かない癖に相手が気付いてくれないと不満を訴えるだけの人になっていたと、過去の己を振り切るように笑うマウリッツにウーヴェも安堵し、明日の送別会とは別にまた家で二人で飲もうと誘い、互いの背中をぎゅっと抱きしめる。
「家で飲んでも良いけどさー、バカみてぇに飲むなよ」
「……程々にしようか、うん」
「そう、だな……」
マウリッツとウーヴェの微笑ましいやりとりにドナルドが小さく笑みを浮かべているが、リオンがそんな二人に冷や水を浴びせかけるような言葉を投げかけ、二人が思わず殊勝な言葉をリオンに伝える。
「じゃあルッツ、また明日」
「うん。また明日」
明日の葬儀は悲しいだけのものではなくやっと帰ってきたオイゲンの話でみんなと盛り上がれる日でもあると、友人の帰還が何よりも嬉しいと言いたげな顔で頷くマウリッツにウーヴェも頷き、リオンの手を借りずに礼拝堂を出て行く。
ウーヴェとリオンの背中を見送ったマウリッツは、ドナルドにもうすぐ他の友人達が来るから待たせて欲しいと伝え、気の済むまでいてくれれば良いと返されて小さく笑みを浮かべるのだった。
翌日の葬儀、ウーヴェはオイゲンに約束したようにクローゼットの奥にしまっていた木箱を鍵と共に棺に納め、己への思いを返せないことを再度詫びる。
そのウーヴェの背中をマウリッツがじっと見守っていたが、最後の別れを終えて振り返ったウーヴェの顔には友人との別れを悲しむだけではなく、満足感にも似た何かが浮かんでいて、ただ悲しむだけではダメだと改めて教えられたような気持ちになる。
葬儀が滞りなく終わり教会裏の墓地に柩を運ぶ際、カスパルが手をあげ、ミハエル、マンフリートといった他の友人達も手をあげたため、ウーヴェとマウリッツを除く友人達がオイゲンの最後の旅路の共をする様に棺を肩に担ぐ。
「オイゲン、でかかったからやっぱり重いな」
「そーだな」
この腹癒せは夜の送別会でとんでもなく恥ずかしい話を暴露することで行おうと、カスパルが後からゆっくりついて来るウーヴェを振り返って片目を閉じた為、それは良いやと友人が揃えばいつでも学生時代に舞い戻れるミハエル達も賛同する。
用意された場所に棺を降ろし、寂しくアイガーの懐に抱かれて眠るのではなくいつでもすぐに会いに来られる場所に帰ってきた友人の棺が地中に埋められる様を流石にしんみりとした気持ちで見送った友人達は、思い思いに土を棺に掛けた後、今夜はいつもの店に予約を入れてある、時間がきたら集合だと顔を寄せ合う。
「リアとリオンにも伝えてある」
「ドナルドと登山仲間も一人参加するって」
前回とは違って結構賑やかな送別会になりそうだなとカスパルが何か良からぬことを考えている顔で笑い、ミハエルとマンフリートも似たり寄ったりの顔で頷いた為、制止役に回ることの多いマウリッツとウーヴェが深い溜息をつき程々にしろよと友人達に釘を刺す。
「……時間が来たら店にリオンとリアと一緒に行く」
「ああ。また後でな、ウーヴェ」
後の再会を約束しステッキをゆっくりと突きながら墓地を後にしたウーヴェは、教会側に停めてあった車に人が寄りかかっていることに気付いて警戒してしまうが、その背中が誰であるかに気づくと苦笑しつつ名を呼ぶ。
「リーオ」
「……もう終わったのか?」
ウーヴェの呼びかけに肩がびくりと揺れ、振り返ることを逡巡するような気配を漂わせた後勢い良く振り返ったのは、昨日葬儀には参列しないとドナルドに宣言していたリオンだった。
「ああ、今終わった」
己は参列しないがウーヴェがすることへの不満など一切漏らすこともなかったリオンだが、葬儀が終わる時間を見計らったかのように姿を見せた為、ウーヴェが迎えに来てくれたのかと問いかけつつ隣に立つとリオンの手が無言でウーヴェの頬を撫でる。
「……腹減ったから飯食って来るって言って抜け出して来た」
「……」
リオンがあっけらかんとした顔で言い放った言葉に呆然としてしまったウーヴェはボスに断りを入れて来なかったのかと問い返すのが精一杯だったが、リオンが社会人としてそこまで非常識な男ではないことを知っている為、迎えにきてくれたことへの照れ隠しだと気付いて美味しいランチを食べに行こうかと笑いかける。
「賛成。何食うんだ?」
「ピッツァなんてどうだ」
「いやっほぅ」
ウーヴェの言葉にリオンが舞い上がりそうになるが車のキーを渡されて気持ちを鎮め、いつものように運転席に回り込む。
「ボスにお土産買って帰るかー」
「そうだな。ジェラートを買って帰ればどうだ?」
二人で車に乗り込みお気に入りのイタリアンの店に向かうために車を走らせようとするが、墓地から教会の横へと出て来る道にウーヴェの友人達が勢揃いしていることに気づき、俺にとってあいつは最低な男だったが、お前達にとってはかけがえの無い友人だったんだなとリオンが述懐したため、ウーヴェが目を閉じてシートにもたれ掛かる。
「……そう、だな」
確かに彼は取り返しのつかない事をしてしまったが、それでもやはり友達だと感慨深げに呟いたウーヴェは、リオンが運転席から身を乗り出して覆いかぶさってきたことに気づき、どうしたと問いかけながらその背中を撫でる。
「……あいつらが友達で良かったな、オーヴェ」
「ああ」
悲しい別れをしてしまったが、それでも友達だと思い続けるウーヴェの気持ちをリオンが理解し受け入れてくれたことが嬉しくてリオンの頬にキスをしたウーヴェは、ありったけの感謝の思いを込めてその耳に囁き慣れた言葉を伝える。
「ダンケ、リーオ。俺の太陽」
「……うん」
一頻り互いの思いを伝えて抱きしめあった二人だったが、車内の様子に気づいたカスパルが冷やかすように近付いてくる姿に気付き、何かを言われる前にここを離れようとリオンを促して車を発進させるのだった。
そしてその夜、友人達とオイゲンの登山仲間の男とドナルドらを交え、いつも集まっていたクナイぺでオイゲンの二度目の送別会を開いたウーヴェ達は、カスパルが暴露したとっておきの話題で盛り上がり、悔しかったら天国から帰ってこいと皆で不満を天に吐き出し、無茶を言うなとオイゲンが苦笑する様を想像しては酒の肴にし、賑やかに騒々しく友人を天国に送り届けるパーティで盛り上がるのだった。
その後、仲間内で一人だけ早々に旅立ってしまったオイゲンを偲んだカスパルの発案で年に一度、同じ日に同じ店で同じ顔を寄せ合うようになり、悲しい別れをしてしまったがそれでも皆にとってオイゲンは友人であるという認識を無言で行うような集まりを可能な限り持つ事に友人一同が小さな努力を払い、それは長らく続く習慣となるのだった。
Dear my friend. ende.
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